両手の杖で体を支えながらキャンパスの坂を上り、講義へ向かう男子学生=4月26日、東北地方の国立大
障害を理由にした差別を禁じる「障害者差別解消法」が施行された今春、障害を持つ男子学生が、国立大学に進学した。大学の支援を受け、医療工学の研究を志して学んでいるが、受験時に別の大学から入学に難色を示される経験をした。大学の判断はなぜ分かれたのか。
■脳性まひで足に障害
東北地方の国立大キャンパス。1年生の男子学生(19)は両手の杖で体を支え、下半身を振り出すように歩き、講義へ向かっていた。生まれた時の脳性まひにより体幹機能の障害がある。足が不自由で、支えなしで立つことが難しい。
4月、生まれ育った和歌山県を離れ、大学の寮で一人暮らしを始めた。
「いろんな刺激を受けて成長してほしい」という両親の思いで、幼い頃から水泳や将棋に挑戦した。小学4年生の時、脳性まひで成長が遅れた両足の腱(けん)の手術のため3カ月入院。「なんでこんな足で生まれたんや」。母親に大声を出したこともあった。
小6のころ、「自分の障害を治さないまま死にたくない」と思うようになった。公立高校で科学部の部活動に打ち込み、浪人して、医療工学を学べる国立大の生命科学系学科に合格した。
国立大側は昨年春、障害者差別解消法の施行に備え、障害のある学生の支援室を設置。入試前に試験時間の延長など男子学生への配慮を話し合った。入学後も専任教員が定期的に面談し、学内の段差の舗装や学食での配膳の補助などの支援を続けている。
学部長は「誰でも入試に合格すれば、大学で勉強する権利がある。設備や実習にどんな配慮が必要か、相談しながら私たちも学びたい」と話す。
4月末の数学の講義後、他の学生が帰った教室で、男子学生は教員に30分近く質問を続けていた。「自分の障害のこと、もっと知りたい。そのために大学院へ進んで研究をがんばる」
■受験に壁 「実験で劇薬使う」「共に学ぶ学生へ配慮」
男子学生が受験を相談した中には「就学は難しい」と答えた大学もあった。
男子学生は1月16、17日の大学入試センター試験を自己採点し、志望先を変更。多くの大学は障害のある受験生に事前の相談を求めている。男子学生は別の公立大に電話で問い合わせ、診断書などを送った。公立大と両親らは3日間電話でやりとりをした。
公立大や母親によると、担当者は「劇薬や病原性微生物を扱う実験があり、細かい手技も求められるため、就学は難しい」と出願の再考を求めた。後日、大学が送った通知文にも「就学及び卒業は難しい」「本人及び共に学ぶ学生への配慮でもあります」とあった。
公立大では25日に学部内で協議し結論を出したという。学部長は取材に「自分で実験することに価値を見いだす学部で、実験ができなければ本人が満足できるか不安があった」と言う。副学長は障害者差別解消法が大学側に求める「合理的配慮」について、「配慮することは基本だが、どんな配慮ができるか判断する時間がなかった。断ったわけではなく言葉足らずだった」と説明した。
男子学生はこの公立大をあきらめ、同30日、前年も受験した別の国立大に連絡したが、今年は就学に難色を示された。受験の出願締め切りは2月3日だった。
入試課長は取材に、障害がある受験生の相談期限を過ぎていたとし、「就学上の課題を議論する時間がなかった。課題がクリアできる前提で受験してもらうべきだと判断した」と話す。
男子学生は「断られたことに腹は立つけど、今は大学に通えているから考えない」と言う。母親は「障害のために他の受験生と同じ機会がなかったことは残念。今通う大学の支援には、本当に感謝しています」と語る。
文部科学省の担当者は「大学が、求められた配慮について具体的に一つずつ検討することが法の趣旨だ。意欲と能力がある学生には、様々な支援をするのが望ましい」と話す。(玉置太郎)
《障害のある子どもの進学を支援する「DO―IT Japan」代表の近藤武夫・東大准教授の話》 大学は当事者と対話して個別の配慮を考えるべきで、最初から負担が重すぎて無理だと判断するのは、教育の機会を奪うことになる。理系の実験に補助者を付ける例はあり、海外では差別的な対応への不服申立機関を設ける大学も多い。大学が個別の配慮を模索することで、その配慮が当たり前になる。そんな態勢づくりが一層求められる。
《障害者差別解消法と大学》 4月施行の障害者差別解消法は、障害者への不当な差別的取り扱いを禁じ、障害者が壁を感じずに生活できるよう、負担が重すぎない範囲の「合理的配慮」を公的機関に義務づけた。文部科学省は昨年11月、各大学に指針を通知。禁止の例として「障害のみを理由とした受験や入学の拒否」を示し、配慮の例に「理工系の実験ができない学生に個別の実験時間を設けたり、アシスタントを付けたりする」を挙げた。
全国の約60大学は2014年に支援協議会を設立。支援室を設ける大学も増えている。日本学生支援機構によると、全国の大学・短大・高専に通う障害のある学生は14年度に約1万4千人。5年前の倍になったという。
両手の杖で体を支えながらキャンパスの坂を上り、講義へ向かう男子学生=4月26日、東北地方の国立大
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