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news commentary

歴史はときどき後退する

2016-06-26 22:25:38 | Weblog

「大風が吹けば桶屋がもうかる」式に話を繋いでゆくと、以下のようなことも言えないわけではない。

米国の第43代大統領ジョージ・ブッシュ・ジュニアが9.11のあと、アフガニスタン征伐を行った。以来、アフガニスタンの政情は不安定なままだ。その結果、アフガニスタンから難民が欧州、特にEU諸国を目指している。保護を求めるアフガニスタンからの難民はシリア難民に次いで2番目に多い(2015年)。

アフガニスタン攻撃のあとはイラクだと、取り巻きのネオコン・グループが囁いた。その声にそそのかされて、ブッシュ・ジュニア米大統領がサダム・フセイン征伐の戦争を始めた。敗れたフセイン政権の軍幹部らがイスラミストと合流してISを組織した。EUに保護を申請するイラク難民は3番目に多い(2015年)。シリアではアサド政権、反アサド武装勢力、ISが三つ巴の武装闘争を広げている。その結果、難民がEUを目指した。シリア難民が最も多く、2015年には40万人弱に達した。

難民が急増した2015年夏以前、EUは難民を歓迎する姿勢を示していた。それを見て、EUを目指す難民や求職目的の移住者の流れが奔流となり、EU内で難民・移住者の入域を制限する動きが強まった。同時に、移民を排斥する政治勢力がEU加盟国の中で目立ち始めた。難民問題が沸騰する中で、英国の有権者が国民投票でEU離脱を選択した。

以上のような筋立てで、ジョージ・ブッシュ・ジュニア大統領がアフガニスタン攻撃を始めたことで、英国民がEU離脱の道を選んだ、という話をでっちあげることが可能である。

だが、以上の話の筋は、当然のことながらマユツバである。

「EU離脱か、残留か」を問う国民投票を言い出したのは、離脱派の勝利で首相辞任の意思を表明せざるをえなかったキャメロン英首相自身である。下世話な表現を使えば「EUに鼻面を引きまわされるのはもう嫌だ」と叫ぶ保守党の右派勢力をなだめて党内をかためる目的で2013年、2015年の総選挙で保守党が勝利し、再び首相に就任したら2017年までに国民投票を実施すると約束した。党内融和のために国の政策の大転換の是非を国民投票にかけると、軽い気持ちで約束した。キャメロン首相は、国民の大半はEUのメンバーであることを支持している、とみていた。

2013年に難民を受け入れた国は、受け入れ難民の多い順に①ドイツ②フランス③スウェーデン④英国④イタリア⑥ベルギー⑦ハンガリー⑧オーストリア⑨オランダ⑩ポーランドとなっていた( 'Graphics: Europe’s asylum seekers’ BBC, 2014.9.30)。英国とイタリアの受け入れ人数は約3万人だった。

欧州が「難民危機」と騒然となった2015年に、人口10万人当たりの受入数ではトップがハンガリーの1799人で、英国は60人だった。ドイツは人口10万当たり587人を受け入れた。EUの平均は260人だった( Migrant crisis: Migration to Europe explained in seven charts, BBC, 4 March 2016)。

難民の受け入れがEU離脱を問う国民投票で重要なテーマに浮かび上がったのは、イギリス独立党のファラージ党首が、移民の流入によって英国の伝統や文化が失われると声高に叫んだからである。だがこれは根拠薄弱なアジテーションである。イギリスは協定加盟国内を自由に行き来できるシェンゲン協定に加盟していない。したがって、多数の難民がイギリスに渡ろうとした際は、イギリスは独自の判断でイギリス国境の管理を強化できる。EU離脱を必要とするほどの問題ではない。

難民がヨーロッパに押し寄せ、それが原因でヨーロッパが危機に陥っているという情景が強調されているが、じつのところ、世界の難民の8割を、難民を生み出している問題国の周辺の途上国が受け入れている。パキスタンには160万人のアフガニスタン難民が流入しているといわれる。シリア難民の多くはトルコやレバノンにとどまっている。

離脱派の勝利を確信したファラージ・イギリス独立党党首が未明の街頭で支持者を前に叫んだ ‘"Dawn is breaking on an independent United Kingdom.” (独立イギリスの夜明けだ)でわかるように、英国が大陸の国家の風下に立つ、その心情的な不快さがEU離脱の最大の理由だった。

英国は防衛、公共サービスの分野ではEUに拘束されないし、外交や税制にかかわる問題では拒否権をもっている。重要な経済関連立法の約半数がEUの立法から派生しているという研究もある(The Telegraph, 8 June 2016)が、それはEUという巨大な単一市場に参加するコストともいえる。しかし、そのコストであるEUへの主権の一部委譲が一部の保守派には我慢ならなかったのだろう。右派のエスノセントリズムの声高な発言に雷同した、主として年配のジョン・ブルには、イギリスは独力でナチス・ドイツと戦ったのだ、イギリスは欧州なしでやっていけるという夜郎自大的な自信があったのだろう。

(2016.6.26 花崎泰雄)
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ご破算で願いましては

2016-06-23 01:11:07 | Weblog

TPP(環太平洋パートナーシップ協定)交渉で日本側の交渉責任者だった甘利明・前経済再生担当相の現金授受問題が不起訴処分になったことで、甘利氏は再び政治活動の場にもどった。

アメリカ大統領選で共和党の候補者に確定しているドナルド・トランプ氏はTPP反対を声高に叫んできた。一方、民主党の候補者に確定したヒラリー・クリントン氏は予備選挙出馬以来TPPに批判的な態度を示してきたが、6月21日、オハイオ州で行った演説で、ついに再交渉を求める考えを表明した。

先ごろワシントン・ポスト紙が行なった世論調査では、トランプ、クリントン両氏について、選挙民の多くが2人とも「嫌い」と言い、第3の候補者の出現を望んでいる。だが、それは無理な話で、トランプ氏かクリントン氏のいずれかが次の大統領になるだろう。

そういうことで、いずれ、新しい米国大統領の下で、米国がTPP再交渉を求めるか、批准をしない、という事態になる公算が大きい。

睡眠障害から回復したばかりの甘利氏は、さぞかし激しい徒労感に襲われたことであろう。

クリントン氏はオバマ政権の国務長官時代にはTPPの推進派だった。CNNのサイトの記事によると、クリントン氏は国務長官時代に45回もTPP推進の発言を公の場で行っている( ’45 times Secretary Clinton pushed the trade bill she now opposes’)。面白いので、一読をすすめる。

米国メディアの見方は、というよりも一般の常識的な観測では、大統領候補クリントン氏の豹変は、TPPで米国の製造業がダメージをうけるであろうという不安から米労働者の間に保護主義的な気分が広がっていることの反映である。TPPに断固反対した方が票になるというヨミである。

日本国の安倍首相は、消費税増税再延期はない、と断言しておきながら「新しい判断」だと言ってしゃあしゃあと再延長をきめた。ヒラリー・クリントン氏も米大統領選の民主党候補確定者として「新しい判断」を下したのであろう。

6月22日の朝日新聞夕刊は再交渉について「ありえない話だ。仮に求められても応じる考えは全くない」と日本の安倍首相が語ったと報じた。

TPP交渉の経過が厚いヴェールで閉されていたので、調印まで進んだTPPがご破算になったらどうなるのか、不勉強なこのコラムの筆者にはきちんと説明できない。そこで、TPPが大筋合意したときのウォールストリート・ジャーナル紙の説明を転用しよう。「米ピーターソン国際経済研究所は、交渉が始まったばかりのTPPを分析した2012年の報告書で『TPPの最大の受益者は日本であると見込まれる』と述べている(2015年10月6日、WSJ日本語サイト)。

TPPについては、日本では米国の一人勝ちにつながると、反対論もあった。お金のことに関しては日本では「とらぬ狸の皮算用」、英語圏では ‘Don't count your chickens before they're hatched.’ というから、どうなるかはやってみないところがある。

はっきりとわかるのは、こういうこと。政治家は都合次第で平然と前言を翻す。参院選が始まった。ご用心、ご用心。

(食2016.6.23 花崎泰雄)




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代言人

2016-06-09 22:25:28 | Weblog


昔々、弁護士のことを日本では代言人と呼んだ。明治時代に入って西洋の裁判制度が導入され、英語のlawyer が「代言人」と翻訳された。「客といふも、大方借金取りか代言人だろふ」(歌舞伎「人間万事金世中」『精選版 日本国語大辞典』)。明治20年代後半から代言人は新しい訳語「弁護士」にかわっていった。

弁護士の職務とは何であろうか。依頼人を守ることである。弁護士職務基本規定(日本弁護士連合会)を見ると、「第21条 弁護士は、良心に従い、依頼者の権利及び正当な利益を実現するように努める」「第22条 弁護士は、委任の趣旨に関する依頼者の意思を尊重して職務を行うものとする」と書かれている。

桝添要一・東京都知事が依頼した弁護士は、21条と22条の規定に従って、きちんと職務を果たした。政治資金の個人の日常生活への流用疑惑を「違法ではないが、不適切な支出もある」とした結論は、弁護士に調査を依頼するまでもなく、わかりきった結論であった。

というのも、政党助成法は第4条で「国は、政党の政治活動の自由を尊重し、政党交付金の交付に当たっては、条件を付し、又はその使途について制限してはならない」「政党は、政党交付金が国民から徴収された税金その他の貴重な財源で賄われるものであることに特に留意し、その責任を自覚し、その組織及び運営については民主的かつ公正なものとするとともに、国民の信頼にもとることのないように、政党交付金を適切に使用しなければならない」と定めている。法律の定めるところでは、政党交付金の使途は無制限で、それを適切に使うことは努力義務である。

また、政治資金規正法は第1条で「この法律は、議会制民主政治の下における政党その他の政治団体の機能の重要性及び公職の候補者の責務の重要性にかんがみ、政治団体及び公職の候補者により行われる政治活動が国民の不断の監視と批判の下に行われるようにするため、政治団体の届出、政治団体に係る政治資金の収支の公開並びに政治団体及び公職の候補者に係る政治資金の授受の規正その他の措置を講ずることにより、政治活動の公明と公正を確保し、もつて民主政治の健全な発達に寄与することを目的とする」としている。第2条では、「この法律は、政治資金が民主政治の健全な発達を希求して拠出される国民の浄財であることにかんがみ、その収支の状況を明らかにすることを旨とし、これに対する判断は国民にゆだね、いやしくも政治資金の拠出に関する国民の自発的意思を抑制することのないように、適切に運用されなければならない」としている。

この法律もまた、政治資金の使途については制限や規制をかけていない。収支を明らかにして、その是非の判断を国民にゆだねる、としているのみである。

舛添氏の政治資金使途をめぐる疑惑が世間で高まったために、舛添氏は弁護士に依頼して、法律が使途について制限を付けていない金は何に使おうと法律には違反しないという政治家・舛添氏の考え方を、法律家に代弁してもらい、それを第三者の判断だと主張している。とんだ茶番劇だが、参院選を控えていることもあり、都議会での舛添知事の追及は、自公がうんむにゃむにゃで終わらせる可能性もある。

舛添問題のような破廉恥を繰り返さないためには、政治資金の使途について「政治資金をつかって家族で回転鮨を食べてはならない」のような、非政治活動への支出を禁じる項目を政治資金規正法や政党助成法に盛り込むことが必要だ。

それは政治活動の制限に通じることにつながる危険な考え方であると、政治家たちは反対するだろう。だが、アンブローズ・ビアスが『悪魔の辞典』で冷笑したように、政治には「原理原則の争いを装った個人的利益の追求」の面が少なからずある。「人を見たら泥棒と思え」の俚諺があるように、政治の現場で動き回る政治家は、大臣室で業者から現金50万円を無造作に受け取るような相当人間臭い人間である。

このまま放置すれば、有権者の政治不信をますます昂進させ、民主主義政治の根元を朽ちさせてしまう。

ところで、金銭問題で閣僚を辞任した甘利明・前経済再生担当大臣は、睡眠障害という病を得て4ヵ月間も国会を欠席して静養していたそうだが、国会閉会と検察の不起訴の結論を聞いていっきに睡眠障害から吹っ切れ、政治動を再開すると記者会見を開いて語った。蠢動宣言である。

政治家たちが窮地に陥るたびに繰り返しているいわゆる政治入院も、ヒポクラテスの誓い「私は能力と判断の限り患者に利益すると思う養生法をとり、悪くて有害と知る方法を決してとらない」と無縁ではないだろう。ヒポクリットたちがヒポクラテスの誓いを悪用しているのである。

(2016.6.9 花崎泰雄)

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