glimi

生きること:過去と未来とエスペラントと

ゆず

2020-11-08 13:54:54 | 雑感
 6月頃、ゆずの枝を切らなっければならないと思って見たら、白い花がいっぱい咲いていました。せっかく咲いた花を実らせずに枝を落とすのは気の毒なので放っておいたら枝は伸びお隣のデッキの方へ。
 お隣の少年はゆずが大好きだそうなので、デッキから切ってくださいとお願いしようとも思ったのだけれど…。

 明日は自然農に行くので少し貰ってもらおうと自分で汗をかきながら切りました。


 お隣に侵入しようとしている枝2本分切りました。


枝から外したら2本分でこんなにたくさんの実


木の姿はいびつになりましたが、まだまだ切らなけれなりません。
実を取るたびに枝ごと切り、木の形を修正するつもりです。


 私は酸っぱいものが苦手ですが、いくら好きと言っても一度に貰いすぎるのは嬉しくないでしょう。やむなく3個に分けました。お隣に届けたら’こちらから切った方が下から切るより楽でしょう。いつでも切りますよう!’と言ってくれました。もっと力が無くなったり、背伸びができなくなったらお願いすことになるでしょうが、自分ができるうちは自分でしょうと思ういます。
 ’ありがとうございます。そのうちお願いします。’と言って帰りました。お願いするのは近未来でしょうね。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

エスペラントアカデミーの会議を傍聴して

2020-11-06 12:49:34 | エスペラント
 

 エスペラントアカデミーの会議の最後の方言葉の発展についてい話しているのを聞いて考えたこと。

 動詞から作られる造語をどう扱うか、例えばfari➡far、rilati➡rilatなど。多分彼らが言うようにエスペラント界の大衆がそれを受け入れたらアカデミーが新語として認定してゆくのでしょう。

 いつだったか、中国では新しい言葉が必要になると政府が決め、新聞などで使わせながら熟知させると聞いたことがある。つまり、エスペラントはその逆を行くわけですが。沢山会話し、沢山書くその中で言葉が豊かになってゆくということのようでした。

 その発展のために私たちにも貢献できることはあると思いますが!

 日本語には擬音や間投詞が多い。いつだったか’私が日本に住む理由’という番組だっと思いますが、日本の擬音に魅かれたといった方がありました。
 擬音は特に子どもの想像力をかき立てます。エスペラントにその様を表現できないかと思うけれどなかなか難しいです。
 多分1993年のリトアニアの雑誌: Litova Stelo に擬音や間投詞についてまとめて載っていました。雑誌を寄付するときにそんページだけコピーしておいたのですが、日本の辞書の説明が違っているのがあります。

 例えば、 fu, uf 日本の辞書では笑い、リトアニアの 雑誌では疲れの表現(ため息かな?)となっています。

 安易に使ったら誤解が起きるだろうと思うと悩みます。

 それでも挑戦したいです。

 話題は替わります。
 夕べあと1ページで1章分の翻訳が終わると頑張っていたら、画面に予期しないことが起こり行が5文字ほど後退してしまいました。多分気が付かないで予期しないキーを押したのでしょう。それを戻したくて色々試みたら、また別の変化。コメント欄とかが脇に現れました。夕べは1時まで頑張ったけれど未解決。午前中歯科に行って帰ってからまた試みでコメント欄は削除しましたが、後退した2行は直せません。このまま続けるよりほかに方法はないのでしょう!



 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

コロナは身近に!

2020-11-05 19:31:17 | ひとりごと
先ほどベルリンの息子からのメール。中学2年生のEのクラスにコロナ感染者が出たので、クラスターの危険もあるとかで突如、隔離、自宅待機になったという。検査の予約ができたので今日午後には検査に行くそうです。

 そして、なんといつも訪ねるブログを訪ねたら同じニュースでした。

 孫もみーくんも感染していないことを願います。

とうとう出た
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

兄の野菜

2020-11-05 10:58:58 | 家族・友人・私
 1昨日、姪が野菜を送ってくれました。父(つまり私の兄)が今年はサツマイモを送っていない送ってくれといったそうで!サツマイモのほかにカボチャ、小さいけれど大根や長芋が入っていました。

 兄の誕生日は10月31日。94歳になりました。数年前、一人暮らしで倒れ、もう長くはないかなと思ったのですが、姪が介護のために帰郷するとたちまちに元気なり、この夏も暑さの中でも一日数時間は畑作業をしていたそうです。昨日の夕食は天ぷら。兄のサツマイモとカボチャも具材に。美味しかったです。
 てんぷらの具材の一つですが、レンコンです。レンコンは冷凍にできるというので実験しました。解凍せず揚げると生と遜色なし。繊維が少し柔らかくてもしかしたら年寄り向きかも。



実を言うとカボチャを一個切るのは私にとって大変な作業です。すべて切り、使わなかった分は冷凍します。
10年ほど前、カボチャ切りが大変と嘆いたら息子が誕生日にカボチャ専用の包丁をくれました。
先が尖っていないので切りやすいですがカボチャはカボチャ。固いことに変わりません。


 今朝、エスペラント・アカデミーの会員の討論のユーチューブを見つけました。1時間近いので30分ほどつまり。半分で聞くのをやめ、今休憩中です。
 アカデミー会員は一般のエスペランティストにとって遠い存在で、何をしているのかわかりませんでしたが、結構面白いです。違った国に住み、違った言葉を話しているのに、みなさんの会話はわかりやすいです。こんな会議を覗けるのもインターネットの普及とコロナで直接集まれなくなったからでしょうが、私たちにとっては有り難いことです。興味を持たらた方は顔を見て、話を聞いてください。




コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

散策:10月31日

2020-11-04 04:43:23 | taglibro: 日記
 鎌倉へ。
 作家吉屋信子邸と鎌倉文学館へ
 吉屋信子は好きな作家ではない。大人になってから読んだことがないが中学生の頃に出版された’花物語’はすべて読んだと思う。彼女の作品には都会の香りがしてそれに魅かれたけれど、壺井栄の’母のない子と子のない母’とか’ノンちゃん雲に乗る’の石井桃子の方が好きでした。
 でも、少女時代の思い出の作家の住んでいたところ。訪ねるのもまた良いのではと吉屋信子邸へ。モダンな作りで素晴らしかったです。
 【写真がピンボケ。すみません!】

 

 開館日は土曜日曜。三密を避けるため予約制。予約は鎌倉文学館へ。


敬意を表して年表


作品の多さに驚く。私は外国文学が好きだったので全く読んでいない。


 俳句を高浜虚子から学んでいたそうです。


花物語の一部


花物語作品集


女性作家たち。私が好きだった作家も!


広い芝生があり、お茶でもしたくなるような庭


玄関。中は洋間に高くした畳敷きの部分があるがその他家じゅうがまさにバリアフリー。
部屋ごとに天井の模様・形が異なっている。建築に興味のある人は面白いかも!


鎌倉文学館への道。緑に囲まれた緩やかな坂道を上った。内部は撮影禁止。
旧加賀前田家の別邸とのこと。
学生時代の寮は加賀前田邸の跡地に立っていた。寮への道は緩やかな広い坂道。関係はないけれど思いはそちらへも。


  帰り商店街でお魚だけ買いました。安かったのでまたイナダの刺身です。小ぶりのカマスは驚きの値段でした。買う人がいなかったのか、10尾で最初の値段が700円、その上に赤で380円。そして別の札で200円。塩少々と料理酒をかけて一晩冷蔵庫で寝かせ、翌日干し、夕食に食したら美味しかったです。

 歩数:11,500に数歩足りませんでした。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ドイツもロックダウン

2020-11-03 14:34:13 | 家族・友人・私
 ドイツも4週間のロックダウンに入ったと息子からメールが来ました。夏はコロナ感染者2000人だったのに今は20、000人だそうです。ただ、緩やかでレストランなどは閉鎖されるが、学校は普段通りなので、テレワークも楽だと言ってきました。

 この子は実に幸運に恵まれていると思う。生まれた時は医師に命の保証はないと言われたほどで、1年経っても無表情。自閉症と思った。2歳半ごろに言葉は出たけれどまったく意味をなさない。聞き返すと怒ってひっくり返って泣く。3歳過ぎに彼の言葉でわかったのは’お母さんは僕のいうことわかってくれない’。今となっては笑い話です。

 つい2週間前、ロックダウンの前に子どもの秋の休暇にギリシャへ1週間滞在。エーゲ海で楽しみ、ドイツに帰ってきたらエーゲ海では地震が起こったが、危険にさらされなかった。
 
 小学校の時にはいじめにあったが、自分の力で乗り越えた。いつも幸運の女神が付いているように見え驚く。本人は当たり前と思っているでしょうが!
コメント (7)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ラオス;孫たちのハロウィン

2020-11-01 18:55:32 | 家族・友人・私
 M とTがラオスに行ってからもう10カ月近くになります。学校にもなじんでいるようです。昨日土曜日は学校ではハロウィンの仮装行列(?)があったそうで写真が送られてきました。

 父親とはネットを通してしか会うことはできませんが、コロナの心配がないことは嬉しいことです。
 
 でも、子どもの心は違うようです。Mは日本では自由に図書館に行ったり、スポーツ公園で会員ではないのですが自分で料金を支払い、テニスの講習を受けたり、毎日自分の意思で忙しく飛び回っていました。ラオスの家は家も広いし、庭の広さも今息子が住んでいるところとは比べられれないくらい広いです。でも、こどもが一人で自由に行ける場所もありません。日本の学校がコロナで休校になったことなど知らないMは早く日本に帰りたくて不満たらたらのようです。

 Ⅿが早く帰国して友人たちと集まって楽しく遊べる日が来るように願っています。











コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする