もうチョットで日曜画家 (元海上自衛官の独白)

技量上がらぬ故の腹いせにせず。更にヘイトに堕せずをモットーに。

極小型衛星打ち上げに思う

2018年08月23日 | 社会・政治問題

 一般人が設立した社団法人が極小型衛星が9月にも打ち上げられることが報じられた。

 衛星は10cm立方であり、打ち上げは「こうのとり」で国際宇宙ステーションに運んだ後、日本の実験棟「きぼう」から高度400kmの軌道に放出する方法であるらしい。衛星の使用目的は報じられていないが、画像の撮影や伝送機能を持っているらしい。また、衛星が極小であることから姿勢制御用の燃料も限られたものであろうし寿命も短いものだろう。寿命が尽きた場合は宇宙ゴミ(スペースデブリ)となって宇宙を漂うことになるのだろうが、宇宙ゴミはどれくらいあるのだろうかと調べてみた。JAXAのHPによると2010年現在で10㎝以上のもの約2万個、10cm未満1cm以上のものは約50万個も存在するらしい。他に、現在運用中の衛星が約千個、運用を終えた衛星が約2600個と宇宙は極めて混みあっているらしい。10㎝以上のものは宇宙ゴミを含めて国際機関で監視しているらしいが10㎝未満の宇宙ゴミは放置されており、有人宇宙船や人工衛星と衝突した例も報告されている。中国が世界中の反対を押し切って衛星攻撃(破壊)実験を行って、宇宙ゴミを大量に作り出したことも記憶に新しい。宇宙に自前の衛星を飛ばすことは大いなるロマンであり、知的欲求を大いに満足させてくれるであろうが、今回のように目的のはっきりしない衛星を宇宙に送り出すことに、果たして意味があるのだろうかと疑問に感じた。世界中で宇宙ゴミの掃除方法を研究しているが有効なものは未だ開発されていない現状を考えれば、ごみを出さないことの方に意義があるとも思うのだが。

 地上でも興味本位に飛ばしたドローンが制御不能となって危害・被害を与える事象も散見されるし、ドローンがテロのツールとなる危険性は早くから指摘されている。悪意・害意を持って極小型衛星をスペーステロのツールとすることを試みるケースは充分に予想される。今回の衛星打ち上げ(放出)の試みに水を差すようであるが、疑問符を付けざるを得ないと思うところである。