遺族は悲しみ癒えぬまま
相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で46人が殺傷された事件は26日で半年がたつ。重傷を負った息子とその家族は、事件を乗り越えて親子の絆を確かめ合う日々を送る。一方、犠牲者の遺族は癒えぬ悲しみや苦しみを抱えたままだ。
25日、神奈川県厚木市の公園に、昼食を楽しむ尾野剛志(たかし)さん(73)と妻チキ子さん(75)、長男一矢さん(43)の姿があった。手作りのおにぎりやポテトサラダを一矢さんが頬張り、2人は笑顔で見つめた。
一矢さんは事件で生死の境をさまよい、退院後も車椅子の日々が続いた。手が震え、自分でスプーンを握ることもできなかった。2人は将来が心配で眠れない日もあったが、「生きていてくれるだけで、たまらなく幸せ」と思い直した。
半年を経て自分の力で歩けるまでに回復。今は別の施設に入り、2人が毎週訪ねる。チキ子さんは「事件を機に、家族の絆をもう一度感じ、もっと強くなった」という。
実名で取材に応じる理由は半年前から変わらない。「障害と関係なく、大切な息子であることを世間に知ってほしい。何も隠すことはない」
事件で兄を失った同県内の女性は、まだ墓に遺骨を納められずにいる。「お寺には施設で殺されたなんて言えない。どう説明したらいいのか」。背負う悲しみは癒えない。
「でも、良かったんじゃない」。事件後にかけられた年配女性の言葉が、とげのように胸に突き刺さっている。慰めかもしれないが、容疑者の「障害者は不幸だ」との供述に重なって聞こえた。
今も事件の報道に触れるたび、あの日の恐怖がよみがえる。「私はもう忘れたい。でも事件のことは忘れてほしくない」。気持ちは揺れ続ける。
兄の写真は家にほとんどなく、遺影は施設に作ってもらった。事件以来、毎朝欠かさず手を合わせ、好物だったスナック菓子を供える。「暖かくなったら納骨してあげたい」。兄が生まれた春を静かに待つ。
尾野一矢さん(中央)を見守りながら食事をする母のチキ子さん(右)と父の剛志さん
毎日新聞 2017年1月25日