気まぐれ日記

カメラを持って、花を主とした写真を撮っています

銀座のクリスマスツリー他

2006年12月24日 | 年中行事

クリスマスイブの今日、久しぶりに銀座へ行ってきました。先月京都駅のクリスマスツリーをご覧いただいたときに、違うクリスマスツリーも見に行きたい、と書きました。そのときには、本当に出かける気になるか、ちょっと疑問に思ったのですが、無理に出かけたところも多少あります。

さて、久しぶりの銀座ですが、先月の京都は永観堂での人出と比べてみると、京都の方が多かったような気がします。

下の写真は銀座四丁目真珠の御木本本店前と、西銀座ソニースクエアのシャネルの二カ所です。どちらもいろんな飾り付けがされていますが、昼間のせいもあり、残念ながらあまり見栄えが良くありませんでした。

銀座はこれくらいにしまして、早々と秋葉原へ移動します。目的地は、つくばエクスプレス秋葉原駅です。この秋葉原駅改札口前には、CPU2,000個付きクリスマスツリーが設置されています。このツリーの前で、クリスマス・ハンドベルコンサートが行われています。

進行をつとめている演奏者によりますと、普段は地味な服装が多いので、今回は真っ赤なドレスを新調しての演奏会としたのだそうです。クリスマスらしい、私などからみて、とても若い女性によるコンサートでした。ハンドベル奏者5名とマリンバ1名というグループで、メロディー以外は殆ど目立たない、地味なちょっと分かりづらい演奏でした。

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羽子板市

2006年12月19日 | 年中行事

12月17日から19日は、浅草は浅草寺境内で恒例納めの観音の羽子板市が開催されています。昨年につづき今年も訪れ。お参りさせていただきました。昨18日の方が冬晴れの好天気だったのですが、午後早い時間からの予定があり、非常に残念でしたが、出かけることが出来ませんでした。

そんなわけで今日になったのですが、羽子板市という特別の行事の最終日なのに、あまり人出が多いとは思えませんでした。浅草寺の境内には、お隣の韓国や、中国国旗(五星紅旗)を先頭に参詣している中国の方達、英語その他外国語を話しているアメリカやヨーロッパの方達と、それはそれは国際色には富んでいました。とはいえ、それらの方達が、この日本の行事をどの程度理解されておられたのかは、はなはだ疑問です。

売り手の方達も、段々お年をお召しになってこられているように思ったのは、私だけだったでしょうか。もっとも、お若い方も中にはいらっしゃいました。

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世田谷ぼろ市

2006年12月16日 | 年中行事

昨年このブログを始めた頃、このぼろ市を見に出かけて、アップしたのがまるでもう一年も前のこととはとても思えません。本当に月日の経つのが早く感じられる昨今です。昨日今日と、日中は好天に恵まれ、結構な人出です。

それはともかく、何かを購入しようという積極的な動機はないので、只ぶらぶらと表通りを眺めながら通り過ぎてきた、と言ったのが本当のところでしょうか。いろんなぼろが展示され、値引き交渉も盛んに行われていました。お目当てのものが見つかった方には、良いぼろ市だったことでしょう。

ところで、昨年は確かお櫃の写真をご覧いただいたと思います。ところが、ことしはおひつをつみあげていたお店を見つけることが出来ませんでした。もう商売として成り立たなくなってしまったのでしょうか。炊きあがったご飯を、総檜のお櫃に入れるという食習慣がほとんど無くなってしまったからなのでしょう。私くらいの年代のものが見ると、なんだか寂しくなってきます。

と言うわけで、今年も滅びてはほしくない木工製品をご覧ください。飯台・せいろ・まな板その他の台所用品達です。あと何年くらいこれらを扱っているお店を、ぼろ市で見ることが出来るのでしょう。年寄りの郷愁、と言い切るには、あまりにも寂しいことです。

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山内一豊・千代の墓

2006年12月10日 | 建造物

今年の大河ドラマ「功名が辻」が先ほど最終回を終えました。

その最後に、山内一豊・千代の墓所として、京都妙心寺大通院内の御廟が紹介されていました。その写真を見て、今年一月京都観光に際し、拝観していたことを思い出しました。

私の父は土佐の高知の出身です。父の実父は、土佐藩下級武士の子孫だったそうです。下級武士の没落のせいだったのでしょうが、父は養子に出されたようです。そんなわけで、父の墓はしばらくは高知は筆山の墓地にありました。でも、墓地の管理をお願いできる親戚も縁遠くなり、その後京都の大谷祖廟(東大谷)へ納めました。その後、母の死後、母も同所へ納めさせていただきました。そんなわけで、京都へよる機会があるときには、墓参をさせていただいています。以上は余談です。

山内一豊氏および千代は、同じ高さの石で出来た卵塔墓石に納められています。向かって左が千代、右が一豊氏の墓石です。

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予防歯科検診

2006年12月09日 | その他

昨日、今年三度目の予防歯科検診を受けてきました。治療ではないので、保険はききません。多少高いのですが、仕方ありません。

今からもう25年くらい前、当時通っていた歯科医院の担当医師から「予防歯科という制度がありますが、受けてみませんか。」と勧められました。そのとき受けていた処置が、最新の治療法として新聞に掲載されていた通りの処置だったので、その先生の薦めなので、受けてみることにしました。

虫歯の治療担当医師も、予防歯科担当医師も、どちらもその後何人も後任の医師に引き継がれながら、良い医師に巡り会い今も引き続いて、その歯科医院に通っています。

最近でこそ、新聞などでも予防歯科の記事を見ることが多くなりました。でも、25年くらい前は、まだ殆ど知られていなかったと思います。私が受けている処置以外に、他の医師がどうのような処置を行っているのかは存じません。私が受けている処置は、最近では歯石の除去と、歯周ポケットのチェックが殆どです。

25年以上も予防歯科を受診していると、歯の磨き方指導一つをとっても、いろんなことを言われました。今となっては、その変遷を顧みるだけでも結構おもしろいものです。受診当時には、言われた通り磨いていました。考えてみると、それぞれ良いところはあるようです。今は、それらの磨き方を自分流に組み合わせて磨いています。

先日高校時代の同級生の歯科医に、歯周ポケットが5mmのものが1本あるかないかだ、と言ったら、年齢から行ってそれはとても優秀なこと、と言われました。そのことを今の担当医に話したら、「本当に優秀なことなので、自慢しても良いことですよ。」とほめられました。今回の検査では、4mm弱が一本で、あとは2~3mmだったようです。

今未処置の虫歯は一本もありません。ブリッジが二カ所ありますが、その他はすべて処置済みの自前の歯です。80歳で20本を自前の歯で迎えましょう、と言う歯科のすすめが実現できるかはなはだ疑問ですが、出来るだけの努力はしたいと思っています。

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