横須賀うわまち病院心臓血管外科

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人工弁縫着に関して糸結びをする順番(大動脈弁・僧帽弁)

2018-11-06 18:49:22 | 弁膜症
大動脈弁における、Supra-Annular Positionに対して行う人工弁縫着
 これは特に胸骨正中切開によるアプローチにおいてはLCC⇒RCC⇒NCCのNadir(英和辞典によると、ネイダー、もしくはネイディア、と発音します Nadirとは(人生の)どん底という意味だそうです)から結紮していきます(Stonehenge法による右小開胸アプローチでは最も遠いRCCから始めて、LCC、NCCの順にNadirから結紮します)。深いところを最初に人工弁輪のカフと縫着させて、あとは順番に交連に向かって上がっていく方向に結紮します。これが一般的な方法です。これを逆に、交連部から結紮して、最後にNadirを結紮するには交連とNadirの高低差を最後に弁輪を大動脈側に引き上げて人工弁に逢着するため、弁輪が非生理的に持ち上げられて冠動脈閉塞や組織のカッティングによる人工弁周囲逆流のリスクが高くなります。
 Intra-annular positionも同様に、Nadirから結紮していくべきではないか、と最近思います。過去に何度か、人工弁縫着直後に右冠動脈の入口部が閉塞して冠動脈バイパス術をその場で追加した経験があります。これはいずれも機械弁によって発生していましたが、機械弁の弁輪は完全にフラットなので、生理的な弁輪の形態に全く追従しないことが関与しています。
 上記マットレス縫合ではなく、単結節で縫合する場合もNadirから結紮する術者が多いように思います。

僧帽弁における結紮の順番は、1/3周ずつ、尖の中心P2からP1~前交連側に向かって結紮した後、P2からP3~後交連側に向かって結紮した後、最後は前交連から前尖側と後交連に向かって結紮します。こうした順番にする理由は、左室破裂は必ず、中隔の対側で最も左室自由壁が大きく動く部位に発生しやすいからです。過去に自分の目で見た、もしくは耳で聞いた左室破裂の症例は全て、P1領域、すなわち後尖の中心よりやや外側で、左室に向かった8時の方向の弁輪直下の筋肉が裂けて発生します。この最も可動性に富む部位の心筋に過度なストレスが、収縮時にかかることが左室破裂の原因であることは明らかです。よって、この破裂しやすい部位を最初に人工弁とゆがみやストレスの無い位置に最初に固定することが、この部位の心筋に過剰なストレスを与えないことにつながります。

 こうした理論のもと、結紮の順番を決めている外科医は他にいないかもしれませんが、横須賀市立うわまち病院では、この方法で教育しているので、そのうち一般化するかもしれません。

(自分が教育を受けた頃は、Nadirを最後に結紮するように指導されましたが、冠動脈閉塞、組織のカッティングによる弁周囲逆流の経験から、現在の方法に変更しています)
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