2020年開催の東京五輪・パラリンピックに向け、パラリンピックの競技団体や自治体が競技の体験会などを開いている。幅広い層に魅力をアピールし、ファンを増やすことを目指している。
競技団体などが体験会
山口県防府市で今月行われた車いすバスケットボールの体験交流会。東京パラリンピックに出場予定の女子日本代表の選手が公開競技を行った。地元の中学生ら参加者約60人は、代表選手が低い位置からシュートを決める場面を間近で見て歓声を上げた。
続いて、参加者は車いすにのり、選手と一緒に練習や試合を体験。防府市立桑山中学バスケットボール部の2年生、近藤優斗さんは、「車いすでは思うように動けなかった。代表選手は動きが速く、車いす同士が激しくぶつかるので、びっくりした」と話す。
今回は代表合宿の機会を利用して体験交流会が開催された。日本車椅子バスケットボール連盟(東京)の塚本京子さんは「一般の人が車いすバスケに接する機会は少なく、認知度はまだ高くない。実際に体験して、ファンになる人もおり、体験会を通じて競技の魅力をPRしたい」と話す。
体験会は、座った状態でプレーするシッティングバレーボールや車いすテニスなどの競技団体も、大会開催時やイベントの際に行っている。
同志社大教授(障害者スポーツ論)の藤田紀昭さんは、「パラリンピック競技をはじめとする障害者スポーツは、従来、リハビリ的なイメージで見られてきたが、競技のレベル向上で、スポーツとしてとらえられつつある。しかし、依然として、一般の競技スポーツとは別と考えられがちで、競技の認知度向上が課題だ」と指摘する。
日本ブラインドサッカー協会(東京)では、企業向けの研修プログラムを提供している。アイマスクを着用する人が、着用していない人と声をかけ合いながら音が鳴るボールを追う。
目の見える人(晴眼者)が務めるキーパーやコーラーと呼ばれるガイドが選手に声をかけながらボールを追うブラインドサッカーと同じような状況を設定している。
同協会事務局長の松崎英吾さんは、「違いがあることを理解し、生かしあうことが社会や組織では大事だと体験してほしい」と話す。これまでにのべ47社が、この研修を実施した。研修への参加をきっかけに協会への支援を始めた企業もある。
自治体も体験会を開催するようになってきた。障害者スポーツの推進をうたったスポーツ基本法が2011年に施行されたことが背景にある。パラリンピック・ブラインドサッカーの会場予定地になっている東京都品川区でも、今月15日、ブラインドサッカーの体験会を開催した。来年以降も実施する予定。
パラリンピックに向けてボランティアを養成し、競技を支える人材を育てようという試みもある。NPO法人「STAND(スタンド)」(東京)は、今年11月から、ボランティアに関心がある人向けの講座を開き、パラリンピックの魅力を伝える。代表理事の伊藤数子さんは、「競技のファンになって、パラリンピックを支えるボランティアになってほしい」と話す。
大阪体育大客員教授(障害者スポーツ論)の高橋明さんは、「障害者スポーツは、まず見て体験することが大切。障害者が持っている能力や可能性に注目すると、一緒に競技を楽しめることが分かる。そうした障害者への理解が人に優しい社会を作る大きなきっかけになる」と話す。
車いす操作 鍛錬が必要…記者体験記
国枝慎吾選手が今月、全米オープンの車いす部門シングルスで優勝した。記者(41)も、車いすテニスを体験してみたいと、千葉県柏市の吉田記念テニス研修センターを訪ねた。
ここは国枝選手の練習拠点。今回、取材として、コーチの山田翔さんの指導を受けた。
使用する競技用車いすは想像より軽く、片手で持ち上げられるほど。
早速のってみた。車輪の外側に付いているリムと呼ばれる輪を握って前に押すと進む。ブレーキはなく、手でリムを押さえて止まるシンプルな仕組み。曲がりたい方向のリムだけ握って車輪を止めると、反対の車輪だけ動いて回転する。
基本操作を練習した後、直進とカーブを組み合わせ50メートルほど走って時間を計ってみた。タイムは52秒。カーブがうまく曲がれず、直進もスピードにのれない。「初めてにしてはまあまあですね」と山田さん。ちなみに健常者の山田さんは35秒ほど、国枝選手になると、25秒ほどという。
特に難しいと感じたのは、ラケットを持って、動き回ること。利き手の右手でラケットとリムを一緒に握りながら、リムを押し出して前進するのはかなり難しい。車輪とリムの間に何度も指を挟んでしまって痛い。
テニス 打ち合いで実感
いよいよ、球を打ってみる。「ボールの右か左の位置に車いすを回転させながらポジションを取ることが大切です」と山田さん。投げられたボールを打ち返してくるっと回って戻り、次の球を追いかける。慣れてくると、動きが少しスムーズになって楽しい。「初心者にしてはうまいですね」と言われて気をよくする。
山田さんとラリーに挑戦してみた。何度か打ち返すことができて、打ち合いの楽しさを味わった。車いすテニスの大会の映像を見ただけでは、車いす操作の難しさが分からず、スムーズに動いているように見える。だが、実際は、様々な球に素早く対応できるよう選手が日々鍛錬しているのだと実感する。1時間弱の練習でも汗びっしょりだった。
「パラリンピックの競技にはないが、車いすにのった障害者と、立ってプレーする健常者がペアで参加するニューミックスというテニスもあります」と山田さん。ほかにも、障害のある人もない人も一緒に楽しめる競技が車いすバスケなどいくつかある。スポーツの秋に体験してみたい。

中学生が代表選手に交じって車いすバスケットを体験した(山口県防府市で)
(2014年9月30日 読売新聞)