もうチョットで日曜画家 (元海上自衛官の独白)

技量上がらぬ故の腹いせにせず。更にヘイトに堕せずをモットーに。

かんころ餅

2022年11月27日 | 歴史

 産経新聞の生活面で長崎県・五島列島の「かんころ餅」が紹介されていた。

 記事及びクックパットを閲覧すると、作り方に地域差はあるものの大略、スライスしたさつま芋を湯がいて天日干してできた「かんころ」と糯米を蒸かして捏ね合わせて蒸すとなっている。
 食糧事情が悪かった小学校低学年頃までは、生まれ在所でも「かんころ餅」は副食以上の存在であったが、記憶を辿っても「もち米」は出て来ないように思う。
 実は10年程前、何かの拍子に「かんころ餅」を思い出して、母の手伝いの記憶を頼りに挑戦したことがある。スライスした薩摩芋を蒸して天日干しすることで「かんころ」らしきものはできたが、かんころを粉末に・水を加えて練り上げて成形・蒸し器で蒸すという手順で出来上がった「かんころ餅」は記憶にある「黒光りしたかんころ餅」とは違って、黄色い芋団子であった。その時は、往時の黒色は灰汁の強い薩摩芋のせいで品種改良された今では望むべくもないと思ったが、今にして思えば作り方が間違っていたようである。
 現在では、既に在所の「かんころ餅」のレシピを知っている人も少ないだろうし、懐旧の気持ちも淡い上に尋ね回るほどの熱意は無いので「生まれ在所のかんころ餅」再現は幻のままで終わるのだろう。
 自分レベルでも日本社会発展の余慶に与って、戦後や途上国とは懸け離れた生活を送れているが、その代償に失った・忘れた知恵も多い。多分これを進歩と呼ぶのだろうが。

 同じ紙面で「肱川あらし」も紹介されていた。「肱川あらし」は、愛媛県大洲市で冬季に観られる現象で、上流の盆地で発生した霧が夜明けとともに肱川に沿って伊予灘に駆け下るものである。
 近年、敬愛する作曲家船村徹氏が最後に発表した楽曲が「肱川あらし(伍代夏子さん歌唱)」であったことから再び脚光を浴びたが、大自然の営みは人間の護岸工事など意に介せぬ如くに絶えることも無く続いているらしい。
 柄にもなく、儚く消えゆく人の世の営みと、悠久の自然に思いを走らせて。終演。


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