寝返りを打つことも、ままならない。歩いてトイレに行き、用を足すことだって難しい。たんが喉に詰まれば呼吸ができなくなる恐れもある。だから介護は24時間、誰かが生活を支えなくてはいけない。
大型ショッピングセンターが立ち並ぶ国道13号の西側にある横手市婦気大堤の住宅地。特別養護老人ホーム「すこやか森の家」の窓からは、暖色の明かりが漏れていた。2階では介護福祉士の鶴田笑巳(34)が、足早に廊下を行き来する。「ごほ、ごほ」。一室から女性のせきが聞こえた。ベッドに横たわる女性の顔をのぞき込む鶴田。「ごめんな、たん取らせて」と声を掛け、慎重な手つきで女性の口にチューブを差し込む。
泊まり勤務のこの日、鶴田は午後4時半に出勤。夕食準備や着替え・排せつの介助、たん吸引など入居者29人を介護し、休憩の同10時半まで6時間、動きっ放しだった。
―介護の仕事に就いて15年目。今思えば、若いころは自分のおじいちゃん、おばあちゃんに接するようなつもりだった。でも、自分が結婚や子育てを経験し、お年寄りを人生の先輩として意識するようになった。相手を敬う気持ちは、介護するときの会話や手の動きに表れ、相手にちゃんと伝わると思う。
森の家は、横手市内に介護、児童養護、障害者支援など7福祉施設を持つ社会福祉法人ファミリーケアサービスが運営。ベージュの外観の2階建てに特養(定員30人)、ショートステイ(同20人)、デイサービスセンター(同25人)が入る。特養は全室個室。10室ずつ区切るユニットケアで、担当介護士を各ユニットに5人配置。入居者にとって施設は「生活の場」という考えに基づき、各ユニットを「○丁目」と呼ぶ。
鶴田が担当する「3丁目」で暮らす高橋克巳(80)は、入居6年目。25年ほど前に妻に先立たれ、訪問介護を利用しながら自宅で一人暮らしを続けた。だが、難病の脊髄空洞症を患いながらの一人暮らしには限界があった。高橋が語る。
―1月の冷える朝だった。ベッドから起き上がろうとして転落してしまった。ヘルパーさんが玄関先で呼ぶ声が聞こえたけど、身動きできなかったんだ。半年ほど入院した後、ここに入ることにした。大の男が施設なんてみっともない。俺は嫌だった。でも、一人では何もできない。左手の小指が曲がっているだろ。いつの間にかこうなっていた。力が入らず、元に戻らない。リハビリのために車椅子をこぐけど、廊下を往復するのに20分かかるよ。まさか自分がこうなるとはなぁ。
ここは職員の数が足りなくて、一人一人の負担が大きいように見える。施設側にも経営があるから、単純に職員を増やすというわけにはいかないんだろう。俺は、政府がもっと福祉を援助するべきだと言いたい。職員が足りなくて貧乏くじを引くのは、入居者なんじゃないか。
「介護を社会で」との理念の下、介護保険制度が導入されてから、はや11年。課題は山積している。
高齢化に伴う要介護者の重度化、核家族化による在宅での「介護力」低下などを背景に、特養への入居を希望する人は増えているが、受け皿は足りない。県長寿社会課の調べでは、県内の特養待機者は2010年10月1日現在、3120人に上る。
介護職員は、低賃金や重労働などから慢性的な人手不足。県福祉保健人材・研修センターの09年度調査によると、県内で同年度中に離職した介護施設職員は782人で、離職率は10%。このうち勤務3年未満が6割を占め、職員の育成が思うように進まないのが現状だ。
森の家施設長の佐藤操(49)は「介護職員は、身体的な介護技術を提供するだけでなく、相手と分かり合える関係を築かなくてはいけない。職員の移り変わりが激しいと、介護の質を維持するのが難しい」と早期離職の弊害を指摘する。
入居者一人一人の部屋には、家族や職員が手書きした木製の表札が掛かっている。1室だけ、名前のない表札があった。この部屋に入居していた96歳の女性が今年2月15日、呼吸不全のため、息を引き取った。
特養の入居者30人(5月1日現在)は平均年齢86.1歳、要介護度は平均4.27。12人は寝たきりで食事を口から取ることができず、胃や腸にチューブで流動食を送る「経管栄養」などの処置を受ける。持病をこじらせ、病院への入院を繰り返す入居者もいる。
「ターミナルケア」―。介護職は、終末期のみとりという重い役割も担う。これまで数多くの入居者との別れを経験、現在は系列の他施設で生活相談員を続ける池田朝子(60)が語る。
―死を防いだり、先延ばしすることは私たちにはできない。できるのは最期まで寄り添うこと。声を掛け、体をさすり、少しでも入居者さんの不安を解消してあげたい。入居者さんと家族さんは私たちを信頼し、ここで終末を迎えることを選んだのだから、その信頼に応えることが役割だと思います。
亡くなった方を前にすると、悲しみももちろんあるけれど、私はりんとした気持ちになる。死をもって、生きることの大切さを教えてくれたような気がして、感謝の思いが湧いてくる。
鶴田は2時間の休憩の後も忙しく動き回る。午前6時、入居者一人一人に「おはよう、朝だよ」と声を掛け、カーテンを開けた。女性入居者の着替えを手伝いながら「いい天気だなぁ」と鶴田。「んだな」と応じる女性。朝日の中に、二つの笑顔が浮かんだ。
―入居者のちょっとした笑顔、何げない感謝の言葉が自分のエネルギーになってる。毎朝同じ介護の光景かもしれないけど、笑顔や「ありがとう」はその時だけのもの。「一期一会」です。
(敬称略)
入居者に朝を告げる鶴田。「毎朝同じ光景かもしれないけど、笑顔はその時だけのもの」と話す
大型ショッピングセンターが立ち並ぶ国道13号の西側にある横手市婦気大堤の住宅地。特別養護老人ホーム「すこやか森の家」の窓からは、暖色の明かりが漏れていた。2階では介護福祉士の鶴田笑巳(34)が、足早に廊下を行き来する。「ごほ、ごほ」。一室から女性のせきが聞こえた。ベッドに横たわる女性の顔をのぞき込む鶴田。「ごめんな、たん取らせて」と声を掛け、慎重な手つきで女性の口にチューブを差し込む。
泊まり勤務のこの日、鶴田は午後4時半に出勤。夕食準備や着替え・排せつの介助、たん吸引など入居者29人を介護し、休憩の同10時半まで6時間、動きっ放しだった。
―介護の仕事に就いて15年目。今思えば、若いころは自分のおじいちゃん、おばあちゃんに接するようなつもりだった。でも、自分が結婚や子育てを経験し、お年寄りを人生の先輩として意識するようになった。相手を敬う気持ちは、介護するときの会話や手の動きに表れ、相手にちゃんと伝わると思う。
森の家は、横手市内に介護、児童養護、障害者支援など7福祉施設を持つ社会福祉法人ファミリーケアサービスが運営。ベージュの外観の2階建てに特養(定員30人)、ショートステイ(同20人)、デイサービスセンター(同25人)が入る。特養は全室個室。10室ずつ区切るユニットケアで、担当介護士を各ユニットに5人配置。入居者にとって施設は「生活の場」という考えに基づき、各ユニットを「○丁目」と呼ぶ。
鶴田が担当する「3丁目」で暮らす高橋克巳(80)は、入居6年目。25年ほど前に妻に先立たれ、訪問介護を利用しながら自宅で一人暮らしを続けた。だが、難病の脊髄空洞症を患いながらの一人暮らしには限界があった。高橋が語る。
―1月の冷える朝だった。ベッドから起き上がろうとして転落してしまった。ヘルパーさんが玄関先で呼ぶ声が聞こえたけど、身動きできなかったんだ。半年ほど入院した後、ここに入ることにした。大の男が施設なんてみっともない。俺は嫌だった。でも、一人では何もできない。左手の小指が曲がっているだろ。いつの間にかこうなっていた。力が入らず、元に戻らない。リハビリのために車椅子をこぐけど、廊下を往復するのに20分かかるよ。まさか自分がこうなるとはなぁ。
ここは職員の数が足りなくて、一人一人の負担が大きいように見える。施設側にも経営があるから、単純に職員を増やすというわけにはいかないんだろう。俺は、政府がもっと福祉を援助するべきだと言いたい。職員が足りなくて貧乏くじを引くのは、入居者なんじゃないか。
「介護を社会で」との理念の下、介護保険制度が導入されてから、はや11年。課題は山積している。
高齢化に伴う要介護者の重度化、核家族化による在宅での「介護力」低下などを背景に、特養への入居を希望する人は増えているが、受け皿は足りない。県長寿社会課の調べでは、県内の特養待機者は2010年10月1日現在、3120人に上る。
介護職員は、低賃金や重労働などから慢性的な人手不足。県福祉保健人材・研修センターの09年度調査によると、県内で同年度中に離職した介護施設職員は782人で、離職率は10%。このうち勤務3年未満が6割を占め、職員の育成が思うように進まないのが現状だ。
森の家施設長の佐藤操(49)は「介護職員は、身体的な介護技術を提供するだけでなく、相手と分かり合える関係を築かなくてはいけない。職員の移り変わりが激しいと、介護の質を維持するのが難しい」と早期離職の弊害を指摘する。
入居者一人一人の部屋には、家族や職員が手書きした木製の表札が掛かっている。1室だけ、名前のない表札があった。この部屋に入居していた96歳の女性が今年2月15日、呼吸不全のため、息を引き取った。
特養の入居者30人(5月1日現在)は平均年齢86.1歳、要介護度は平均4.27。12人は寝たきりで食事を口から取ることができず、胃や腸にチューブで流動食を送る「経管栄養」などの処置を受ける。持病をこじらせ、病院への入院を繰り返す入居者もいる。
「ターミナルケア」―。介護職は、終末期のみとりという重い役割も担う。これまで数多くの入居者との別れを経験、現在は系列の他施設で生活相談員を続ける池田朝子(60)が語る。
―死を防いだり、先延ばしすることは私たちにはできない。できるのは最期まで寄り添うこと。声を掛け、体をさすり、少しでも入居者さんの不安を解消してあげたい。入居者さんと家族さんは私たちを信頼し、ここで終末を迎えることを選んだのだから、その信頼に応えることが役割だと思います。
亡くなった方を前にすると、悲しみももちろんあるけれど、私はりんとした気持ちになる。死をもって、生きることの大切さを教えてくれたような気がして、感謝の思いが湧いてくる。
鶴田は2時間の休憩の後も忙しく動き回る。午前6時、入居者一人一人に「おはよう、朝だよ」と声を掛け、カーテンを開けた。女性入居者の着替えを手伝いながら「いい天気だなぁ」と鶴田。「んだな」と応じる女性。朝日の中に、二つの笑顔が浮かんだ。
―入居者のちょっとした笑顔、何げない感謝の言葉が自分のエネルギーになってる。毎朝同じ介護の光景かもしれないけど、笑顔や「ありがとう」はその時だけのもの。「一期一会」です。
(敬称略)
入居者に朝を告げる鶴田。「毎朝同じ光景かもしれないけど、笑顔はその時だけのもの」と話す