つれづれ写真ノート

   カメラと写真 そして世の中の色々なこと---

桜散る

2014年04月05日 | 日記

桜が満開になったと思ったら、春の嵐が到来。ヒョウが降ったり突風が吹いたり。

この風で、かなり散ってしまったでしょうね(写真は昨年の大阪・大川の桜)。

 

それぞれの思いを胸に、桜舞い散る道を散策…

 

この時期にいつも思うのは、桜に対する日本人の無常感。

伊勢物語で、

「世の中に たえて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし」

と詠んだ在原業平。

あまりにも有名な歌ですが、これに対して別の人は

「散ればこそ いとど桜はめでたけれ 憂き世になにか久しかるべき」

と詠みます。

桜は惜しまれ散ってこそ良いんだよ。この世に何か永遠なものなどあろうか…

 

在原業平の歌は大らかで優美ですが、それを逆に返した人の詠みっぷりが、ものすごい凄味があります。

誰なんだろう、こんなシニカルな歌を詠んだのは…

 

 

落花ということで、記憶に残っているもうひとつの一節は、

ハナニアラシノタ トヘモアルゾ 
「サヨナラ」ダケガ人生ダ

というもの。

誰の言葉だったかなと思い返してみると、井伏鱒二が漢詩を意訳したものでした。

もとは唐代の詩人于武陵(うぶりょう)の詩「勧酒」。

   勧君金屈巵
   満酌不須辞 
   花発多風雨 
   人生足別離 

だいたい中国の詩というのは、僻地へ異動する友人に「まあ一杯やれよ」というのが多いような気がしますが、それを井伏鱒二がこう和訳したというのです。

  コノサカヅキヲ受ケテクレ
  ドウゾナミナミツガシテオクレ
  ハナニアラシノタ トヘモアルゾ
  「サヨナラ」ダケガ人生ダ

訳し方がいかにも下世話だという感じがする反面、人生の味わいがにじみ出ていて「妙訳」だということになっています。

  
私も若いころ、「ハナニアラシノタ トヘモアルゾ 」なんて、人生を経た人間でないと言えない表現だなあと思ったものです。

 

花の嵐。関西を吹き荒れたあと、さて、今ごろは東京・九段、千鳥ケ淵辺りを桜吹雪に舞い散らしているのでしょうか…