心臓血管外科の手術治療は、劇的に病気に苦しむ人を救ったり、今失いかけている命を死の淵から救ったりすることもあるドラマティックな臨床現場であるためドラマの題材にもなりやすいと思います。
しかしながら、荒療治ともいえる心臓血管外科の手術には必ず、リスクも伴います。心臓を止めない他の診療科の手術に比較してその危険性が大きいのも事実です。
一般的に心停止を伴う心臓血管外科手術におけるリスク、およびその対策は
①出血 ヘパリンという血液を凝固させない薬剤を使用する、また人工心肺中に凝固因子が失われる、抗血小板薬を内服している患者さんが多い、出血する部位は圧の高い動脈や壁が薄くて組織が裂けやすい静脈や右心系など止血が難しい組織を扱うなどの理由から、術中の出血も多くなりやすく、止血が困難な場合も多い。術後の出血も血圧の変動などをきっかけに急に増加することもあり、手術後の出血にも油断できない。術中の凝固の状態を血液検査などで把握し、凝固因子や血小板、ヘマトクリット値が不足・低下している場合は早期に補充する、手術の止血剤をその組織、出血パターンに合わせて駆使する、手術の出血予防・止血テクニックを駆使する、確実に止血が得られるまで手術を終了しない、出血しにくい人工血管などのデバイスを選択する、などの注意が必要です。一般に術後に出血の為に再手術を必要とする頻度は約1%ですが、その手術ないようによってその頻度も左右されます。
②脳梗塞 一定時間の循環停止(脳血流も一時停止)、アテロームなど血管の組織正常が悪い部位からの塞栓症、術中に混入する空気の泡による塞栓症、低血圧、高頻度に合併する脳血管や頸動脈の異常などによって、脳梗塞を発生する可能性があります。一般に1%前後の発生率ですが、胸部大動脈手術の場合は特に高頻度となります。術前の動脈の性状や脳内ネットワークの評価、安全な人工心肺からの送血部位の選択、術中の低体温、十分な心内空気の除去および経食道エコーでの空気残留の観察、経皮的脳酸素飽和度モニターでの観察等の予防策が重要です。実際は脳梗塞が発生したかどうかは術中はわからず、術後に覚醒不良、麻痺やけいれんの出現などで初めて診断されます。発生が疑われた場合は、CTによる脳内出血との鑑別、MRI、MRAによる病変の評価などを行い、ダメージが最小限となるような管理と早期のリハビリテーションが重要になります。
③心不全、不整脈などの心臓のトラブル もともと低下している心臓を心停止させて治療することでさらに心筋へのダメージが大きくなり心機能が悪化する、治療がうまくいかない可能性(たとえば人工弁の周囲逆流の発生や、弁形成術における逆流残存、冠動脈バイパスの閉塞)、手術侵襲や術後の循環不安定による不整脈の出現など。心筋のダメージによるLOS(低拍出症候群)の発生頻度は約2%、また心房細動などなんらかの不整脈が発生する頻度その病態にあわせた循環管理が必要です。手術がうまくいっていないことが判明した場合はより早期に再手術や追加治療が必要になることがあります。一時的に経皮的心肺補助(PCPS)や大動脈内バルーンポンプ(IABP)による機械的循環補助が必要になることがあります。回復が認められない場合は、補助人工心臓(VAD)の装着や心臓移植の検討が必要になることがあります。
④感染症 特に人工心肺を使用した手術は免疫力の低下を引き起こすといわれ、他の手術よりも手術部位感染や肺炎などの感染症が発生しやすいといわれています。また胸骨を離断した場合は、胸骨の骨髄炎のリスクがあり、特に冠動脈バイパス術では内胸動脈を採取してバイパス血管として使用するため、胸骨の血流低下が起こることが関与しているといわれています。両側の内胸動脈の採取はそのリスクを増加させるという可能性がありますが、学会での報告などでは有意差がないという報告が多いです。特に心臓血管外科の患者さんは糖尿病や高齢者など感染症を発生しやすい人が多いことも大きな原因となっています。適切な抗菌薬の投与、病院をあげての感染対策、早期の発見と対処、手術時間の短縮などの対策が重要です。近年は陰圧吸引療法など発生した場合の対策も発達してきておりますが、感染症の発生自体はおそらくいろいろな対策を講じているにもかかわらず、私の知る限りこの20年以上減少していないと思われます。これはより高齢者や重症患者さんの手術が増えていることも関係していると思われますが、種々の対策の以前に患者さんの因子が大きく左右するため、手術手技や抗菌薬の使用方法だけでは解決しないものであるからと思われます。一般に1~2%の頻度で何らかの手術部位感染が発生するといわれています。一度発生した場合は、早期の洗浄・ドレナージなどの外科的対応、陰圧吸引療法の開始、培養による菌種の同定、栄養管理、リハビリテーションの推進など行ったうえで、場合によっては大網充填や大胸筋充填などの創閉鎖のための手術が必要になります。
⑤臓器血流障害 血管は全身につながっていること、また動脈硬化を合併している患者さんが多いことなどから、手術操作部位以外の臓器血流が低下または途絶することによる合併症が発生することがあります。脳梗塞がその中で最も高頻度で、また重篤な合併症でもありますが、他に四肢動脈の血流障害が塞栓症によって起こったり、また原因は不明ですが腸管の血流障害による腸管壊死(NOMI Non-Occlusive Mesenteric Ischemia 非閉塞性腸管虚血)や、脊髄虚血による対麻痺など重篤なものもあるため重要です。術中の全身循環の維持管理が重要になるとともに、リスクの高い患者さんには特に注意が必要です。NOMIは発生の予測は難しく、診断された時点で手遅れになることも多い為、高齢で動脈硬化が強く、腎機能が悪化している患者さんなどハイリスクグループには術中からのプロスタグランジンの投与や頻回の乳酸測定、異常値をみたら直ちに腹部血管造影と血管拡張薬の持続動注療法を開始する、積極的に試験開腹するなどの積極的な対策が重要です。また脊髄虚血は下行~胸腹部大動脈の広範囲大動脈手術の1~5%に発生するといわれています。腹部大動脈瘤の手術でも1/500の頻度で発生するといわれています。脊髄ドレナージや循環管理などで対処が推奨されていますが、一度発生すると重篤な対麻痺が後遺症で残ってしまう可能性があります。
⑥肺炎、腎不全、肝障害、消化管出血 廃用による体力の低下など 全身へのダメージの大きい手術の場合は、手術部位とは直接関係ないようにみえる多臓器に障害が発生する可能性があり、全身の管理が重要です。
医療の発達とともにこれら手術に関連する合併症やリスクが低下したり対策、対処方法が改善してきたりしてはいますが、決してゼロにはなりません。手術のメリットも大きいのは事実ですが、その一方、リスクも十分あるということも重要なことと思います。
しかしながら、荒療治ともいえる心臓血管外科の手術には必ず、リスクも伴います。心臓を止めない他の診療科の手術に比較してその危険性が大きいのも事実です。
一般的に心停止を伴う心臓血管外科手術におけるリスク、およびその対策は
①出血 ヘパリンという血液を凝固させない薬剤を使用する、また人工心肺中に凝固因子が失われる、抗血小板薬を内服している患者さんが多い、出血する部位は圧の高い動脈や壁が薄くて組織が裂けやすい静脈や右心系など止血が難しい組織を扱うなどの理由から、術中の出血も多くなりやすく、止血が困難な場合も多い。術後の出血も血圧の変動などをきっかけに急に増加することもあり、手術後の出血にも油断できない。術中の凝固の状態を血液検査などで把握し、凝固因子や血小板、ヘマトクリット値が不足・低下している場合は早期に補充する、手術の止血剤をその組織、出血パターンに合わせて駆使する、手術の出血予防・止血テクニックを駆使する、確実に止血が得られるまで手術を終了しない、出血しにくい人工血管などのデバイスを選択する、などの注意が必要です。一般に術後に出血の為に再手術を必要とする頻度は約1%ですが、その手術ないようによってその頻度も左右されます。
②脳梗塞 一定時間の循環停止(脳血流も一時停止)、アテロームなど血管の組織正常が悪い部位からの塞栓症、術中に混入する空気の泡による塞栓症、低血圧、高頻度に合併する脳血管や頸動脈の異常などによって、脳梗塞を発生する可能性があります。一般に1%前後の発生率ですが、胸部大動脈手術の場合は特に高頻度となります。術前の動脈の性状や脳内ネットワークの評価、安全な人工心肺からの送血部位の選択、術中の低体温、十分な心内空気の除去および経食道エコーでの空気残留の観察、経皮的脳酸素飽和度モニターでの観察等の予防策が重要です。実際は脳梗塞が発生したかどうかは術中はわからず、術後に覚醒不良、麻痺やけいれんの出現などで初めて診断されます。発生が疑われた場合は、CTによる脳内出血との鑑別、MRI、MRAによる病変の評価などを行い、ダメージが最小限となるような管理と早期のリハビリテーションが重要になります。
③心不全、不整脈などの心臓のトラブル もともと低下している心臓を心停止させて治療することでさらに心筋へのダメージが大きくなり心機能が悪化する、治療がうまくいかない可能性(たとえば人工弁の周囲逆流の発生や、弁形成術における逆流残存、冠動脈バイパスの閉塞)、手術侵襲や術後の循環不安定による不整脈の出現など。心筋のダメージによるLOS(低拍出症候群)の発生頻度は約2%、また心房細動などなんらかの不整脈が発生する頻度その病態にあわせた循環管理が必要です。手術がうまくいっていないことが判明した場合はより早期に再手術や追加治療が必要になることがあります。一時的に経皮的心肺補助(PCPS)や大動脈内バルーンポンプ(IABP)による機械的循環補助が必要になることがあります。回復が認められない場合は、補助人工心臓(VAD)の装着や心臓移植の検討が必要になることがあります。
④感染症 特に人工心肺を使用した手術は免疫力の低下を引き起こすといわれ、他の手術よりも手術部位感染や肺炎などの感染症が発生しやすいといわれています。また胸骨を離断した場合は、胸骨の骨髄炎のリスクがあり、特に冠動脈バイパス術では内胸動脈を採取してバイパス血管として使用するため、胸骨の血流低下が起こることが関与しているといわれています。両側の内胸動脈の採取はそのリスクを増加させるという可能性がありますが、学会での報告などでは有意差がないという報告が多いです。特に心臓血管外科の患者さんは糖尿病や高齢者など感染症を発生しやすい人が多いことも大きな原因となっています。適切な抗菌薬の投与、病院をあげての感染対策、早期の発見と対処、手術時間の短縮などの対策が重要です。近年は陰圧吸引療法など発生した場合の対策も発達してきておりますが、感染症の発生自体はおそらくいろいろな対策を講じているにもかかわらず、私の知る限りこの20年以上減少していないと思われます。これはより高齢者や重症患者さんの手術が増えていることも関係していると思われますが、種々の対策の以前に患者さんの因子が大きく左右するため、手術手技や抗菌薬の使用方法だけでは解決しないものであるからと思われます。一般に1~2%の頻度で何らかの手術部位感染が発生するといわれています。一度発生した場合は、早期の洗浄・ドレナージなどの外科的対応、陰圧吸引療法の開始、培養による菌種の同定、栄養管理、リハビリテーションの推進など行ったうえで、場合によっては大網充填や大胸筋充填などの創閉鎖のための手術が必要になります。
⑤臓器血流障害 血管は全身につながっていること、また動脈硬化を合併している患者さんが多いことなどから、手術操作部位以外の臓器血流が低下または途絶することによる合併症が発生することがあります。脳梗塞がその中で最も高頻度で、また重篤な合併症でもありますが、他に四肢動脈の血流障害が塞栓症によって起こったり、また原因は不明ですが腸管の血流障害による腸管壊死(NOMI Non-Occlusive Mesenteric Ischemia 非閉塞性腸管虚血)や、脊髄虚血による対麻痺など重篤なものもあるため重要です。術中の全身循環の維持管理が重要になるとともに、リスクの高い患者さんには特に注意が必要です。NOMIは発生の予測は難しく、診断された時点で手遅れになることも多い為、高齢で動脈硬化が強く、腎機能が悪化している患者さんなどハイリスクグループには術中からのプロスタグランジンの投与や頻回の乳酸測定、異常値をみたら直ちに腹部血管造影と血管拡張薬の持続動注療法を開始する、積極的に試験開腹するなどの積極的な対策が重要です。また脊髄虚血は下行~胸腹部大動脈の広範囲大動脈手術の1~5%に発生するといわれています。腹部大動脈瘤の手術でも1/500の頻度で発生するといわれています。脊髄ドレナージや循環管理などで対処が推奨されていますが、一度発生すると重篤な対麻痺が後遺症で残ってしまう可能性があります。
⑥肺炎、腎不全、肝障害、消化管出血 廃用による体力の低下など 全身へのダメージの大きい手術の場合は、手術部位とは直接関係ないようにみえる多臓器に障害が発生する可能性があり、全身の管理が重要です。
医療の発達とともにこれら手術に関連する合併症やリスクが低下したり対策、対処方法が改善してきたりしてはいますが、決してゼロにはなりません。手術のメリットも大きいのは事実ですが、その一方、リスクも十分あるということも重要なことと思います。