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武田鉄矢の昭和は輝いていた【この人この一曲、あべ静江と城みちる】

2023年05月20日 05時55分14秒 | 音楽

5月19日のBSテレ東の「武田鉄矢の昭和は輝いていた」は、昭和48年にデビューした「あべ静江」と「城みちる」二人の「この人この1曲」というテーマでその名曲の舞台裏をふり返るというユニークな視点での番組であった。このシリーズの14作目ということである。バンドマンの父と、歌手の母という音楽一家で育ったあべ静江は、21歳の時に清純派アイドルとしてデビュー。デビュー曲「コーヒーショップで」は、その年の日本レコード大賞新人賞を受賞し、続いて発売した「みずいろの手紙」も大ヒットした。阿久悠、三木たかしという名コンビにもかかわらず、その歌詞の内容から当初歌わないようにしていたというエピソードは前にも聞いたことがあるが、当時はそんなことも知らず、歌の雰囲気と美貌にひかれて大ファンであった。特に、名コンビによる3作目の「突然の愛」(昭和49年)は、その歌詞の内容が自分にもあてはまることがあったので、まさに大好きな曲であった。

昭和48~49年は、社会人になって3~4年目で、まさに独身生活を謳歌していた時期であった。車を持っていたので、カーステレオで音楽を聴く機会も多かった。あべ静江の他に、チェリッシュの「若草の髪飾り」「避暑地の恋」「てんとう虫ノサンバ」や小坂明子の「あなた」や高木麻早の「ひとりぼっちの部屋」「想い出が多すぎて」もこの頃よく聴いた曲であった。まさに独身時代のJust My Type Image Girlsの歌手たちであった。特に、あべ静江は、今でこそちょっと太り気味で当時の面影はあまりないが、当時は本当に美人という印象で、そのイメージをいまだに持ち続けている。

今回取り上げた「イルカにのった少年」で鮮烈デビューした城みちるの詳細には触れないが、二人とも、近年は、夢グループが主催する「同窓会コンサート」や日本歌手協会が主催する「歌謡祭」にもよく出場しており、何回も生の歌声を聴いている。10年位前のコンサートで、あべ静江のCDを本人から買い、ツーショット写真を撮らせてもらったこともある。あべ静江は数年前、脳梗塞で倒れたが、無事復帰できてよかった。もともと美人なので、もうちょっと痩せたらと勝手に願う今日この頃である。

突然の愛(2005年の雄姿): https://youtu.be/c7lBnGWFMtQ



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