恩賜の煙草に関して、懐かしい思い出があるが、30年以上も経過しているので時効であろうと思い披露する。
現在はどうなっているのか知る由もないが、かっては海上自衛隊の高級幹部が年に1度、東京に集合して会議を持つことが恒例であった。海軍大佐であられた高松宮殿下は、参集した高級幹部を招いて懇談されるのを例とし、楽しみにもされていたそうで、散会の際には吸い口に菊の御紋章があしらわれた紙巻きたばこ(恩賜の煙草)を手交されたと聞いている。
自分が幕僚であった司令部の副官室で、高松宮殿下が下賜されたその貴重な恩賜の煙草を発見した。副官室付きの女性職員に質すと、既に喫煙者が激減していたために1年以上も棚に仕舞われたままとのことであった。ダメもとで「1本頂戴ョ」とねだったら、案に相違して「いいわョ」との即答。有難く頂戴して副官室の裏に隠れて至福の一服。
以後、指揮官への報告の度に副官室に立ち寄っては「1本頂戴」・「どうぞ」の繰り返し、最後の頃には厚かましくも「1本貰うネ」になっていた。そんな不謹慎な幕僚は自分の他にはいなかったらしいが、2・3箱あった恩賜の煙草は2か月ほどで煙となってしまった。
半年ほど経って、指揮官に報告を済ませて退出しようとした際、指揮官がニヤリと笑って「オイ。恩賜の煙草は美味かったか」の一言。脇の下にドット冷や汗、覚悟を決めて直立不動、「大変美味しかったです」。「そうか」。
副官室に飛び込んで尋ねたら「お客さんに渡すと云われたので、貴方が全部吸いましたと申し上げました」とのこと。
人に自慢できることは何もないが、自分と同レベルのランク・ポジションの人間で、恩賜の煙草を復数箱も頂いた人間は、そう多くはないのではと思っている。
後日、指揮官から聞いたところでは、既に体調を崩されていた殿下は、散会に際して「自分が死んだら、皇室と海上自衛隊の縁も切れるなァ」と寂しげに漏らされたとのことであった。自分が煙にしてしまった恩賜の煙草は、時期的に考えると高松宮殿下が最後に下賜されたものだったのかも知れない。
殿下は下賜した恩賜の煙草が、初老の下級幹部によって煙とされたとは想像すらされないであろうが。