横須賀うわまち病院心臓血管外科

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僧帽弁置換術後左室破裂発生時にどうやって救命するか

2020-04-10 05:34:41 | 弁膜症


 僧帽弁置換術に伴う最も恐ろしい合併症は、左室破裂です。僧帽弁置換術の1%で発生、特に小柄な女性、僧房弁狭窄症の手術で発生しやすいとも言われています。左室破裂は外見上その発生部位によってタイプが提唱されていますが、その定義付けは間違っています。というのも左室破裂は、左室心筋が断裂して左室表面に出血を起こす場合は、まるで火山の噴火のように、噴火口が複数になることや、マグマの位置と噴火口の位置が火山のように違うことも少なくないからです。左室破裂を経験している外科医も少ないので仕方ないかもしれません。
 筆者が経験した左室破裂は今まで3例ですが、いずれも全く同じ位置で左室心筋が断裂してものすごい勢いで出血しました。この出血は、左心時のすぐ直下の側壁だったり、心膜横道から左心耳の方向へのぞくと、左房上壁と大動脈壁の間あたりからものすごい拍動性出血をしているようにも見えます。
 僧帽弁置換に伴う左室破裂は、左房から見てP1の位置=時計で言う8時の方向の僧帽弁輪直下の心筋が左室内腔の方から断裂して、それが深く掘られていくように左室表面に達して出血をおこしますが、その過程で左室心筋の繊維の方向にそって裂け目が進展するため出血部位と内腔の断裂位置が異なることも少なくありません。このため教科書などに記載されているように、左室の外表から縫合糸をかけても止血できません。
 最も確実なのは、人工弁を取り外して、左室内腔から断裂している位置にパッチを縫着することです。手技的に左室の内腔にパッチを貼ることは、人工腱索を立てたり、心筋梗塞後心室中隔穿孔の手術でパッチを貼る手技よりもはるかに難しい手技になります。稀に外表からの圧迫のみで止血出来て救命できるケースもあります。まずは出血部位を圧迫して、これで確実に出血が制御でき、その圧迫で血行動態を維持できている場合に限って人工心肺を離脱してカニューレを抜去しプロタミンとFFPや血小板を投与して勝負してみてもいいと思います。
 筆者は今まで3例の左室破裂を経験しました。1例は筆者が執刀した症例で遮断解除直後から出血して、幸い圧迫のみで出血が治まって事なきを得た症例です。その患者さんは今もお元気で、縫着した生体弁も10年以上経過して健在です。
 他2例はいずれも筆者が指導的助手をした症例で、一例は術翌日に突然ICUで心停止し、心肺蘇生して心拍再開後に超音波検査で大量の心嚢液が見つかった症例で、これは左室破裂が先か、心臓マッサージで破裂したのかは判別不能でした。もう一例は遮断解除後に1例目と同じく大量出血が発生した症例です。後者2例は術者を筆者と交代してもらい、僧帽弁を取り外して左室内腔からパッチを縫着して出血が止まりました。

 もっとも遭遇したくない合併症ですが、その発生メカニズムを考察して人工弁を縫着するようになってからは10年以上、遭遇していませんので、現在の人工弁置換のやり方が合っているのかもしれません。
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