日本で唯一の「視覚障害者向け」ラジオ局「JBS日本福祉放送」をご存知だろうか。今年で開局から26年、日々の新聞の朝・夕刊記事ひとつひとつを読み上げる番組「今日の新聞」は、目の不自由なリスナーが世の中の動きをタイムリーに知る貴重な情報源となっているという。だが運営状況は厳しく、読み手ボランティアの数も年々減少。「視覚障害者の『情報格差』をなくすために」と放送を続け、スポンサー探しや読み手ボランティアの育成に奔走する関係者に話しを聞いてみた。
米国の福祉放送が充実「日本で同じ放送を」と渡米し研修
ある日の午前中、大阪市都島区のビルの一室にある「JBS」をのぞいてみると「今日の新聞」の生放送真っ最中。スタッフ数人が音響機材を操作し、読み手ボランティア3人が朝刊をていねいに読みあげていた。「小さなスタジオですみません。けど、いつもここから放送してるんですよ」と笑顔で語るのは、同局常務理事法人本部長の川越利信さん(70)。「情報格差をなくしたい」と同局を立ち上げた張本人だ。
若いころ目を悪くして病院に行ったら医者から「失明の恐れがある」と診断され、社会福祉法人日本ライトハウスへ相談をすすめられた。それがきっかけで、文部省から委託を受け制作する点字の教科書や童話づくりに長年携わった。だが、点字で書籍を作るには約1年かかりで、早くても数か月。「1年も空いたら、視覚障害者の社会との情報格差が開いてしまう」と感じながらも仕事に取り組んでいた。
「このまま高度情報社会に突入したらどうなる?」と考えていた時、米国の福祉放送が充実し、視覚障害者専用のラジオ局がたくさんあることを知った。「ラジオなら即時性があるし24時間使える。情報格差を軽減できる」と考え、一大決心し渡米。「自分も日本で同じ放送をやるんだ」という思いを胸に、米国の各放送局での研修を積んだ。
リスナーが長時間聴いても疲れない読み方を心がける
帰国後、3年がかりで様々な準備をへて、1988年に大阪で有線放送を使った「視覚障害者向け専用放送(盲人放送サービスふれあい音友)」がスタート。後に社会福祉法人の認可も受け、東京にもスタジオを作った。2003年からは、同局の公式サイトを使ったインターネット放送も始まり、新聞の読み手はボランティアで募集。約200人が登録し、日々、全国紙の記事をわかりやすく、ていねいに読み上げる。
新聞は現在のところ全国紙3紙を読んでいる。もちろん許可を取り、使用料を支払った上で読み上げている。ただ、すべての記事を読むことは著作権法による制約などがあってできない。「なんでもタダというのは良くありませんが、視覚障害者が自由に記事を選択できないのは残念です。読みたくても選べないのはかわいそう」と川越さん。読み手のメンバーもそこ点は「はがゆい」ともらす場面も。
川越さんは読み上げることを「朗読」ではなく「音訳」と呼んでいる。「朗読は一つの作文を作る感じですね、こちらで解釈して悲しく明るく読んだり。けど、新聞を読んで話すのはリスナーが解釈をする。数字もたくさん出るし、何時間も聴いてもらうわけだから『ずっと聴いても耐えられる読み方』を心がけてもらっている」と話す。
一見アナウンサーに似ているが、1つのニュースを読むのは分単位ではない。新聞は何時間もかけて読むため、その点が大きく違う。大変ではあるが、それに付随する「おみやげ」もある。読み手のボランティアによると、それは読むことによる日本語能力の向上、脳の若さキープ。なんといっても声を出して読むため、顔の筋肉も鍛えられるとか。
読み手の高齢化や不況の影響、後進育成やスポンサー探しに奔走
だが「長時間、聴きやすいように話す」とはいうものの、辛く悲しい記事を読む時は言葉が詰まってしまうことも。特に2011年の東日本大震災に関連する記事を読んだ時は、ところどころで言葉が詰まったという。放送前に下読みをするものの、当時の担当者は「感情の整理がつかなかった」と話していたという。
これまで26年にわたり、こうした形でボランティアによって新聞が読まれ放送されているが、近年はボランティアの高齢化などが進み、メンバーも200人登録されているものの、実際はの実働は約50人。川越さんは「ローテーションを組むのも大変」と話す。また、近年は不況もあり運営費を回すのも大変。東京にあったスタジオを閉鎖している。
「毎月スタッフの給料日前になると腹がキリキリするんです」と川越さん。日々、スポンサー探しに奔走するが、なかなか厳しい現状だという。だが、視覚障害者の社会格差をなくすためには放送をやめるわけにはいかない。また、講演会などの収録へ行った際は、参加者から「いつも聴いてます」「ありがとう」などの声をかけられる時が、やりがいを感じる瞬間だ。
川越さんは「これまでなんとかやってきているが、著作権法なんかをクリアして、多くの人が気軽に情報を得られるようにしたい。メシが食えないと難しいから」と意気込む。そして、読み手も若い世代へバトンタッチできるよう、後進育成に力を注ぎながら、きょうも放送を続ける。
きょう10日は「目の愛護デー」。はじまりは1931年に中央盲人福祉協会の提唱によって失明予防の運動という位置づけだが、この日に合わせ、各地で目の相談や無料検診が行われるほか、盲学校の活動や盲導犬を紹介したり、点字ブロックの大切さを訴える街頭啓発などが行われている。目の健康とともに、視覚障害を持つ人の気持ちを考えるいい機会なのかもしれない。
2014.10.10 12:39 THE PAGE