就任記者会見の怪気炎で注目を浴びることになった籾井勝人NHK会長を選出したNHK経営委員の一人である長谷川三千子埼玉大学名誉教授が、2014年1月28日付朝日新聞(東京)で俎上に上げられた。テーマは長谷川氏が2014年1月6日付産経新聞コラム「正論」に書いた「年頭にあたり『あたり前』を以て人口減を制す」という評論文だった。
そこで、同氏のエッセイを読んでみた。大まかな論旨は以下の通りである。
①出生率の低下で、このままでは千年後の日本人はゼロになる
②どう解決するか? 答えは簡単だ。日本の男女の大多数がしかるべき年齢のうちに結婚し、2、3人の子どもを産み育てるようになれば解決する
③そのためには政府は「男女共同参画社会」のような考え方を捨てて、哺乳動物の一員である人間にとって極めて自然な「性別役割分担」の考え方に方針を変えるべきだ
というものである。
これは『中央公論』1984年5月号掲載の「『男女雇用均等法』は文化の生態系を破壊する」で長谷川氏が論壇デビューして以来、同氏が繰り返し口ずさんできた長谷川節である。
長谷川氏がその存在を批判している内閣府の男女共同参画会議の「少子化と男女共同参画に関する社会環境の国際比較」(2005年9月)は次のように報告している。
「OECD諸国のデータによれば、1970年の時点では、女性の労働率の高い国ほど出生率が低いという傾向があったのに対し、2000年時点では、女性の労働力が高い国ほど、出生率が高いという傾向がみられた」
日本、米国、ノルウェー、オランダを比べると、2000年の統計では、日本はこの4ヵ国中で女性の労働力率が最低である。では、女性の労働力率が4か国中最低であるなら、出生率は最高かというと、さにあらず。出生率も4か国中最低なのである。OECD24か国では1970年から2000年の30年間に女性の労働力率は平均23.3ポイント増え、一方、出生率は0.9ポイント減少した。日本では同じ時期に労働力率は5.2ポイントの増加にとどまったが、出生率は0.8ポイント減少した。
女性の賃金労働への進出が出生率を減少させるという長谷川節の論拠を否定するに十分な統計であるが、言論の自由はまたバイアスを語る自由でもあるので、長谷川節を拝聴するさいの常のならいとして聞き流しておくことにしよう。
厚生労働省のデータによると、2011年現在のスウェーデンの出生率は1.90、フランス2.01、英国1.91、米国1.89、日本1.39だった。これらの国の婚外子率は2008年の統計では、スウェーデン54.7%、フランス52.6%、英国43.7%、米国40.6%、日本2.1%だった。
婚外子率と出生率との間に何か因果関係があるのかどうか、門外漢の筆者には何とも言えない。だが、長谷川三千子氏並みの恐れをしらない論理の飛躍でいえば、先進国で、生まれた子どもの半数が婚外子であるということは、その社会は婚外子が不利な立場におかれな社会であり、そうした社会は子どもや親に対して人口維持のための政策をきちんととっているであろうと想像される。
スウェーデンもフランスも英国も一時は出生率の低下に見舞われたが、子どもを生み育てることが容易になるような社会政策をとることで、現在のように2.0前後まで回復させた。これらの国が、出生率回復を目的にして「男女役割分担」を押し進めたという話は、いまだかつて聞いたことがない。
(2014.1.28 花崎泰雄)