もうチョットで日曜画家 (元海上自衛官の独白)

技量上がらぬ故の腹いせにせず。更にヘイトに堕せずをモットーに。

佳子様と基督教大学

2015年04月03日 | 社会・政治問題

 佳子様が国際基督教大学にご入学された。

 報道によると、語学を基軸とした国際的視野を学ばれるとのことである。大学についての知識に乏しいので的はずれの感想かもしれないが、基督教大学の宗教色はどうなのだろうか。天皇を中心とした皇統・皇室は、日本国の祭主として神道的精神の神事を通して国と国民の安寧を祈願されている。現在は、国家神道の否定と憲法による信教自由の保証の結果、神事は皇室の私的行事として続けられているものの、皇統の連続と共に永続してものである。神道は宗教色が極めて希薄であるために、日本の神と民は他の神と宗教に比較的寛容である。渡来の仏教との軋轢を避けるための融合すら行ったために、仏教に帰依された過去の天皇が存在したにも拘わらず、皇室の神事は今に続いている。とはいえ、唯一絶対神を唱えるとともに他宗教を迫害したキリスト教とは相容れないのではないだろうか。

 佳子様には、唯一神への帰依によって麗しい神事を否定されるようなことが起こらないことを望むところである。


特攻隊員の記事を読んで

2015年04月01日 | 社会・政治問題

 特攻戦死した陸軍少年航空兵の記事を読んだ。

 思い返せば、自分の艦艇勤務の初期(昭和30年代後半)には、軍歴を有する猛者が随所に居た。真珠湾攻撃従軍者、空母飛龍からの生還者、艦攻『天山』の操縦員、海兵・予科練・海兵団の修了者、等々きら星のようであった。その方々に共通したのは、若年者の内務的な過ちや平易な事象については極めて穏やかで大きな声を出すこともなかったため、若年者の自分達は軽んずるとまではいかないものの「海軍なにするものぞ」の気持ちでいたが、一旦緊急事態に遭遇するや冷静沈着かつ大胆に率先する指揮者に変身して事に当たられた。しかも、際立っていたのは技量未熟者の安全確保を最優先する姿であった。戦後の映画、文芸、報道が一貫して、古参兵の新兵いじめを取り上げているが、多分それらはレアケースをオーバーに、センセーショナルに取り上げていったものと思う。艦艇システムの全力発揮の為にも、システムの底辺に携わる技量未熟者を保護しなければならないとする風潮が存在したものと思うし、階級の上下を問わずにOBの殆どが帝国海軍に郷愁を持ち続けた事実からも窺える。海軍には『サイレントネービー』の伝統があった。本来は軍人の政治への発言を禁じたものとされているが、レイテ謎の反転の栗田中将が無言を貫いたように、海軍の毀誉褒貶に対しても黙して語らずの諸先輩が多かったように思う。

 生死の境目で究極の選択をした諸先輩に 合掌