「大風が吹けば桶屋がもうかる」式に話を繋いでゆくと、以下のようなことも言えないわけではない。
米国の第43代大統領ジョージ・ブッシュ・ジュニアが9.11のあと、アフガニスタン征伐を行った。以来、アフガニスタンの政情は不安定なままだ。その結果、アフガニスタンから難民が欧州、特にEU諸国を目指している。保護を求めるアフガニスタンからの難民はシリア難民に次いで2番目に多い(2015年)。
アフガニスタン攻撃のあとはイラクだと、取り巻きのネオコン・グループが囁いた。その声にそそのかされて、ブッシュ・ジュニア米大統領がサダム・フセイン征伐の戦争を始めた。敗れたフセイン政権の軍幹部らがイスラミストと合流してISを組織した。EUに保護を申請するイラク難民は3番目に多い(2015年)。シリアではアサド政権、反アサド武装勢力、ISが三つ巴の武装闘争を広げている。その結果、難民がEUを目指した。シリア難民が最も多く、2015年には40万人弱に達した。
難民が急増した2015年夏以前、EUは難民を歓迎する姿勢を示していた。それを見て、EUを目指す難民や求職目的の移住者の流れが奔流となり、EU内で難民・移住者の入域を制限する動きが強まった。同時に、移民を排斥する政治勢力がEU加盟国の中で目立ち始めた。難民問題が沸騰する中で、英国の有権者が国民投票でEU離脱を選択した。
以上のような筋立てで、ジョージ・ブッシュ・ジュニア大統領がアフガニスタン攻撃を始めたことで、英国民がEU離脱の道を選んだ、という話をでっちあげることが可能である。
だが、以上の話の筋は、当然のことながらマユツバである。
「EU離脱か、残留か」を問う国民投票を言い出したのは、離脱派の勝利で首相辞任の意思を表明せざるをえなかったキャメロン英首相自身である。下世話な表現を使えば「EUに鼻面を引きまわされるのはもう嫌だ」と叫ぶ保守党の右派勢力をなだめて党内をかためる目的で2013年、2015年の総選挙で保守党が勝利し、再び首相に就任したら2017年までに国民投票を実施すると約束した。党内融和のために国の政策の大転換の是非を国民投票にかけると、軽い気持ちで約束した。キャメロン首相は、国民の大半はEUのメンバーであることを支持している、とみていた。
2013年に難民を受け入れた国は、受け入れ難民の多い順に①ドイツ②フランス③スウェーデン④英国④イタリア⑥ベルギー⑦ハンガリー⑧オーストリア⑨オランダ⑩ポーランドとなっていた( 'Graphics: Europe’s asylum seekers’ BBC, 2014.9.30)。英国とイタリアの受け入れ人数は約3万人だった。
欧州が「難民危機」と騒然となった2015年に、人口10万人当たりの受入数ではトップがハンガリーの1799人で、英国は60人だった。ドイツは人口10万当たり587人を受け入れた。EUの平均は260人だった( Migrant crisis: Migration to Europe explained in seven charts, BBC, 4 March 2016)。
難民の受け入れがEU離脱を問う国民投票で重要なテーマに浮かび上がったのは、イギリス独立党のファラージ党首が、移民の流入によって英国の伝統や文化が失われると声高に叫んだからである。だがこれは根拠薄弱なアジテーションである。イギリスは協定加盟国内を自由に行き来できるシェンゲン協定に加盟していない。したがって、多数の難民がイギリスに渡ろうとした際は、イギリスは独自の判断でイギリス国境の管理を強化できる。EU離脱を必要とするほどの問題ではない。
難民がヨーロッパに押し寄せ、それが原因でヨーロッパが危機に陥っているという情景が強調されているが、じつのところ、世界の難民の8割を、難民を生み出している問題国の周辺の途上国が受け入れている。パキスタンには160万人のアフガニスタン難民が流入しているといわれる。シリア難民の多くはトルコやレバノンにとどまっている。
離脱派の勝利を確信したファラージ・イギリス独立党党首が未明の街頭で支持者を前に叫んだ ‘"Dawn is breaking on an independent United Kingdom.” (独立イギリスの夜明けだ)でわかるように、英国が大陸の国家の風下に立つ、その心情的な不快さがEU離脱の最大の理由だった。
英国は防衛、公共サービスの分野ではEUに拘束されないし、外交や税制にかかわる問題では拒否権をもっている。重要な経済関連立法の約半数がEUの立法から派生しているという研究もある(The Telegraph, 8 June 2016)が、それはEUという巨大な単一市場に参加するコストともいえる。しかし、そのコストであるEUへの主権の一部委譲が一部の保守派には我慢ならなかったのだろう。右派のエスノセントリズムの声高な発言に雷同した、主として年配のジョン・ブルには、イギリスは独力でナチス・ドイツと戦ったのだ、イギリスは欧州なしでやっていけるという夜郎自大的な自信があったのだろう。
(2016.6.26 花崎泰雄)