ビルマ/ミャンマーで軍事政権批判の大規模デモを行なったビルマ仏教の若い僧侶たちは托鉢に使う鉢を伏せてデモ行進した。
ビルマやタイの上座部仏教では世俗の人は僧侶にお布施をすることで徳をつむ。施しをうける僧よりも、施しをうけてもらう俗人の方が感謝をあらわす程度が高い。そういう約束事になっているからだ。
したがって、托鉢は僧にとって重要な義務である。僧が施しを拒否する覆鉢をおこなったのはきわめて異例である。それは僧が俗人の魂の救済を見捨てたという意思表示である。
ビルマの僧たちの覆鉢はタン・シュエ国家平和発展評議会議長ら軍事政権関係者に対して行なわれた。(
ビルマの僧からのアピール)
僧の軍関係者に対する覆鉢や軍の僧侶に対する暴行は軍事政権に対する怒りを増幅させた。だが、それだけでは軍事政権はひっくり返らない。
ビルマの軍事政権は権力維持のため、かつてはスハルトのインドネシア統治術を参考にし、いま、北朝鮮型の強固な軍事独裁政権をモデルにしているといわれる。
独裁政権はどのような条件がそろえば崩壊するのか。韓国の軍事政権や台湾の国民党の権威主義政権の交代、フィリピンのマルコス政権の崩壊など、その条件はさまざまであった。
東南アジアで権威主義政権が倒れ、民主化の道へ踏み出した直近の例はインドネシアである。1998年にスハルト政権が崩壊したときは、以下の条件があった。①アジア金融危機によるインドネシア経済の麻痺②国民からの広範な政権打倒運動③スハルト配下の政治家・高級官僚の離反④軍のスハルト見限り⑤国際世論の圧力である。
ビルマのタン・シュエ政権に対しては、いまのところ、国民からの政権批判の声が盛り上がっているだけである。軍事政権崩壊の予兆はない。ビルマの民主化は①有効な経済制裁を行ってビルマ経済を窮地に追いやる②これにより、必ずしも一枚岩ではない軍事政権の内部分裂を呼び起こす(軍事政権が民主化の話し合いに応じる可能性は非常に小さい)③民主化勢力が軍事政権の離反派を呼び込む(フィリピンのマルコス政権打倒のときこの例がある)④マルコスをアメリカが受け入れたように、タン・シュエらの亡命先を用意するといういりくんだ、そのうえ実現性が高いとはいえない道筋をたどるしかないだろう。
タン・シュエ政権はアウンサン・スーチー拘束を非難するアメリカやEUの経済制裁で、経済は順調とはいえない。しかし、天然ガスの輸出でしのいでいる。2006年には20億ドル相当の天然ガスをタイ向けに輸出した。これはビルマの輸出総額の4割に当たる。アメリカとEUの経済制裁も軍事政権にねをあげさせるほどの効果をみていない。
バンコク発9月29日のAPの記事によると、ビルマの僧侶がデモをしていた9月29日、インドの石油相がビルマの軍事政権関係者とガス・石油開発事業の契約書に署名しあった。インドもビルマのエネルギー資源を重視している。インドはビルマに軍事用ヘリコプターを供与する計画があり、EUから批判を受けている。
そのEUのメンバーであるフランスのトタール社も、中国石油化工、韓国の大宇グループなどとならんで、ビルマの天然ガス生産に一枚かんでいる。
これらの収入でビルマは中国から武器を買い、インドから軍用ヘリコプターを買っている。国境をはさんで警戒しあうインドと中国は、ミャンマーの関心を買う競争もしている。ロシアもこの競争に参入している。ロシアはビルマに研究用の原子炉やミグ戦闘機を提供した。
ビルマの主要輸出先は、IMFの2006年の統計によると、タイ(49%)、インド(12%)、中国(5%)で、輸入先は中国(34%)、タイ(21%)、シンガポール(16%)である。
民主主義の輸出に熱心なブッシュ政権は、イラク政策による不人気を、ビルマで挽回しようという気があるようだ。オリンピック開催をひかえた中国にビルマに影響力を行使するよう求めている。
9月29日付のワシントン・ポスト紙によると、私的な意見交換の場で、アメリカの某高官が中国の某高官に対して、中国がビルマに影響力を行使することをもとめ、「新政府への移行をスムーズにするため、何らかのかたちで軍事政権の指導者を受け入れはどうか」と話したという。気の早い話である。
ともあれ、ビルマを変えるには中国を動かすしかなく、中国を動かすためには、人権がらみの政治問題では制裁にしり込みする日本と、アセアン諸国をアメリカやEUとならぶ経済制裁派にひきこんでおく必要がある、とアメリカは考えているようだ。
このように、対ビルマ政策については、国際的な意見の一致が見られていない。ビルマの民主化に向けての影響力行使の入り口にあたる、国際的な意見の一致でもたついている状態だ。先は長い。捨て鉢にならないで、希望をつないでゆくしかないだろう。
(2007.10.2 花崎泰雄)