パラリンピックのアナリティクス事例(後編)
多くのスポーツでデータを集め、分析し、競技力向上につなげるということが当たり前になっている。それは、障害者スポーツの現場も同様だ。オリンピック競技とパラリンピック競技にはまだまだ環境面での隔たりがあるが、スポーツアナリティクスにおいては、どのような違いがあるのか。「スポーツアナリティクスジャパン2016(SAJ2016)」(開催は2016年12月17日)で、日本スポーツ振興センター ハイパフォーマンスサポート事業(パラリンピック)パフォーマンス分析担当の渋谷暁享(しぶやとしゆき)氏が語った、オリンピック競技とパラリンピック競技の違い、そしてパラリンピックでのアナリティクス事例の後編を談話形式でお伝えする。
限られた時間の中で最適なサポートを
パラリンピック競技に対して具体的にどのようにサポートをしてきたか、事例をご紹介していきます。
2016年に開催されたリオデジャネイロ・パラリンピックで、私はボッチャの日本代表に帯同していました。当初、代表チームからは、(1)各選手の投球動作のフィードバック、(2)海外チームと日本チームの戦術比較、(3)BC3クラス*1 のランプ*2 の精度の確認、(4)海外選手の戦術的、動作的特徴のピックアップという、大きく4つのデータ収集と分析を求められていました。
ただ、私がボッチャのパフォーマンス分析の担当となったのは、その1年前の2015年で、それほど多くの時間はありませんでした。そのため、(1)と(2)、さらに(4)のうち海外選手の戦術のピックアップに絞って分析を行っていきました。
他分野スタッフが持つ定性データも活用
中でも注力したのが、「海外チームと日本チームの戦術比較」です。基本的には、各国の選手がどのような投球をする傾向にあるのか、国別に色分けをしてマッピングしていきます。そして、映像データから国別、選手別のボール位置を集約し、要望に応じてさらに詳しく分析します。収集したデータは、試合時にテキストや口頭で伝え、試合に活用していきました。
また、心理ケアスタッフや栄養サポートスタッフなど、他分野のサポートスタッフと連携し、戦術に応じた専門サポートにも取り組みました。例えば、エンジンがかかるまで時間を要する対戦国の場合、先制点を取ってプレッシャーをかけることで試合を有利に運ぶことができます。そうした時、日本代表ではどの選手がプレッシャーに強くてミスが少ないか、私が持つデータと、選手の心理面を把握しているスタッフの考えを統合し、その選手を起用することを提案しました。
海外チームの戦術分析の図。渋谷氏の場合、「ダートフィッシュ」という映像分析ソフトウェアを用いて分析しているという
*1 ボッチャはBC1〜BC4までの4つのクラスに分かれて競技が行われる。BC1は車いすの操作ができず、四肢や体幹に麻痺がある脳性麻痺者、もしくは下肢で車いす操作が可能な脳性麻痺者のクラス。BC2は上肢で車いす操作が可能な脳性麻痺者のクラス。BC3は投球不可のため介助者によって勾配具(ランプ)を使用して競技するクラス。BC4はBC1、2と同等の機能障害がある脳性麻痺以外の重度四肢麻痺者のクラス
*2 BC3クラスで使用される、滑り台のような形をした勾配具
事前の大会では得意戦略隠す
結果的に、ボッチャの日本代表チームは混合団体(脳性まひ)で銀メダルを獲得することができました。アナリティクスの観点からメダル獲得の要因を考えると、情報戦を制することができたのが大きかったと感じています。
本番に向けて他国のデータを集めると同時に、日本の戦術についてもデータを集め、日本の得意な戦術を検討していきました。さらに、パラリンピック本番前に行われた国際大会ではあえて日本の得意戦術を隠し、別の戦術で戦いました。そして、パラリンピック本番で得意戦術を解禁。当然、他国はその戦術についてのデータは持っていませんから、混乱した状態で戦うことになり、日本は有利な展開で大会を勝ち進むことができたのです。
選手のレベルアップはもちろんのこと、効果的なトレーニング、そして複数大会を使った情報戦に成功したことが銀メダルの要因になったと渋谷氏
オリンピックで効果的な手法、必ずしも流用できず
今回パラリンピックに帯同したことで、パラリンピアンをサポートするにあたって注意すべきことや、オリンピック競技との違いを実感しました。例えばコミュニケーションの面。選手に情報を伝えるとき、具体的に伝えるのではなく、あえて抽象的に伝えた方が素早い理解につながることがあります。
また、同一の競技であっても選手の視点は異なります。さらに、介助者やガイドの存在が勝敗を左右する競技もあります。選手や指導者だけでなく、彼らにもしっかりとアプローチし、正確に情報を伝えることが重要なことを実感しました。
機材においてもオリンピックとパラリンピックで違いがあると前回述べましたが、選手たちへのアプローチ手法においても異なる点は多くあります。データの扱い方や、それの使い方など、オリンピックでは効果的であっても、そっくりそのままパラリンピックにも生かせるわけではないのです。
クラス分けなどルール的な違い、選手の視点の違いなどによって、「オリンピックで生かせるものが100%パラリンピックにも生かせるわけではない」と渋谷氏
強化の鍵は「スタッフ間の連携強化」
では最後に、これからのパラリンピック競技のサポートについてお話をします。
かつては、我々サポートスタッフが土台となり、指導者の方々が選手に技術を伝える、ピラミッド的な構造でアスリートは強化されていくものだと考えていました。しかし、パラリンピックの場合、その他にガイドや介助者の人々もアスリートに関わることになりますので、サポートスタッフ間の連携はオリンピック競技よりも重要性が増します。そのため、指導者、ガイド、介助者、そしてサポートスタッフが常にリンクし合うことで、初めてアスリートの強化を果たすことができます。
もちろん、オリンピック競技でもスタッフの重要性はどんどん高まっていますし、実際、団体競技などではこうした連携を当たり前にできているものもあります。ただ、パラリンピック競技の場合はまだまだ十分ではありません。これからパラリンピアンを強化していくために、いかにスタッフ間の連携を密に取れるかが鍵になってくると考えています。
2017/01/23 日経テクノロジーオンライン