79年目の「長崎原爆の日」を迎えました。
「広島」同様二度とあってはならないし、人として、人類として核兵器(原爆)とはなんであろうか、その現状と影響とを未来へのメッセージとして語り受け継ぐことを認識する日でもあります。
実際の体験をされた人が、語り継ぐメッセージを持っている人がだんだんと少なっている現状のなか、いまを生きる人が、人類がいかに将来へのメッセージとして残せるのか、語り継げるのか・・・
正直、今の社会・生活には直接的にはなんら影響を及ぼすことが少ないのが現状ではありますが、核のもたらす影響はだれしもが知っていることであり、それとどう取り組んでいくかは我々への課題でもあります。
NO MORE HIROSHIMA・NO MORE NAGASAKI・・・という言葉・意識は心の中で絶やさずに持ち合わせなければいけないものであり、象徴だけにしてはいけない義務のようなものであると思います。
ことしも“暑い”長崎原爆投下の日をむかえました。
※今回「イスラエル不招待」ということでアメリカをはじめ欧米諸国が政府関係者不参加を表明しています。
「世界平和」「地球の平和」「二度と過ちを犯さない誓い」の場に「政治」「対立」「国際情勢」を持ち込むのは言語道断ですね。
イスラエル・ロシア・ベラルーシ(もうひとつ別の観点からウクライナも同様だとおもいますが…)を招待しなかった長崎県を支持します。
国際情勢を優先するよりも、ここは「人間」「人道」の問題です。
#長崎市に連帯します #負けるな鈴木市長
「広島」同様二度とあってはならないし、人として、人類として核兵器(原爆)とはなんであろうか、その現状と影響とを未来へのメッセージとして語り受け継ぐことを認識する日でもあります。
実際の体験をされた人が、語り継ぐメッセージを持っている人がだんだんと少なっている現状のなか、いまを生きる人が、人類がいかに将来へのメッセージとして残せるのか、語り継げるのか・・・
正直、今の社会・生活には直接的にはなんら影響を及ぼすことが少ないのが現状ではありますが、核のもたらす影響はだれしもが知っていることであり、それとどう取り組んでいくかは我々への課題でもあります。
NO MORE HIROSHIMA・NO MORE NAGASAKI・・・という言葉・意識は心の中で絶やさずに持ち合わせなければいけないものであり、象徴だけにしてはいけない義務のようなものであると思います。
ことしも“暑い”長崎原爆投下の日をむかえました。
※今回「イスラエル不招待」ということでアメリカをはじめ欧米諸国が政府関係者不参加を表明しています。
「世界平和」「地球の平和」「二度と過ちを犯さない誓い」の場に「政治」「対立」「国際情勢」を持ち込むのは言語道断ですね。
イスラエル・ロシア・ベラルーシ(もうひとつ別の観点からウクライナも同様だとおもいますが…)を招待しなかった長崎県を支持します。
国際情勢を優先するよりも、ここは「人間」「人道」の問題です。
#長崎市に連帯します #負けるな鈴木市長
長崎市長の平和宣言からのキーワード
「地球市民」
まさしくこれです。
地球に住むひとりの人として
核というものをどう考えるかどう思うか
広島と長崎の原爆の日は誰しもが
立ち止まってみる日だと思うのです。
人として…。
全く同感です。戦争・原爆、二度とあってはいけないと思います。長崎応援します。 なおとも