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2カ月ほど前の回覧板に、「並木8丁目地区災害要援護者の皆さまへ」という手作りの案内状が紛れ込んでいた。私の目に留まったのは、手作り感の素朴さに加え、差し出し人が近くの公営団地に住む住民だということだった。「並木8丁目には、災害時に自ら避難することができない障害者が住んでいることを住民に理解していただき、合わせて緊急時に避難の手伝いをしてほしい」ことと、そのための勉強会を立ち上げたことが記されていた。その案内状にあったのが、「災害時要援護者登録制度」という文言だった。
私がお手伝いしている某グループ(主に地域コミュニティ関係)は、社会福祉協議会に組み込まれた組織で、結成7年を数えるものの、いまだ目立った成果を上げられずにいる。会長が国の研究機関に在籍していた人で、自ら問題を提起してその解決のために突き進むという人ではない。さまざまな資料を持ち込み、現状を報告して散会となる。良心的な役人気質の持ち主で、組織というものを重要視して中身を顧みない人である。高齢者の問題に特化して、具体的に地域で解決していきたい私とはかなりの温度差があった。
退会時期を模索していたときに、この案内状を目にしたのである。そこで第1回目の会議に参加した。
「災害時要援護者登録制度」は、災害時、単独で避難が困難な障害のある人、高齢者、外国人、妊産婦や幼児などを市に登録。その情報を地区の民生委員や自治会に予め知らせることで、地域での助け合いに役立てようというもの。代表のⅠさんが取り組む最初が、この地域に障害者や歩行困難な高齢者、助けを必要とする外国人や妊産婦、その子どもたちが多数住んでいることを住民に認識してほしいということである。
私が取り組んでいる「高齢者問題」のなかには、高齢故の障害者が多数含まれる。「高齢者は障害者の予備軍」なのである。Iさんたちと問題解決に取り組むことは、高齢者が抱えている問題解決の手助けになると判断した。この地区に障害者や生活弱者が住んでいることを知ってもらうには、広報活動を活発化させればいい。あらゆる機会を捉えて顔を出し、存在を知っていただくこと。広報誌を出して地域に配ること。そのためには、私が運営している「サロン幸福亭ぐるり」の機関誌、『ぐるりのこと』にIさんたちの活動を載せることも可能だ。
「災害時要援護者登録制度」は、災害時に特化した制度である。特化故に解決には問題が多い。3年半前の東日本大震災を思い起こしてほしい。あの激しい揺れのなか、家族以外の障害者や高齢者たちの“救援”を考える人がいただろうか。まず、自分の身の安全を確保し、家族の安否を確認し、これから先の不安に心が揺れる。私が妻と確認していることは、「どちらかが歩行困難、寝たきりの場合は家に置いたまま逃げる」ということだ。他人の安否など二の次となる。逃げるということは、指定された避難場所に行くということである。その後、家に残された相方の安否を案じることになるのだが、強い余震が続く状況下で次の行動がどれほどとれるのか疑問だ。
同じように、障害者や高齢者(とくに独居者)の安否を考えるのは、事態が沈静化してからだろう。国立障害者リハビリセンター研究所のK氏は、「全国的に見て、障害者を優先的に避難させる組織として取り組んでいる自治体を知らない」と答えている。当然、行政の取り組みには限界があり、その多くを住民に委ねる必要が生じる。市内には3万人を超す「災害時要援護者」が確認されているにもかかわらず、実際に登録している人は6分の1しかいない。これは何を意味するのだろう。制度そのものを知らない市民がいることも考えられるが、災害時、これが実際、有効に稼働するのか疑問視する人も多いだろう。
一方で、自主防災会を立ち上げ、住民救済に真摯に取り組んでいるAという地域がある。そこは旧住民が多く住む地域である。個人情報を自治会や民生委員が共有して非常時の救済に当たる。「誰が誰を救出する」というシミュレーションができているという。旧住民ならではの、深い絆がこのときは大いに発揮される。
2014年10月21日07:05
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運営資金の確保は当初から頭を悩ませた。幸いなことに、「応援します!地域活動助成事業(赤い羽根募金)」(社会福祉協議会)、「地域サロン整備事業補助交付金」(市高齢者支援課)という公的な支援を受けることが可能になった。それに「市民ファンド」(基金・寄付)を加えて活動を開始した。作家としての私にも少数ながらファンがいる。それに学生時代の仲間の応援なども加わり、開亭にこぎ着けることができた。しかし、運営資金の多くを占める賃貸料の一部(月3万円)をわたしが負担している。公的な施設に、私的な資金を投入せざるを得ない状況下にあることは決して健全な運営とはいえない。「いきいきサロン」のように「賃貸料免除」を実現させたいものだ。
URの空き店舗を再利用できた背景には、UR側の差し迫った問題があった。既存のUR賃貸物件は、現在必ずしも満室という状態ではない。私が借りている築30数年のこのUR賃貸住宅も1割から2割の空き室がある。駅前の数年前に建て替えられたばかりの集合住宅は、賃貸料が高すぎて思うように借り手がない。居住者はリタイアした富裕層がその多くを占めるため、居住者の平均年齢が極端に上がる。その結果65歳以上の高齢者が50%を超すという極端な居住層に変貌した。様々な行事がこなせない「限界団地(集落)」が出現したのである。
URは考えた末に、団地内に設けた集会所の半分を改築して、地域住民が利用できる「コミュニティサロン」を開設した。ここを住民に開放して、子育てや料理の教室、自治会を巻き込んだ祭りなどを企画して、若い人たちにも入居してもらおうという発想に転換した。手本は前述の常磐平団地である。少子化、過疎化のため、全国的に空き家、空き店舗が増えている。URの賃貸物件も例外ではない。時代の急変が独立行政法人にも危機意識を植え付けることになったのだ。こうした流れの中で、「サロン幸福亭ぐるり」がオープンできたことは否定できない。
それまでの「サロン幸福亭」に”ぐるり”の文字を加えたのには大きな意味がある。最近『ぐるりのこと』(梨木果歩著・新潮文庫)を読み、タイトルにある”ぐるり”、つまり”周辺”の意味に気づかされた。「地域」というのは、主に行政が使う言葉である。区分けされた広い領域を指す。”見守り”や”孤独死・孤立化の回避”、”仲間づくり”をコンセプトとする居場所には、「地域」は広すぎる。ここを利用する来停者、”ぐるり”同士が互いに気遣う範囲で十分機能すると思う。
「サロン幸福亭ぐるり」には、”高齢者の居場所”という機能以外にもうひとつの顔を持つ。高齢者が抱える多くの問題を考え整理し行政に提言するという顔である。行政マンの多くは「既定路線をそのままなぞること」には長けているものの、「自分で判断して動く」ことには鈍い。地域住民の意見に耳を傾け、みずからが率先して”現場”に顔を出し、そこで何が問題視されているのか、”解決までの道筋”を描こうとしない。いや、できないのだ。様々な意見拝聴の場(会議)はあるものの、都合のいい人の意見を集約し、方向性を決める。既定路線なのである。だから様々な問題が具体的に突きつけられているにもかかわらず、その多くが玉虫色、正論(建前)ばかり。問題解決には、ほど遠いのが現状である。ここに着目した。
近日中に、「高齢者問題研究会」(高問研)なる組織を立ち上げ、勉強会と講演会を中心とした啓蒙活動を展開していく。その中で、浮かび上がってきた問題を具体的に行政に提起していきたいと考えている。手始めに東京都中野区が実施した「中野区地域支えあい推進条例」(個人的に「中野方式」と呼んでいる)の実施の提起を予定していた。これは地域に住む高齢者(主に独り住まい)を町内会や自治会に「個人情報を提供して」見守るという画期的な方式で、この欄でも何度も紹介してきた。
しかし、最近条例化された当該市の「地域がつながる元気な自治会等応援条例」を読み、暗澹(あんたん)とさせられた。建前論(正論)ばかりで、具体性に欠ける。血が通わない空虚な文言が連なる。実際、拠点となるはずのまちづくりセンターそのものが、まるで機能しないことが判明。これでは話にならない。仕方なく今、一番トレンドな高齢者問題、「母さん助けて(オレオレ)詐欺」から具体的に取り組もうと考えている。
2014年9月23日07:05 NET-IB NEWS