昨年12月の初旬。東京・南青山にある障害者の就労支援事業所「アプローズ南青山」では、精神障害や知的障害のある人たちがクリスマスのリースを作っていた。プロのフラワーデザイナーに教わりながら、モミやヒバの枝を丁寧に土台に結びつけていく。生花やコットン、ドライフルーツなどを飾り、ラッピングしてリボンをかけると、しゃれたリースが完成した。
ここは「就労継続支援B型事業所」と呼ばれる施設で、インターネットでフラワーショップ「ビスターレ ビスターレ」を運営している。注文を受け、障害者が作った贈答用の花束やフラワーアレンジメントを3千~1万円ほどで販売するほか、企業の受付や店頭に飾る花、イベント会場の装花なども請け負う。
事業所を作った光枝茉莉子さん(32)は大学卒業後、都庁で福祉の仕事をしていた。障害者が働く現場を見て回り、箱の組み立てやラベル貼りなどの作業が多いこと、工賃が安いことを知った。
「障害のある人が自分の感性やセンスを生かせる仕事で、工賃アップを目指す場所を作りたいと思ったんです」。需要が安定していて単価が高く、人に喜んでもらえる仕事……、「花がいい」とひらめいた。30歳で都庁を辞め、2014年春に事業所を開いた。
スタッフは花や福祉の職業指導員など7人。精神、知的、身体障害のある人が45人登録している。
そのうちの一人、森田義男さん(45)は、別の施設からの紹介で2年ほど前から通っている。出版物のデザイナーだったが、くも膜下出血で倒れて記憶障害などが残り、仕事を続けることができなくなった。「朝起きたら全部夢になってないかなって、毎日思っていました」
現在は週に3日通い、1日6時間程度、作業する。「花に触ると気持ちが晴れるし、お客様へ納品に行くのがすごく楽しいんです」。妻と暮らす自宅にも花を飾るようになった。
昨年度は約1100万円の売り上げがあったが、工賃アップは道半ばだ。現在の基本時給は120円。技術や仕事に取りくむ姿勢などを評価して加算しているが、「まだまだです。知名度と生産性を上げて理想とのギャップを埋めていかないと」と光枝さん。
一方、ここで働き自信を取り戻した11人が、レンタルドレス店やパン店などに就職していった。光枝さんは「仕事を任され、評価されることで、自立心や自尊心が生まれる。それを引き出すのが、私たちの役割だと思っています」
花屋の名前「ビスターレ ビスターレ」は、ネパール語でゆっくりゆっくり、という意味。焦らずに、自分たちのペースで進むという決意が込められている。(長谷川陽子 長谷川陽子)
■就労継続支援B型事業
障害者総合支援法に基づく障害福祉サービスのひとつ。一般企業で働くことが難しい人に働く場を提供し、就労に必要な能力を身につけるための訓練を行う。雇用契約は結ばない。利用者の人数などに応じて国などから給付費が支払われる。工賃は売り上げから必要経費を差し引いて支払う。厚生労働省によると、事業所は全国で9244カ所あり、平均工賃は月額1万4838円、時給は187円(数字はいずれも2014年度)だった。
他に、雇用契約を結び最低賃金を保障するA型や、企業などへの就職希望者を原則2年間受け入れる就労移行支援事業所がある。
■取材後記
区役所でセンスのいい花屋のチラシが目にとまり、どこのお店だろうと思って手に取ったのが、この施設を知るきっかけだった。
障害のある人の丁寧で心のこもった仕事を、有名店で働いていたフラワーデザイナーたちが支えている。
作業場で花と向き合う利用者を見て、感性を生かす仕事がどれほど人を生きいきとさせるのかを知った。
作業を見守る光枝さん(右端)。森田さん(左端)はクリスマスに向けリースを作っていた
2017年1月4日 朝日新聞