◇防災行政無線、音声のみ大半
東日本大震災発生時、津波情報や給水場所などの災害情報を地域住民に広く知らせる防災行政無線を通じた情報を、聴覚障害者の多くが得られていなかった実態が浮かんできた。防災行政無線は音声情報のみの自治体が大半であるためだ。聴覚障害者の情報源となり得る文字情報を提供できる自治体の中では、震災を機に、聴覚障害者用に文字で情報を得られる個別受信機を新たに整備することを検討する自治体も出始めている。
「周りの同僚が避難する後を追い、一緒に社内の避難場所に避難するしかなかった」
聴覚障害を持つ大内正和さん(48)=日立市折笠町=は、3月11日の震災当時、同市日高町の会社で勤務中だった。津波の発生を受け、市内に92基ある防災行政無線から高台への避難を呼び掛ける放送が流れたが、大内さんの耳には全く届かなかった。
津波があったことを知らない大内さんは、午後5時ごろ、海岸から約500メートル離れた自宅へ戻ろうと、会社から車で出た。自宅に着いて驚いた。4軒先の海に一番近い住宅が津波でつぶれていた。自宅は床上浸水で済んだが、周りのブロック塀は、高さ5メートルの辺りまで水をかぶった跡があった。「その時初めて、怖いと思った」。大内さんは振り返る。
大内さんが会長を務める市聴覚障害者協会が震災後、会員54人を対象に行ったアンケートに20人が回答。7人が「情報をもらっていない」と答え、うち6人が「防災行政無線の内容を知りたい」と苦言。一方、「情報をもらった」と答えた13人も、友人や親族からのメール、隣の人に教えてもらったなどで、行政側から情報を受け取ったのは「障害福祉課とのファクスやりとり」と答えた1人だけだった。同協会などが6月上旬、市職員らを招いて開いた懇談会でも、参加者から「市職員が手話通訳も兼ねて避難所を回るなどしてもらえれば助かる」「情報がなく、周りのまねをして逃げた」など、健聴者との「情報格差」を指摘する声が相次いだ。
防災行政無線には、音声情報だけを伝達するアナログ方式と、音声情報に加えて文字情報の送信も可能なことから、聴覚障害者の情報源となり得るデジタル方式がある。総務省関東総合通信局によると、県内でデジタル方式を導入しているのは、一部地域のみの場合も含めて10市町。31市町村はアナログ方式で、3市村は防災行政無線自体が未整備だ。日立市を含め、津波被害に遭った沿岸部の自治体は、神栖市以外すべてアナログ方式。デジタル方式の神栖市でも、聴覚障害者用に文字表示が可能な個別受信機は整備していないため、自宅にファクスを送信しているという。
東京都福生市ではデジタル方式導入を機にこのような受信機を50台所有し、希望者に貸し付けている。しかし県内では、デジタル方式の10市町でも、こうした受信機を所有する自治体はない。福生市では総事業費約1億7969億円かかったといい、財政面がネックだ。神栖市防災安全課は「今後、聴覚障害者用個別受信機の配布を検討する。震災をきっかけに新たな予算として認められるかもしれない」としている。
県障害福祉課によると、県内の聴覚障害者は7054人(3月末現在)。そのすべてが震災や津波などの際、防災行政無線による情報が得られないのが実情だ。
全日本ろうあ連盟の久松三二(みつじ)事務局長は、日立市内での調査結果について「多くの地域でも同様の状態があった」と指摘。「行政が直接連絡を取ることができるシステムを作るべきで、同じ税金を払っているのに地域格差はおかしい。国の政治の中でやることだ」と話している。
毎日新聞 2011年6月23日 地方版
東日本大震災発生時、津波情報や給水場所などの災害情報を地域住民に広く知らせる防災行政無線を通じた情報を、聴覚障害者の多くが得られていなかった実態が浮かんできた。防災行政無線は音声情報のみの自治体が大半であるためだ。聴覚障害者の情報源となり得る文字情報を提供できる自治体の中では、震災を機に、聴覚障害者用に文字で情報を得られる個別受信機を新たに整備することを検討する自治体も出始めている。
「周りの同僚が避難する後を追い、一緒に社内の避難場所に避難するしかなかった」
聴覚障害を持つ大内正和さん(48)=日立市折笠町=は、3月11日の震災当時、同市日高町の会社で勤務中だった。津波の発生を受け、市内に92基ある防災行政無線から高台への避難を呼び掛ける放送が流れたが、大内さんの耳には全く届かなかった。
津波があったことを知らない大内さんは、午後5時ごろ、海岸から約500メートル離れた自宅へ戻ろうと、会社から車で出た。自宅に着いて驚いた。4軒先の海に一番近い住宅が津波でつぶれていた。自宅は床上浸水で済んだが、周りのブロック塀は、高さ5メートルの辺りまで水をかぶった跡があった。「その時初めて、怖いと思った」。大内さんは振り返る。
大内さんが会長を務める市聴覚障害者協会が震災後、会員54人を対象に行ったアンケートに20人が回答。7人が「情報をもらっていない」と答え、うち6人が「防災行政無線の内容を知りたい」と苦言。一方、「情報をもらった」と答えた13人も、友人や親族からのメール、隣の人に教えてもらったなどで、行政側から情報を受け取ったのは「障害福祉課とのファクスやりとり」と答えた1人だけだった。同協会などが6月上旬、市職員らを招いて開いた懇談会でも、参加者から「市職員が手話通訳も兼ねて避難所を回るなどしてもらえれば助かる」「情報がなく、周りのまねをして逃げた」など、健聴者との「情報格差」を指摘する声が相次いだ。
防災行政無線には、音声情報だけを伝達するアナログ方式と、音声情報に加えて文字情報の送信も可能なことから、聴覚障害者の情報源となり得るデジタル方式がある。総務省関東総合通信局によると、県内でデジタル方式を導入しているのは、一部地域のみの場合も含めて10市町。31市町村はアナログ方式で、3市村は防災行政無線自体が未整備だ。日立市を含め、津波被害に遭った沿岸部の自治体は、神栖市以外すべてアナログ方式。デジタル方式の神栖市でも、聴覚障害者用に文字表示が可能な個別受信機は整備していないため、自宅にファクスを送信しているという。
東京都福生市ではデジタル方式導入を機にこのような受信機を50台所有し、希望者に貸し付けている。しかし県内では、デジタル方式の10市町でも、こうした受信機を所有する自治体はない。福生市では総事業費約1億7969億円かかったといい、財政面がネックだ。神栖市防災安全課は「今後、聴覚障害者用個別受信機の配布を検討する。震災をきっかけに新たな予算として認められるかもしれない」としている。
県障害福祉課によると、県内の聴覚障害者は7054人(3月末現在)。そのすべてが震災や津波などの際、防災行政無線による情報が得られないのが実情だ。
全日本ろうあ連盟の久松三二(みつじ)事務局長は、日立市内での調査結果について「多くの地域でも同様の状態があった」と指摘。「行政が直接連絡を取ることができるシステムを作るべきで、同じ税金を払っているのに地域格差はおかしい。国の政治の中でやることだ」と話している。
毎日新聞 2011年6月23日 地方版