ゴエモンのつぶやき

日頃思ったこと、世の中の矛盾を語ろう(*^_^*)

病と老いを見つめ 介護の光景(横手市)

2011年06月18日 02時14分08秒 | 障害者の自立
 寝返りを打つことも、ままならない。歩いてトイレに行き、用を足すことだって難しい。たんが喉に詰まれば呼吸ができなくなる恐れもある。だから介護は24時間、誰かが生活を支えなくてはいけない。
 大型ショッピングセンターが立ち並ぶ国道13号の西側にある横手市婦気大堤の住宅地。特別養護老人ホーム「すこやか森の家」の窓からは、暖色の明かりが漏れていた。2階では介護福祉士の鶴田笑巳(34)が、足早に廊下を行き来する。「ごほ、ごほ」。一室から女性のせきが聞こえた。ベッドに横たわる女性の顔をのぞき込む鶴田。「ごめんな、たん取らせて」と声を掛け、慎重な手つきで女性の口にチューブを差し込む。
 泊まり勤務のこの日、鶴田は午後4時半に出勤。夕食準備や着替え・排せつの介助、たん吸引など入居者29人を介護し、休憩の同10時半まで6時間、動きっ放しだった。

 ―介護の仕事に就いて15年目。今思えば、若いころは自分のおじいちゃん、おばあちゃんに接するようなつもりだった。でも、自分が結婚や子育てを経験し、お年寄りを人生の先輩として意識するようになった。相手を敬う気持ちは、介護するときの会話や手の動きに表れ、相手にちゃんと伝わると思う。

 森の家は、横手市内に介護、児童養護、障害者支援など7福祉施設を持つ社会福祉法人ファミリーケアサービスが運営。ベージュの外観の2階建てに特養(定員30人)、ショートステイ(同20人)、デイサービスセンター(同25人)が入る。特養は全室個室。10室ずつ区切るユニットケアで、担当介護士を各ユニットに5人配置。入居者にとって施設は「生活の場」という考えに基づき、各ユニットを「○丁目」と呼ぶ。
 鶴田が担当する「3丁目」で暮らす高橋克巳(80)は、入居6年目。25年ほど前に妻に先立たれ、訪問介護を利用しながら自宅で一人暮らしを続けた。だが、難病の脊髄空洞症を患いながらの一人暮らしには限界があった。高橋が語る。

 ―1月の冷える朝だった。ベッドから起き上がろうとして転落してしまった。ヘルパーさんが玄関先で呼ぶ声が聞こえたけど、身動きできなかったんだ。半年ほど入院した後、ここに入ることにした。大の男が施設なんてみっともない。俺は嫌だった。でも、一人では何もできない。左手の小指が曲がっているだろ。いつの間にかこうなっていた。力が入らず、元に戻らない。リハビリのために車椅子をこぐけど、廊下を往復するのに20分かかるよ。まさか自分がこうなるとはなぁ。
 ここは職員の数が足りなくて、一人一人の負担が大きいように見える。施設側にも経営があるから、単純に職員を増やすというわけにはいかないんだろう。俺は、政府がもっと福祉を援助するべきだと言いたい。職員が足りなくて貧乏くじを引くのは、入居者なんじゃないか。

 「介護を社会で」との理念の下、介護保険制度が導入されてから、はや11年。課題は山積している。
 高齢化に伴う要介護者の重度化、核家族化による在宅での「介護力」低下などを背景に、特養への入居を希望する人は増えているが、受け皿は足りない。県長寿社会課の調べでは、県内の特養待機者は2010年10月1日現在、3120人に上る。
 介護職員は、低賃金や重労働などから慢性的な人手不足。県福祉保健人材・研修センターの09年度調査によると、県内で同年度中に離職した介護施設職員は782人で、離職率は10%。このうち勤務3年未満が6割を占め、職員の育成が思うように進まないのが現状だ。
 森の家施設長の佐藤操(49)は「介護職員は、身体的な介護技術を提供するだけでなく、相手と分かり合える関係を築かなくてはいけない。職員の移り変わりが激しいと、介護の質を維持するのが難しい」と早期離職の弊害を指摘する。
 入居者一人一人の部屋には、家族や職員が手書きした木製の表札が掛かっている。1室だけ、名前のない表札があった。この部屋に入居していた96歳の女性が今年2月15日、呼吸不全のため、息を引き取った。
 特養の入居者30人(5月1日現在)は平均年齢86.1歳、要介護度は平均4.27。12人は寝たきりで食事を口から取ることができず、胃や腸にチューブで流動食を送る「経管栄養」などの処置を受ける。持病をこじらせ、病院への入院を繰り返す入居者もいる。
 「ターミナルケア」―。介護職は、終末期のみとりという重い役割も担う。これまで数多くの入居者との別れを経験、現在は系列の他施設で生活相談員を続ける池田朝子(60)が語る。

 ―死を防いだり、先延ばしすることは私たちにはできない。できるのは最期まで寄り添うこと。声を掛け、体をさすり、少しでも入居者さんの不安を解消してあげたい。入居者さんと家族さんは私たちを信頼し、ここで終末を迎えることを選んだのだから、その信頼に応えることが役割だと思います。
 亡くなった方を前にすると、悲しみももちろんあるけれど、私はりんとした気持ちになる。死をもって、生きることの大切さを教えてくれたような気がして、感謝の思いが湧いてくる。

 鶴田は2時間の休憩の後も忙しく動き回る。午前6時、入居者一人一人に「おはよう、朝だよ」と声を掛け、カーテンを開けた。女性入居者の着替えを手伝いながら「いい天気だなぁ」と鶴田。「んだな」と応じる女性。朝日の中に、二つの笑顔が浮かんだ。

 ―入居者のちょっとした笑顔、何げない感謝の言葉が自分のエネルギーになってる。毎朝同じ介護の光景かもしれないけど、笑顔や「ありがとう」はその時だけのもの。「一期一会」です。

(敬称略)


入居者に朝を告げる鶴田。「毎朝同じ光景かもしれないけど、笑顔はその時だけのもの」と話す


第1部 高齢者と地域力(5)

2011年06月18日 02時03分12秒 | 障害者の自立
求められる避難所からの「自立」

 あの日が来るまで、そこは「デイサービスセンター」(通所介護事業所)だった。

 宮城県南三陸町の看護師、及川美智子さん(29)の職場「南三陸デイサービスセンターうたつ」は津波の後、一時100人以上を抱える避難所になり、その後「福祉避難所」となった。

 福祉避難所とは、大災害が起きた際、一般の避難所で生活が難しい障害者や要介護者、高齢者らが避難生活を送る場所。南三陸町では、及川さんがいたデイサービスセンターが5月、福祉避難所に指定され、10~20人ほどが避難した。

 「被災して初めて、町内にこんな人がいたのかと驚きました。トイレまで歩くのがやっとの90代のお年寄りが、介護申請もせず家族の助けもなく生活できていた。近所の人が支えていたのでしょう」(及川さん)

 だが、震災でこうした「近所の力」は失われつつある。


高齢化率が高く


 志津川地区で1人暮らしをしていた朴澤(ほおざわ)たけのさん(86)は町営住宅が最上階の4階まで浸水し、雪の中、屋上で一晩を過ごした。

 夫と長男に先立たれ、次男は仙台市にいる。近くの志津川病院で降圧剤の処方を受けていたが、津波被害を受けた病院は隣の登米市に移転。福祉避難所から病院まで約1時間かかる。

 それでも避難所にいれば、1日3食が“保証”される。同じ志津川地区からの避難者もおり、話も弾む。しかし、朴澤さんは再び自立に向け、前を向く。

 「ここに来て33日目。仮設住宅が当たって、今日は鍵をもらった。引っ越しはいつしようかね」

 だが、避難の長期化は確実に高齢者の“自立力”を奪う。岩手、宮城(仙台市を除く)、福島の3県は、65歳以上の高齢化率が24~26%と、全国平均(約22%)より高い。避難所生活を送るうち、介護が必要になる人も増えている。

 「薬がしばらく手に入らなかったり、慣れない集団生活で体調を崩したりして歩けなくなった人もいます」と及川さん。

 仮設住宅に入居しても、これまで助けてくれていた近隣住民と離ればなれになってしまう。介護保険申請用の認定審査を希望する人も増えた。センターは20日からデイサービスを再開する予定だが、福祉避難所として十数人が生活する状態は続く。


お茶っこ会に効果


 長期の避難生活では、周囲が「過剰支援」しないことも大事だ。

 被災者400人以上が暮らす南三陸町の「南三陸ホテル観洋」では、被災者とスタッフらがお茶菓子を食べながら語り合う「お茶っこ会」が毎日開かれている。食事の配膳から部屋の掃除まで、ホテルでありながら被災者自身が動く。同ホテルの三浦和幸フロントリーダーは「当初は被災者をお客さまと考えがちだったが、今ではたいていのことは自分たちでやってもらっている」と語る。

 避難所でも仮設住宅でも、楽しく出入りできる場所や自分の役割を作ることで、お年寄りは意欲的になっていく。災害で亡くなったり移住したりしてこれまでの人間関係が壊れる中、新たな場所で再び地域の人間関係が築けるかが、高齢者の「自立」の成否に深くかかわる。

 あの日から3カ月。被災地の「非日常」は続くが、地域の力はそれを「日常」に戻す可能性を持っている。(道丸摩耶)=おわり






「生活不活発病」の予防必要


 国立長寿医療研究センター研究所(愛知県大府市)の大川弥生・生活機能賦活研究部長によると、長期の避難生活でもっとも怖いのが、動かないことで全身の働きが低下する「生活不活発病」だ。

 「避難所で3食出ることに慣れてしまうと、それが楽になってしまう。そうなると体や心の機能も衰えていく」と大川部長。買い物や友人宅訪問など、日常生活の中でさまざまな動く機会を与えることで、予防することが必要だ。

MSN産経ニュース

電動車いすの古田さんが千歳で行政書士事務所を開設

2011年06月18日 01時58分26秒 | 障害者の自立
 電動車いす生活を送る千歳市内の古田聖(たから)さん(48)が合格率5・84%という難関の行政書士試験を突破。5月末に市内に事務所を開設した。古田さんは「障害者の就労はまだまだ難しい。もしかして後に続く人がいればいいなとも思っている」とし「仕事を早く軌道に乗せたい」と意欲を見せている。

 古田さんは脊髄性進行性筋萎縮症で、高等養護学校時代は車いすで生活していたが、病状がゆっくりと進行し現在は右手しか使えず、右手だけでレバーを操作する電動車いすを利用している。

 2003年に発足した千歳の電動車いすサッカーチーム「フリークルー」の代表や今年から千歳市障がい者地域自立支援協議会委員を務めるなど、積極的な社会活動も行っている。

 行政書士は「ワープロを打てて、しゃべることができればできる仕事」と、9年ほど前から志し、昨年11月に9回目の挑戦で合格。北海道では2536人が受験し、合格者はわずか148人という難関だった。

 「最初は独学だったが難しく、通信教育で勉強した。本を開くのが難しく、なかなかはかどらなかったが、インターネットが役に立った。試験前の半年間は1日4時間は勉強していた」と言う。

 行政書士は農地・建設・土木・民事など官公署に提出する書類の作成、相談、提出代理を行うのが仕事。北斗5の3の7の自宅に事務所を構えた。

 仕事の範囲は多岐にわたるが、古田さんはパソコンは、上部にボールの付いているトラックボール式のマウスでスクリーンキーボードを打ったり、メモなどは多機能携帯電話など電子機器を駆使。「外回りなどは補助員にお願いすることもあるが、事務室での対応は一人でも可能。できれば成年後見制度など福祉の分野に力を入れたい」

 まだ開業したばかりで、本格的な仕事は入っておらず、営業許可申請、会社設立の書類作成、相続・遺言の書類作成など「何でもやりますので、ぜひご連絡を」と利用を呼び掛けている。問い合わせは行政書士古田聖事務所 電話0123(40)7530。


千歳に行政書士事務所を開設した古田さん


山陰海岸学習館:点字でより深く学習を 鳥取盲学校生徒が展示物の解説書作製 /鳥取

2011年06月18日 01時52分39秒 | 障害者の自立
 山陰海岸学習館(岩美町牧谷)で、点字を使った案内パンフレットや展示物の解説書がこのほど完成した。鳥取盲学校高等部(田中一雄校長)の生徒4人が作製したもの。来館した視覚障害者らから要望があれば貸し出すことにしている。

 解説書には、展示物の解説パネルの内容を点字で記している。直接手で触れられる岩石や化石のレプリカと併用して使うなどして、視覚障害者にも分かりやすい展示にしたいという。

 生徒の得意分野である点字を生かして社会貢献をしようと、授業の一環で作製した。担当した同校の竹中友張教諭(45)は「視覚障害者にとって学習館は利用しにくかった。点字資料で、より深く学習してほしい」と話している。

毎日新聞 2011年6月17日 地方版


2011年東京おもちゃショーレポート エコでバリアフリーが大型イベント

2011年06月18日 01時49分19秒 | 障害者の自立
 6月16日 東京おもちゃショーが例年の通り開催された。
 震災や原発事故など暗いニュースが多い中、いくら紹介しても人々の微笑みを誘うイベントとして今年はとりわけ開催が待たれるショーだった。

 会場はビックサイト西ホール 16、17日はビジネスデーで、18、19日は無料で一般公開される。
 今年のテーマはやはり各社エコ。電池を使わないで遊べるゲームや、手で転がすと発電して光るミニカーなど、時代を映すおもちゃが各メーカーで散見された。
 そして世代を超えたキャラクターの躍進。バンダイの正面ゲートの歴代戦隊モノのレッドの展示とか、タカラトミーのお父さんもいっしょに遊べる「プラレールアドバンス」の提案など、家族を取り込もうとする商品が随所に見受けられた。

 週末、入場は無料だし、いろいろ新しいゲームを楽しめるし、限定カードなんかの配布もあるし、ぜひご家族で遊びに行かれることをオススメする。
 気になるお母さんのための授乳やおむつかえのスペースもきちんと用意され、大量に発生する(苦笑)迷子のためのコーナーも万全。

 そしてもう一つ、障害のあるお子さんを持つご家族にもぜひ遊びに来て欲しい。
 玩具の世界はバリアフリーが重要なテーマで、いくつかの玩具を見ると、犬の絵やウサギの絵がパッケージについていることがある。これらは「共有玩具」、障害のあるお子さんも健常者といっしょに遊ぶことができる玩具のマークなのだ。「共有玩具」の理念は日本発で世界に広がろうとしている運動で、犬は視覚障害者のお子さん、ウサギは聴覚障害を持つお子さんも健常者と同じように遊べるというマークなのだ。
 各メーカーはブースを段差のないバリアフリーにすることはもちろん、当日は車椅子、その他障害のある方もいっしょに楽しめるよういろいろ工夫している。もし「列に並んで順番を待つ」ということが理解できない発達障害を持つお子さんをお持ちだったら、ブースの担当者にそっと相談して欲しい。きっと配慮してくれるだろう。

 日本の玩具は大人も子供も、健常者も障害を持つ方も、分け隔てなく楽しくさせてくれる豊かさを持っている。
 世界随一の、生活必需品ではないものの、心を温めてくれるおもちゃ王国日本。
 私たちは幸福な国に住んでいる、そう思わせてくれるおもちゃショー。
 ぜひ遊びに行こう。

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