晴れ。最低気温11.6℃、最高気温24.9℃。
昨日、訪ねた旧町村農場で町村敬貴の父親である金弥と佐藤昌介の色紙を見つけ、そのつながりにハッとさせられた。佐藤昌介は宮沢賢治が1924年5月21日、花巻農学校の生徒を引率して北海道帝国大学を訪れた時に出会っている。当時、総長を務めていた。賢治の復命書には次のようにある。
北海道帝国大学に至る。門を入るや学生二人出迎え講堂に案内す。此の日総長旅行出発を延期して一行を待つ。蓋しその花巻出身なるによる。即ち総長より生徒に対し一場の訓辞あり。要旨まづ新開地と旧き農業地とに於る農業者の諸困難を比較し殊に後者に処して旧貫弊風を改良し日進の文明を摂取すること榛茨の未開地に当るよりも難く大なる覚悟と努力とを要する所以並に今日は大切なる農業の黎明期にして実に斯土を直ちに天上と成し得るや否や岐れて存する処なりといふにあり。
『ちくま文庫 宮沢賢治全集10』「修学旅行復命書」より一部引用
賢治一行を迎えるために、佐藤昌介総長は旅行出発を延期して、接待したことが記されている。「門を入るや学生二人出迎え講堂に案内す。」とあることから、一行を待ちわび、丁寧なもてなしの様子が窺える。それもこれも、佐藤氏が賢治と同郷の「花巻出身なるによる」とのことだ。このあと、賢治は引率者として立って答辞を述べた後、学生食堂にて生徒たちと菓子と牛乳でもてなしを受けた。牛乳は甘美で新鮮だったことも記されている。
不思議なもので、旧町村農場を訪ねて、北海道の酪農の原点を見たことで、この度は復命書の「牛乳」に関心が向いていくのを感じた。
それはともかく、明治期の北海道を牽引していたそれぞれの分野の方々が繋がっていることにも、その中の一部の方々は賢治さんとも繋がりがあることを知り始め、点が線で結ばれつつある。