人工呼吸器を使用しながら生活している人たちを追いかけたドキュメンタリー映画「風は生きよという」の上映が9日から、渋谷区の映画館で始まる。「人生の終末期」を迎えたと見られがちな呼吸器を装着した人々が、散歩や食事会をしたり学校に通ったりして、地域で普通に暮らす様子を描写。昨年6月の完成以来、全国約50カ所で自主上映される反響を呼び、劇場公開が実現した。
障害者の自立生活を支援する「全国自立生活センター協議会」が企画、製作した。監督は福祉施設の勤務経験がある宍戸大裕さん(34)。進行性の難病「筋ジストロフィー」を抱えて都内で暮らす男性や、全身が徐々に動かなくなる「筋萎縮性側索硬化症(ALS)」を患う北海道在住の男性など、人工呼吸器の使用者に密着取材。約1年3カ月間の撮影をまとめた。
「呼吸器は呼吸を助ける道具です」。作品はそんなナレーションと、呼吸器の「シュー」という音で始まる。呼吸器が送る空気を「風」と表現。「呼吸器を付けて暮らす人たちが暮らすありのままを伝えたかった」。宍戸監督はそう話す。
作品に登場する海老原宏美さん(39)は東大和市で1人暮らし。1歳半のころに難病「脊髄(せきずい)性筋萎縮症」と診断され、約15年前に人工呼吸器をつけ、現在は障害者を支援する「自立生活センター東大和」の理事長を務めている。作品には、海老原さんの指示で介護者が料理を作ったり、散歩して通りすがりの子どもたちとふれあったりする「日常」が描かれる。
製作の背景には、一部の国会議員や市民団体による、延命治療の中止などを定めた「尊厳死法制化」を目指す動きがある。「2人以上の医師の判断の一致で終末期と判定」「患者が書面で意思表示」などの条件を満たした場合、延命治療の中止ができるといった内容も議論されている。
治療が難しい難病患者にとっては人ごとではない。海老原さんは「診断時、私は『3歳までに死ぬ』と診断されたけど、10倍以上生きている。特定の医師の判断で『終末期』を判断するのは危うい」と指摘。「尊厳死自体を否定するわけではないが、法律で決めてしまうと、立場が弱くなりがちな障害者や難病患者は、死ぬ選択に進む恐れが高い。死ぬ権利よりも生きる権利を守るため、呼吸器をつけながら地域で暮らす私たちの姿を知ってほしい」と話している。
渋谷区宇田川町の渋谷アップリンクで上映。海老原さんや宍戸監督らのトークショーも予定している。
問い合わせは上映実行委員会(042・660・7747)。
毎日新聞 2016年7月2日 地方版