初対面の取引先などとまず行う名刺交換。ビジネスに欠かせない名刺に、視覚に障害のある人が文字を読んだり書いたりするための文字、点字を入れる「点字名刺」が、新たなコミュニケーションの手段として注目されています。ネット報道部・後藤岳彦記者が取材しました。
点字名刺とは
自分の名前や会社名、役職や会社の住所、メールアドレスなどが入った名刺。
ビジネスで初めての人と会ったり、商談をしたりするときに、まず最初に行うのが名刺交換だと思います。
私には印象に残る名刺交換があります。
以前、ある取材先との名刺交換で受け取った名刺の表面に、小さな突起がいくつも。点字が刻まれた「点字名刺」でした。点字を必要としている人との出会いも想定している取材先の気遣いを感じました。
その後も取材先との名刺交換で点字名刺を受け取る機会が徐々に増えてきました。
点字を名刺に入れる動きが広がりを見せていると感じています。
一枚一枚 刻印
点字名刺を作っている、埼玉県越谷市の作業所「ココロスキップ」を訪ねました。
作業所では視覚に障害のある人が依頼者から預かった名刺に専用の機械を使って一枚一枚刻印していきます。
点字にするのは、名前や会社名、電話番号など。1時間で200枚程度の名刺を作るということです。
なかには点字で「出会いに感謝」などと、思い思いのメッセージを入れる人もいます。社会貢献を意識した保険会社などからの発注が多いということです。
さらに英語で点字名刺を作ることも可能で、海外で仕事をする人からの注文もあります。
点字名刺をつくった利用者からは「視覚に障害のある人で、社会福祉士を目指す方と友人になりました。名刺の点字を読み取ってくれて、自分の名前を呼ばれた瞬間、とてもうれしかったです」、「ありふれた名刺に点字が入ることで、強力な営業ツールになりました」など、出会いの幅が広がったという声が寄せられているということです。
作業所で働く視覚に障害のある男性は「点字名刺の制作は、社会に役立つ仕事をしているということを実感できるので、とてもやりがいがある仕事です」と話していました。
障害を受け入れる社会に
点字名刺の制作を始めた施設長の大政マミさんです。
大政さんは中学生の時に、おじが交通事故に遭い、障害者になりました。
その事故をきっかけに大政さんは、「障害を排除する社会ではなく、受け入れる社会にしたい」という思いを強くしたといいます。
障害があるからこそ、価値のある仕事を作り出したいと模索を続け、障害があっても所得が得られる仕事として、点字名刺の制作にたどりつきました。
そして10年前に立ち上げたのが「点字名刺プロジェクト」。
いまでは1か月に2万枚から4万枚の点字名刺を制作するほどになりました。
あらゆる仕事を障害者の手で
現在、この作業所で仕事をする視覚に障害のある人は6人。
この作業所は去年9月から、より多くの障害がある人が働ける場所にしようと「就労継続支援B型事業所」になりました。「就労継続支援B型事業所」は、障害があり、企業などで就職することが困難な人が、雇用契約は結ばずに、作業した分のお金を工賃として受け取る作業所です。現在は、精神障害者や知的障害者も働いています。
点字名刺の制作だけでなく、名刺のこん包や発送、納品書や請求書の作成、メールへの対応まで、障害のある人たちが行っています。
大政さんは「障害者の新たな仕事として、点字名刺を普及させていきたいです。点字名刺が社会に普及することで、障害者や福祉への理解を深めるきっかけになれば」と話しています。
障害者が働く場所に
大政さんが、障害のある人に仕事の場を提供しようと考えたのには理由がありました。
視覚に障害のある人が仕事とすることが多かった国家資格の「はり師」「きゅう師」「あん摩マッサージ指圧師」の資格取得者の変化です。
厚生労働省の衛生行政報告例などによりますと、国家資格の「はり師」「きゅう師」「あん摩マッサージ指圧師」に占める視覚に障害のある人の割合は、平成8年は29.6%と30%近い割合でしたが、徐々に減り続け、平成16年に22.2%、平成20年に19.8%と20%を割り、平成22年に18.9%、平成26年に16.8%となっています。
視覚に障害のない人たちが国家資格を取得し働くことが増えているためで、視覚に障害のある人の就労の場が減っていると見られています。
大政さんは「視覚に障害のある人は、働く場所に行くまでが大変な人もいます。働く場所が身近な場所にあることも大切だと思います」と話しています。
2020年へ 点字名刺の普及を
作業所で働く人たちが、点字名刺を普及させる大きなきっかけにしたいと考えているのが、3年後の2020年の東京オリンピック・パラリンピックです。
世界中からオリンピックやパラリンピックの選手や観光客、障害のある人たちなどが日本を訪れるからです。
それまでに、点字名刺を持つ人を増やし、点字名刺が、障害者への理解を深めたり、障害者と触れ合う機会が広がったりするきっかけになってほしいと考えています。
会社名や名前、所属部署などの情報に、点字という情報が加わることで、新たな人との出会いや交流がさらに広がっていくと感じました。
1月17日 NHK