もうチョットで日曜画家 (元海上自衛官の独白)

技量上がらぬ故の腹いせにせず。更にヘイトに堕せずをモットーに。

”熊送る”に思う

2024年12月20日 | 世相・世論

 秋田県の佐竹知事の「熊送る」発言が話題である。

 発言は、スーパーに侵入・居座った熊を殺処分したことに対する県外からの苦情対応に関して、17日の県議会予算特別委員会における県議からの「毅然とした対応要求」に対して、《私にもし(苦情の電話が)きたら、完全に相手を威嚇する。お前のところに熊をを送るから住所を送ってくれと。こうすると相手が電話を切ります》と発言していたとのことである。
 佐竹知事と云えば、豪雪時の安易な災害派遣要請、四国料理は貧乏くさくて旨くない発言、何よりもイージスアショアの県内配備反対、等を記憶しているので、全体像としてはオール沖縄・玉城知事に近いイメージで良い印象は持っていなかったが、今回の「熊送る」発言には「いいね!」としたい。
 今回の苦情電話では30分間に及ぶケースも有るとされ、一昔以上前の距離・時間制の電話料金ならば数千円以上もかかったであろうが携帯電話での通話料金ゼロサービスによって、クレーマーは延々と苦情を述べたものであろう。思うにクレーマーは、勤務時間内にも長時間の無駄話ができる層であろうが、通話先の県庁職員にすれば溜まったものではないだろう。
 「熊と移民を迷惑対象として同列に扱うな」とのお叱りを覚悟しているが、不法移民の流入に音を上げたアメリカの各州(テキサス・アリゾナ・フロリダなど)は「不法移民の流入も無く、彼らに寛容であるべきとする地域(シカゴ・ニューヨーク・ワシントンDC)に飛行機で・バスで不法移民を運び込んだことがある。特に副大統領公邸前やセレブ・富裕層の別荘地などをターゲットとしているために、民主党政権への揺さぶりだけが目的であるかのように報じられているが、影響・被害の無い地域から理想論を主張する者に対して「現地の痛みを知ってから云え」という発想では、佐竹知事の発想と似通っていると思う。

 OSO18が射殺された時、自分もOSO18だけは生きながらえて欲しかったと書いて、お叱りを頂戴したことがあるが、自分の場合は「罠にもかからず、監視カメラもすり抜ける」という巧緻(高知?)な個体が、更にどのように進化するかを観たかったためである。OSO18の最後は、逃げることもせず座り込んだ姿勢のまま、狩猟免許を取得したばかりの新人ハンターに撃たれたとされている。
 死後の解剖で胃袋は空であったとされ、動物学者から「長年の肉食習慣から、熊本来の雑食機能を失ったのでは」との推論を読んだ覚えがあるが、肉食動物と草食・雑食動物間には、消化のための器官や機能が大きく異なり、そのために数百万年かけて分化・進化であろうことを思えば、単に数年の嗜好の変化でそうなるのかと疑問を持っている。
 論旨が変わってきたが、”熊送る”はカスハラ対応のキーワードに変化・洗練されるよう祈って、終演、


貸金庫事件に思う

2024年12月19日 | 世相・世論

 本日は、嫌になるほど貧民の、繰り言・嫉みである。

 三菱UFJ銀行の貸金庫窃盗事件が予想通りの展開となっている。
 11月23日に事件が明らかになった際には、被害者60人、被害額十数億円とされていたが、一昨日の会見では事件発覚後さらに数十人から被害申告が為されたので、被害額も増えるだろうとされていた。
 被害者数や被害額の増加は、貸金庫の性質上やむを得ないもので、貸金庫利用者が「これ程の金額の物を、これだけ盗られました」と申告すれば、銀行側としては「分りました」と答えるしかないだろう。
 会社員であった時、製品データ保全・保存のために会社契約の貸金庫を利用した経験しか無いので、以下は憶測にしか過ぎないが、おそらく個人契約の貸金庫については将に宝箱状態ではないだろうか。盗難予防のための貴金属保管は理解できるが、報道される現金被害についてはハリウッド映画を参考にすれば金融機関に預け入れれば「足が付く」種類のものではなかろうかと推測できる。
 貸金庫の容量から数千万を超える現金格納は無理であろうと思うが、それでも貧民からすれば目の玉が飛び出る額である。
 興味深いのは、事件発覚後に申告した人の多さである。勿論、銀行からの通報で確認・精査して盗難を知った人が大多数であろうと思うものの、ごみ焼却場で多額の現金発見が報じられると、北海道から沖縄に至る全国から持ち主が名乗り出るご時世、些かの便乗者が含まれているのではないだろうかと思うのは、下種の勘繰りであろうか。
 会見では、窃盗犯が40代女性行員と明らかにされたが、彼女が盗品を換金する術を知っていたのだろうかとの疑問が湧く。これまでの金融機関における女性行員横領の背後には男の影がちらつくので、今回も換金ルートを持っている手引き役・指南役が存在するのではないだろうかとも疑っている。

 マイナンバー制度導入の際、資産・財政状態の個人情報が丸裸になるという反対意見があった。隠すべき財産とて無いガラス張り課税の人生では自分の経済状態が個人情報と思ったことも無かったが、今回の事案を観て「多くの人が貸金庫に頼らざるを得ない程の資産家・金満家」であったのかと、将に打ちひしがれている。
 今回の事件によって思い出の貴金属などを失った人には同情するものの、現金の保管を主張する人に対しては、審議・審査の際に国税庁職員の同席が必要では?と悪態をついて、終演。


玉川徹氏とは

2024年12月18日 | 報道

 ネットで、玉川徹氏に対して「頼むからもう黙れ」という記事を観た。

 自分は、ワイドショーウを含む報道番組についてテレビ朝日とTBSは見ないため、直接には玉川氏の発言は聞いていないので、発言の趣旨はネット上の記事を参考にしたものである。
 玉川氏の発言は、安倍昭恵氏がトランプ次期大統領からの招待を受けてディナーを共にしたことに対して、「微妙な時期に招待に応じるのは不適切・(国民は)昭恵夫人を選んでもいないし、国民として(何かを)託しているわけでもない。もしかしするとそれで良い結果が得られるかもしれないけど、マイナスの結果が出たときには、どうするんだろう」と、日米関係にヒビが入ることを危惧するかの発言であったらしい。この発言に対して、多くのネットユーザーが「頼むからもう黙れ」趣旨の反対コメントを寄せているとされるが同感である。
 昭恵氏の招待について自分は、トランプ氏が政権移行準備で多忙ではあるものの、未だスケジュールを自分の意思で組める今、盟友とも思い、「自由で開かれたインド太平洋戦略」を以って唯我独尊の自分をして唯一他国の指導者に同意せしめた安倍晋三氏の未亡人を慰め励ますために招待したものであろうし、そこには政治的な意図はないと思う。このことは、前期トランプ政権でもファーストレディとして表に出なかったメラニア夫人が同席していることからも明らかに思える。
 一方の玉川氏は、昭恵氏への招待を好機と捉えた政府が親書を託した密使に近いもので、トランプ氏からも石破総理に対して何らかのメッセージがあったのではと憶測しているかのようである。
 日中外交改善を図る田中内閣が、訪中する(できる)公明党の竹入氏に親書を託したことは有名である。戦争関係にある場合や鎖国の北朝鮮のように外交チャンネルが途絶えた国に対しては、個人的な友誼関係をチャンネルの一つとして活用することは有るだろうが、現在の日米関係においては個人のチャンネルに頼らなければ会話出来ないという状態ではない。
 Wikipediaに書かれた玉川氏への批判事案は、安倍氏国葬問題における電通の関与、帯状疱疹ワクチンの保険適用、再エネ発電の蓄電、箕面滝の人工滝騒動、・・・等々、多岐に亘っている。これらから考えると、玉川氏とは、激情の赴くままに誤報や思い込みを強弁する持ち主で、昭恵氏の私的行動にまで憶測に基づいて糾弾する姿勢は人格の一部を欠如した人物としか思えない。
 世に言うところの、頭が良いけれど阿呆の典型であるように思う。

 玉川氏はテレビ朝日の社員であるらしい。これだけの誤報・憶測を垂れ流し、批判を受けるたびに謝罪を繰り返している人物が今もってテレビに出続けていることは不思議に思えるが、慰安婦強制連行の誤報を30年経ってようやく謝罪したテレ朝社員であれば、当然のことであるのかも知れない。国葬の誤報で放送免許剥奪の危機に怯えたテレ朝は、玉川氏を出勤停止10日間の懲戒処分に付したものの、以後も方言居士を放任しているのは玉川氏にテレ朝の「事実よりも印象重視」の報道姿勢を代弁させているのかも知れない。


”カガツ”考

2024年12月17日 | 自白

 当地に越してきて、期待していた一つ自然薯に出会った。

 以前に暮らしていた関東では、山梨や伊豆方面に遠出しなければ先ず入手できなかった自然薯であるが、流石に市内では出会えないものの僅か数キロ程度郊外の道の駅にはそこそこに並んでいる。
 今回購入したのは、最大径5cm・長さ50cmでお値段は2,500円であった。翌日、山間の農家の直売所では同じくらいのものを1,500円で販売していたので、季節によって比較的容易に入手できるようである。自然薯とは表示されているものの、落下傘状の頭部が切り落とされていたことから見て、天然の自然薯を畑で栽培したものであるかもしれない。とは云うものの、件の自然薯で都合4回・娘夫婦・孫を含めて述べ20人弱堪能し得たので、スーパーの大和芋とは比べ物にならない程の粘り気である。
 自分が育った田舎でも、おろした自然薯に出汁を加えながらすり鉢で伸ばすのは男の役目であり、我が家でも当然のように自分が伸ばし役である。精を出している途中で、フト「そういえば、すり鉢を”カガツ”と呼んでいたなァ」と思い出して、同郷ではあるが距離的には幾分離れた生まれで数歳年下の妻に聞くと「知らない。すり鉢ヨ」との御託宣であったので、カガツは落人部落的に極めて局部に生き残り、かつ急速に失われた言葉であるかも知れない。ネットで調べると、カガツは《すりばち(擂鉢)の事、中四国周辺の方言。すりこ鉢、カガツともいい擂盆(らいばん)などとも呼ぶ。 すりこ木はすり木(磨粉木・摺粉木・擂槌)と呼ぶ》とされていた。
 自分は、朝鮮(北)からの引揚げ者であり、日本に辿り着いたのは4歳の事と聞いている。父ちゃん・母ちゃんが主流である周りに比べて我が家ではお父さん・お母さんで、漸く言葉を覚え始めた自分には内外のギャップは驚きの毎日で、友人の家で出会った”カガツ”もそのうちの一つである。言語学的に古い京言葉が残っているとされる在所のこと、"カガツ"もその一つであるのかも知れないが、果たしてどれ程の地域で使われていたのだろうか。

 痴呆症では、新しい記憶から消えてゆき幼少期の記憶は最後に消えるらしいので、時折に古い記憶が蘇るのは、痴呆症の初期状態であるのかも、痴呆症の前兆かもとは思うものの、こればかりは神の御心にお任せするしかないと覚悟を新たにした自然薯・カガツの一幕である。

 


マスメディアの罪科

2024年12月16日 | 報道

 米大統領選、自民党総裁選、都知事選、兵庫県知事選と、メディアの観測がことごとく外れた1年であったように感じる。

 特に兵庫県知事選において、メディアが総力を挙げて悪人のレッテルを貼った感のある斎藤元彦氏が再選を果たした際には、ワイドショーのMC・コメンテータは自分たちの悪人叩きが受け入れられなかったことに将に意気消沈・周章狼狽の体であった。
 全国ネットのメディアで観る限り、斎藤知事に関しては彼の「功の部分」については一切触れることが無かったように思っている。何故このような報道になったかと考えると、メディアの中心に時代遅れの感ある全きの減点主義が存在していることに他ならないと思う。減点主義とは、多くの功績がある人にでも「これこれの減点があるのでこの人は全く駄目です」と簡単に人を切り捨てるやり方で、評価の分かれる「功」の部は考えないで済むために、評価の方法としては極めて単純である。
 2000年以降、スポーツの採点競技においては軒並みに減点方法を廃して、高難度の試技には得点を加算する加点方法に変更されている。減点方式の良い点は「誰でもできる」ことであるが、加点方式には判定に高度の知識が必要とされる点である。
 年功序列下の日本の人物評価は主として減点主義であり、一般的には「独創的な挑戦をすることも無く・さしたる成果も挙げていないが、減点すべき瑕疵が無い」人が出世していた。結果として、組織は硬直化して政治・経済・外交で国際競争力を失うことに結びついたと思っている。このことから、企業においては能率給などの採用によって加点評価に転じているが、メディアにおいては依然として減点主義を貫いているようである。
 斎藤知事の再選に関しても、メディアの報じた減点要因以上に、兵庫県民にしか理解できない・知り得ない「功」の部分の方が勝っていたのではないだろうか。

 広島県安芸高田市の元市長で無名の石丸伸二氏が高名な蓮舫氏を凌駕したことや斎藤元彦氏が再選されたことの背景にはSNSによるポジティブ発信の要素が多いと分析されているが、裏返せばマスメディアのネガティブなレッテル貼りに有権者が付いて来なくなった・一面的なレッテル貼りに拒否感を持ったためであろうと考えている。
 「沈香もたかず屁もひらず」の人物は、多くの場合他人を凌駕する功績は上げられないと決めつけるのもどうかとは思うものの、自分を含めて有権者は思考・判断・決断力において、瑕疵・欠点を凌駕している人物を重用し・選出するように心がける時代になったように思える。いや、それ以上にマス・メディアの貼るレッテルは眉唾と観ることの方が大事であるように思う。