沖縄の宜野湾市に9月29日、11万の人が集まって、文部科学省、日本国政府、そして日本に対して激しい怒りを表明した。文部科学省が高等学校の日本史教科書検定で、旧日本軍が先の沖縄戦のさい住民の集団自決を強制したとの記述を削除したことに対する抗議である。
安倍晋三が首相を辞めたいま、この問題がこの先どのような展開を見せるか? このコラムの筆者の希望を申し上げれば、単に集団自決についての記録の回復にとどまらず、文部科学省が検定で集団自決の「軍の強制」を削除した理由、沖縄からの反論など、教科書執筆者や出版社の対応など、この間の動きを「注」なり「コラム」なりにして、そっくり教科書に入れてもらいたい。歴史の核心は解釈にあるのだから、高校生にとっては歴史を読み解く格好の教材になるだろう。
ところで、サイパン島にBanzai Cliff、Suicide Cliffとよばれる場所がある。太平洋戦争のさい、上陸してきた米軍との戦いに敗れて、日本兵が住民ともども集団自殺したところだ。バンザイ・クリフは住民が、天皇陛下バンザイと叫んで身を投じたのでこの名がついたという。サイパンの日本軍は万策尽きていた。アメリカ軍は投降を呼びかけたが日本兵も、住民もその呼びかけに応じなかった。
ここもまた日本軍(現地の指令官・指揮官)の「集団自決」の強制があったかどうかが問われる場所である。現地司令官が無理やり自決をせまったかどうかという、慰安婦問題のとき持ち出されたような「狭義の強制性」については、ここでは議論しない。指摘しておきたいのは、「広義の強制性」である。
戦時国際法は戦闘員と非戦闘員を区別している。非戦闘員である民間人に対して攻撃してはならない取り決めになっている。また、捕虜になった兵士に対しても人道的な取り扱いをすることを定めている。捕虜の待遇に関するジュネーブ条約は1929年にできたが、日本はこの条約に署名はしたが、批准はしなかった。軍が反対したからである。
アメリカとの戦争が始まったとき、アメリカは日本に対してもジュネーブ条約を適用すると通告してきた。日本も原則としてその考え方を尊重するとアメリカに返事をした。
当時の日本政府や日本軍はこのような戦時国際法のあれこれを兵士や国民に周知徹底しなかった。戦闘員と非戦闘員を区別し、捕虜に対する人道的扱いをきめていた戦時国際法の存在を教える代わりに、政府・軍部は「鬼畜米英」や「戦陣訓」などの呪文をとなえた。捕虜になればそこは地獄だというふうなことを教えた。いまでいえば、やってきた敵軍は、プノンペンに入場したクメール・ルージュ軍のように民間人に対しても無差別虐待をするであろう、というようなことをふき込んだ。
戦前の日本は、臣―民タイプの政治的社会化が当時の政治権力によって厳しく行なわれた国家だった。したがって、負けいくさの混乱の中で、民間人は絶望のはてに集団自殺に追い込まれ、若い兵士は神風のパイロットや人間魚雷になるようしむけられた。権力も持つ者たちが国家を名乗って「集団自決」や「玉砕」へと国民の背中を押したのである。
沖縄の人々はこのことを怒っているのである。
(2007.9.30 花崎泰雄)