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大統領の選択

2025-01-19 20:44:36 | 国際

韓国のユン・ソンニョル大統領が内乱の容疑で逮捕された。逮捕状を出したソウル西部地裁に19日大統領支持派の人びとが乱入した。昨年12月にユン大統領が非常戒厳令を出して国会に軍隊を送り込んだとき、人々はあっけにとられた。政党間の勢力争いを戒厳令で打開しようとした「牛刀をもって鶏をさく」的なユン大統領の政治感覚は精神分析の対象になる事例と感じられた。これに対して、国会は大統領の戒厳令の解除を可決した。これを機に野党はユン大統領の弾劾案を可決、大統領の退陣と次の大統領選の早期実現へ激しく動いた。韓国の有権者は野党のあからさまな権力奪取の攻勢にうんざりしたのか、今年に入ってからの世論調査では、政党与党支持率と野党支持率が逆転、与党支持が野党支持を上回った。これに勢いを得た大統領支持派の一部が地裁に乱入し、ユン大統領を守ろうとする姿勢を誇示した。この一連のドタバタ劇の出発点は、ユン・ソンニョルという人物の特異な個性と的外れの政治感覚が作り出した「青天の霹靂」的パロディーだったが、今では本気の戒厳令に至りかねない雲行きになってきている。韓国憲法第77条は①大統領は戦時·事変又はこれに準ずる国家非常事態において兵力により軍事上の必要に応じ,又は公共の安寧秩序を維持する必要があるときは法律の定めるところにより戒厳を宣布することができる②戒厳は非常戒厳と警備戒厳とする.③非常戒厳が宣布されたときには法律の定めるところにより令状制度,言論·出版·集会·結社の自由,政府や裁判所の権限に関し特別な措置をすることができる④戒厳を宣布したときには大統領は遅滞なく国会に通告しなければならない.⑤国会が在籍議員過半数の賛成で戒厳の解除を要求したときには大統領はこれを解除しなければならない.と定めている。

一方、20日には米国でドナルド・トランプ大統領の就任式が行われる。トランプ新大統領は選挙中から「タリフマン=関税男」を名乗り、新聞報道によると中国産品に60%、中国企業によるメキシコ産自動車に100%、全世界からの輸入に一律10%の関税をかけると表明してきた。

アジア経済研究所の予測では、米国が中国からの輸入品に60%、全世界からの輸入品に一律10%の関税をかけた場合、米国のGDPは1.9%減り、中国のそれは0.9%減る。日本やASEAN諸国のGDPには大きな影響はないが、世界のGDPは0.5%減る。

高い関税をかければ輸入する国では商品の売れ行きが落ち、輸出元では商品の生産が落ちる。高い関税を課せられた方は、報復関税を決意する。関税ごっこはやがて非生産的なシーソー・ゲームに入り込み、両者が不自由な思いをするようになる。

20世紀末、日本と米国は農産物自由化をめぐっていわゆる「牛肉・オレンジ戦争」を始めた。米国はアメリカの牛肉やオレンジの対日輸出増をねらい、日本は国内の畜産農家やミカン農家守ろうとした。農業への配慮を優先しすぎると、工業製品である自動車の輸出が伸び悩む。日本政府は苦慮の末、アメリカと日本の外交体力の違いもあって農産物輸入自由化を決意した。

これから4年間のトランプ政権下で、米中の関係はどうのように推移するのだろうか。米国では通商に関する決まりは関税率も含めて議会の承認が必要だ。大統領令だけで関税率を決められるのは限定的な条件と期間に限られる。関税によってMAGA(Make America great again)を実現するのは関税男の一存だけでは困難だろう。関税引き上げが遠因となって米国経済が萎縮することもありうるのだ。

20世紀後半には効率を最大化する意思決定者の行為を研究する方法として経済学の合理的選択論が政治学研究に転用されもてはやされた。経済学においては効率の最大化は収益の最大化であるが、政治の分野での合理的選択とはいったい何を意味するのだろうか。米国経済を傷つけてでも中国に圧力をかけるのが合理的だろうか。「肉を切らせて骨を断つ」。アメリカはそれほど中国を恐れているのだろうか。

超大国アメリカの衰退傾向が言われてからもう長い時間がたっている。これから4年間、トランプ米大統領が不動産業者ではなく政治指導者として発想し、選択し、実現させようとする合理的選択が、果たして誰を幸いにするのか、興味深い観察ができそうである。場合によっては関税がMake America gloomy againにつながることもありるだけに。

(2025.1.19 花崎泰雄)

 

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福笑い

2025-01-14 01:10:13 | 国際

旅の修行僧とこんにゃく屋六兵衛がふんする和尚の問答。

修行僧が「法界に魚あり、尾もなく頭もなく、中の鰭骨を保つ。大和尚、この義はいかに」と問うが六兵衛和尚は無言。ほほう、無言の行だなと勘違いした旅の僧が、手で○をつくると、六兵衛和尚が両手で大きな○をつくって応じる。修行僧が十本の指を突き出すと、六兵衛が片手で五本の指を出す。修行僧が三本の指を出すと六兵衛があかんべえ。修行僧が恐れ入ったと退散する。

〇をつくって「天地の間は」としかけたところ「大海のごとし」と大きな〇。「十方世界は」には「五戒で保つ」と指五本。「三尊の弥陀は」には「目の下にあり」。恐れ入りましたと修業僧が述懐する。

六兵衛は憤慨して毒づく。お前が売っているこんにゃくはこんなに小さいとぬかすから、それはちがうこんなに大きいと答えてやった。十個でいくらかと聞いたので、五百だと言った。すると、三百にまけろという。だからあんべえだ。

昔の正月はテレビでこんな落語を聴いて笑っていた。いまテレビはニュースしか見ない。昨年から今年の正月にかけてドナルド・トランプの独演会が切れ目なく続いている。もうすぐかれの就任式だ。

NATO諸国は防衛費をGDP5パーセントに増やせ。もし私が大統領だったら、ロシアとウクライナの戦争は起きなかっただろう。あの戦争は24時間でやめさせることができる。アメリカの安全保障のためにグリーンランドが必要だ。カナダを51番目合衆国の州にしよう。メキシコ湾をアメリカ湾と改名しよう。パナマ運河を取り戻そう……などなど。

ニュース解説ではジャーナリストや外交専門家、政治学者らがトランプ発言の端々をとらえては、面白おかしく解説をしてくれる。笑門来福の福笑いのゲームさながらだ。

ドナルド・トランプというご仁は、何かの目標を実現するために権力を握ったのではなく、権力がもたらす快感に酔うために権力を握ったのだ。トランプ発言からゴシップ的要素を取り去ると、そのあとに彼の世界観が見えてくるか――存在しない世界観など見ようがないではないか。それが世界中を不安に陥れているのだ。

まもなく大統領の座につくドナルド・トランプ氏は、中国関連の展望を語らない。台湾をめぐる事態への基本的な対応についてだんまりを決め込んでいる。大統領周辺にはいくつかのオプションを持った専門家がいるだろうが、最終的な選択は大統領にゆだねられる。それが世界の初笑いを凍りつせているのだ。

(2025.1.14 花崎泰雄)

 

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師走の火遊び

2024-12-04 17:50:25 | 国際

韓国の現行憲法は、国家が非常事態に直面したとき、大統領が戒厳を宣布することができるとしている。2024年12月3日夜、ユン・ソンニョル大統領が発した非常戒厳は憲法の規定に基づいていた。

同時に憲法は国会が在籍議員の過半数の賛成で戒厳の解除を要求したときには大統領は戒厳を解除しなければならないと定めている。国会は戒厳の解除を決議、大統領は数時間後に非常戒厳を解除した。

戒厳は軍事上の必要があるとき、公共の安寧秩序を維持する必要があるときに、宣布されると憲法は定めている。それにより、令状制度,言論·出版·集会·結社の自由、政府や裁判所の権限に関し特別な措置をすることができる.

韓国の通信社・聯合ニュースが新聞の見出しを紹介していた。

<朝鮮日報>尹大統領、「非常戒厳」宣布 国会、150分後に解除
<東亜日報>尹大統領が真夜中に「非常戒厳」…国会、2時間で解除
<中央日報>尹大統領、「非常戒厳」宣布…国会で解除要求決議可決
<ハンギョレ>社説:尹大統領の戒厳令、国民に対する反逆だ
<京郷新聞>尹大統領、真夜中に「非常戒厳」宣布
<毎日経済>尹大統領、「非常戒厳」宣布…国会、即刻解除
<韓国経済>尹大統領、深夜に「非常戒厳」宣布…国会が155分後に「解除」決議

ユン大統領は何を何から守ろうとして非常戒厳を宣布したのだろうか。いまのところ納得できるような説明をした人はいない。

合衆国の次期大統領・トランプ氏がカナダのトルドー首相に、高関税を避けたければ合衆国の51番目の州になればよい、と言ったとか。カナダ側は冗談と逃げを打っているが、薄気味悪い話だ。

野党の攻勢で打つ手がなくなった韓国のユン大統領が、局面打開のために、えいやっと、トランプをまねたのだのだろうか――これはもちろん冗談である。

マッチ1本火事のもと。師走の火遊び、ご用心。

(2024.12.4 花崎泰雄)

 

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お盆が近づくころ

2024-08-10 21:38:16 | 国際

パリの五輪競技大会と甲子園の高校野球の中継が夏のNHKテレビの番組を埋め尽くしている。そのさなか、スポーツ中継を押しのけて「南海トラフ巨大地震注意」を気象庁が出した。長崎市の平和祈念式典にイスラエルが招待されていないのは政治的な意図によるものだとして、駐日米国大使ら欧米の大使が結束して式典への不参加を表明した。原爆忌にうちあげた三尺玉のようなたいした、びっくり花火だった。

8月6日の広島の式典ではロシアとベラルーシは招待されなかった。イスラエルは招待されたが、パレスチナ自治政府は招かれなかった。式典の主催者である広島市の判断は政治的であるが、駐日アメリカ大使やイスラエル大使は式典に出席した。ロシアは米国と並ぶ核兵器を持つ国家であり、そういう国にこそ祈念式典に参列してもらい、核のない世界への想像力を身に着けるきっかけにしてもらうべきだった、という考え方もありうる。しかし、それは主催者広島市の政治的判断で不可能になった。ロシアが招かれなかったことにロシア大使は不当な政治的判断だと異議を唱えたが、米国大使やイスラエル大使らはなんらコメントしなかった。

9日の長崎の式典ではロシア、ベラルーシ、イスラエルが招待されず、パレスチナ自治区は招待された。平和祈念式典の招待国・地域の選定でこのような違いが出たのは、主催者である広島市と長崎市の政治的判断の違いによるものだ。ロシアやベラルーシと同じようにイスラエルが招かれなかったのは、ウクライナを侵略しているロシアと、ハマスからの攻撃に対して自衛しているイスラエルとを同列に置くことになり、承服できないと米欧の大使たちは出席を見送った。代わりに、駐日米大使、英大使、イスラエル大使の3人が9日東京の増上寺で催された長崎原爆殉難者追悼会に出席する茶番を演じてみせた。

ラーム・エマニュエル駐日米国大使は、イスラエルから米国に移住した医師の息子だ。CNNによると18歳まで米国とイスラエルの2つの国籍を持っていた。とはいえ、エマニュエル駐日米大使がイスラエルの立場を擁護して長崎の平和祈念式典に出席しなかったのは、彼のユダヤ系アメリカ人としての信条・道徳・情緒が影響していると考えるのは短絡である。道徳観が行動の規範になることは、個人の場合は考えられるが、国家はモラルとは関係ないナショナル・インタレストにもとづいて行動する。イスラム世界のまん中にあるイスラエルは、アメリカとそれに与する欧州国家にとって、安全保障の橋頭保であり、核武装を進めるイランをけん制するための武力配備のコーナーストーンである。炭坑の安全を確かめるカナリアのような存在なのだ。イスラエルはアメリカが断固として擁護すべき国であると歴代の米国政府は考えてきた。それをよく知っているから、イスラエルのネタニヤフ政権は米国から軍事援助をうけつつ、米国をいらだたせる身勝手な戦闘行動を行っている。

アメリカ合衆国は国内法(レイヒー法)で、人権侵害に関与している外国の軍隊に対して、合衆国政府が資金援助などを提供することを禁止している。BBCによると、イスラエル軍の部隊で違反行為が見つかったことがあるが、米国政府はその後適切な措置が講じられたとしてイスラエルへの軍事援助を続行している。

ところで、長崎の平和祈念式典をめぐる出来事について岸田首相は、イスラエルを招かなかったのは主催者である長崎市の判断であり日本政府はコメントする立場にない、と表明している。この無気力発言の背後には、平和祈念式典は地方自治体のローカルな催しであるとする矮小化の論理がある。半面、核廃絶は生涯をかけた目標であると岸田首相は公言している。

その一方で、岸田首相は米国の核の傘を何とかもっと確実なものにしようとする拡大抑止の考え方に好意を寄せている。したがって、核兵器禁止条約についは、核兵器のない世界という大きな目標に向け重要な条約だが、アメリカやロシア、中国など、核兵器を保有する国々が参加していないので、日本だけ加わって議論をしても、実際に核廃絶にはつながらないと岸田首相は言う。核廃絶は遠い将来のユートピアンの目標であり、脅しや欺瞞にみち、権力と権力がわたりあう国際政治のジャングルで国家の生き残りを測るには、今後しばらくはリアリストの外交が不可欠であると岸田首相は言う。こうした日本政府のやる気のなさにしびれを切らせて日本のNGOは政府に核禁止条約加盟を迫っている。

日本の自治体が独自に平和祈念式典の招待国を政治的に決めたのは、いわゆる「外交」が政府だけの、外務省だけの専権事項でなくなり始めていることを感じさせる。やがて被爆者追悼・平和祈念式典に日本国首相を招くか招かないかは主催者が政治判断すること――そういう未来を想像すれば、しばしの猛暑しのぎになる。

愚行は時代や場所と関係なく、政治形態とも関係がない。君主政治、寡頭政治、民主政治のいずれも愚行をうんでいる。民族や階級とも関係がない。政治は3000―4000年前からほとんど向上していない。この先も人間は光輝と衰亡、偉大な努力と翳りのまだら模様を縫ってなんとかお茶を濁してやっていけるだけなのかもしれない。そうした人間の悲しさをテーマにしたバーバラ・タックマン『トロイアからヴェトナムまで 愚行の世界史』(大社淑子訳、朝日新聞社、1987年)を拾い読みするお盆(8月盆)が近づいてきた。

(2024.8.10 花崎泰雄)

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合衆国憲法修正第2条

2024-07-15 23:53:42 | 国際

「規律ある民兵は、自由な国家の安全にとって必要であるから、人民が武器を保蔵しまた携帯する権利は、これを侵してはならない」。この条文が米国の憲法修正第2条に入れられたのは1791年のことである(『世界憲法集第3版』岩波文庫)。

1791年は日本の年号でいうと寛政3年、11代将軍徳川家斉の時代である。米国でも日本でも先込め式の単発小銃が使われていたころだ。米国で連発式の小銃が使われるようになったのは19世紀に入ってからである。

2024年7月13日の米国ペンシルベニア州バトラーで、元合衆国大統領で11月の大統領選挙の共和党候補者であるドナルド・トランプ氏が狙撃された。銃弾はトランプ氏の顔をかすめ、同氏は耳にけがをした。選挙集会に参加していた1人が巻き添えで死亡、2人が重傷を負った。使われた銃は殺傷能力の高いセミオートマチックのAR-15型ライフル。短時間に複数の銃弾を放った。狙撃者とトランプ氏の距離は100メートル以上あった。

この「7月の銃声」がこれから先の世界にどんな悪夢を呼び込むことになるのか。誰にもわからない。

トランプ氏の政治の舞台への登場が米国の分断をもたらしたのか、米国の分断を利用してトランプ氏が上昇気流に乗ったのか。歴史家の綿密な資料収集と分析が待たれる。

さて、ケネディ大統領が暗殺され、その弟のロバート・ケネディ氏も銃撃されて死んだ。レーガン大統領も銃撃されたが、負傷で済んだ。キング牧師も銃で撃たれて死んだ。ジョン・レノン氏も銃撃されて死亡した。2022年5月に米テキサス州ロッブ小学校で生徒19人と教師2人が殺された銃撃事件をはじめ、公共の場所での銃乱射事件がアメリカでは多発している。

アメリカの銃撃事件の最大の原因は銃が身近なところにあることだ。そしてアメリカ人の相当部分が、銃撃による流血と死は合衆国憲法の1791年の修正条文を尊重し維持するための犠牲であるとの考え方を受け入れているからである。

(2024.7.15 花崎泰雄)

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なんとも人を食った話である

2024-04-27 01:34:30 | 国際

せんだってジョー・バイデン米大統領が遊説先のペンシルベニアで、第2次大戦に従軍していたおじが乗っていた軍用機がパプア・ニューギニアで墜落したが、彼の遺体は戻ってこなかった。あのたり人食いで知られたところだ、と話した。笑いをよぶための冗談のつもりだったのだろうが、判断力や注意力の劣化がうかがえる発言になってしまった。

第41代米大統領だったジョージ・ブッシュ・シニアはパイロットとして第2次世界大戦に従軍した。1945年の事だった。乗っていた軍用機が小笠原諸島の父島付近で日本軍に撃墜された。ブッシュ・シニアは海に落ち、米潜水艦に救助されたが、他の乗員8人は日本軍につかまった。日本軍が降伏した後、グアムで開かれた戦争裁判で、日本の軍人が8人の米軍人を殺し、その肉を調理して食べたとして有罪になった。5人の日本軍人が捕虜殺害と死体損壊の罪で死刑になった。

11世紀末、現在のシリアに攻め込んだ第1次十字軍の兵は、糧食が尽きたため、攻め込んだマアッラという町で、合戦で殺したイスラム教徒の死体から肉切り取って食べたと、キリスト教徒側とイスラム教徒側双方の記録に残っている。

18世紀のアイルランドは事実上イングランドの植民地で、カトリックのアイルランド人は英国教会のプロテスタントから差別的な扱いをうけ、民衆は貧困と食糧不足で苦しんでいた。『ガリバー旅行記』の著者・ジョナサン・スイフトは『貧民の子どもが親や国の負担となることを防ぎ、子どもを国家にとって有益な存在に変えるための穏健な提案』という論説を書いた。生まれた嬰児を育て、食べごろの1歳になったら、食用肉として富裕層に売る。シチューにして良し、ローストして美味、フリカッセもイケける――スイフトの憤りがほとばしる驚愕の風刺である。

ところで、英国の議会が先ごろ難民認定の申請を目的に不法に入国した人々をアフリカのルワンダに強制的に移送する法案を可決した。英政府はルワンダ政府に対して、円滑な受け入推進のために460億円相当を援助した。

(2024.4.27 花崎泰雄)

 

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台湾の選挙結果

2024-01-15 23:29:15 | 国際

2023年の暮れ、北朝鮮のキム・ジョンウン労働党総書記が、韓国は統一の対象から敵対的な交戦国になった、との認識を公にした。朝鮮戦争で戦った敵同士で、現在は長い休戦ラインをはさんでにらみ合う仲だ。再び砲火を交え、相手を屈服させて統一する以外に見通しが立たない現在、統一の対象と交戦の相手という認識には大きな食い違はない。ただ、北朝鮮にとって韓国は戦争の対象国であるという言い方には、矢継ぎ早にミサイルを打ち上げ、ロシアに兵器を融通している北朝鮮の血気盛んぶりが滲んでいる。あるいは、こういう言い方で国民を緊張させる必要があるほど、民の生活の困窮が切羽詰まっている可能性もある。

中国は、台湾は中国の不可分な一部であり、台湾問題は中国の内政問題であるという。諸外国が台湾問題に口をはさむことに神経質になっている。台湾問題で譲歩の姿勢を見せれば、チベット族やウイグル族を元気づけることになり、それが中国共産党指導部のヒエラルキーを揺るがすことになり、ひいては最高指導者の権力の陰りにつながりかねないと心配している。

現在の中国の富は、一党制による強引な指導と、安い労働力を求めて中国に進出した外国資本・技術の合作である。権威主義政権下で人民を抑え込んで達成した豊かさだった。したがって一足先に豊かになっていた香港に対する仕打ちは、西欧風の政治プロセスになれていた香港市民にとっては、迷惑なことでしかなかった。それをちょっと離れた台湾から見ていた台湾市民は、香港の悪夢が台湾で繰り返されることを恐れた。

イギリス下院の外務委員会が2023年8月に公にした報告書の中で、台湾は独立国としての要件のほぼすべてを持っている、と見解を述べた。報告書は次のように述べていた。①台湾はすでに独立国家である②領土と領民を持ち、政府を持ち、諸外国と外交関係を結ぶ能力を持っている③台湾に欠けるものはより広範な国際的認知だけである。何をいまさら、という感じの認識である。台湾は中国を代表して国連の常任理事国だった。中国が台湾にとって代わって代表権を獲得、常任理事国になったのは1971年の事である。

国共内戦で敗北した蒋介石と国民党軍が台湾に逃げ込んできた。1949年の事である。蒋介石の抑圧に耐え、台湾の人たちは民主的な政治制度を築きあげた。そのような民主化のモデルが権威主義的な中国に飲み込まれるのはもったいない気がする。

中国の指導部は中国と台湾の統一は歴史的必然であるというが、現在の台湾人にとって、歴史的必然よりも、豊かな経済生活と個人の自由を踏みにじらない社会の存続が優先する。

中国に対して距離を置こうとする頼清徳氏の総統選勝利と、立法院選挙での民進党の過半数割れが興味深い。中国とは距離を置き、同時に蔡英文政権下の内政への不満が現れた選挙となった。

(2024.1.15 花崎泰雄)

 

 

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台湾総統選挙

2024-01-08 18:44:51 | 国際

今週末の1月13日土曜日は台湾総統選挙の投開票日である。民進党の頼清徳氏が、一歩リード、国民党の侯友宜氏と民衆党の柯文哲氏が追っている。世評ではそういう観測が流れている。

朝日新聞の1月8日付朝刊が総統選挙の特集を組み、状況を伝えている。これといって息をのむような驚きはないが、小さく添えられた「有権者の関心事は?」という豆データが面白かった。昨年12月6日に発表された台湾メディア『鋒燦』の調査データである。①調査対象者の74パーセントが「経済」に関心があると答え、②42パーセントが「内政」、③中台問題と答えた人は39パーセントだった。

2023年は中国がいつ台湾に武力侵攻するかで米国発(主として米軍筋)の情報が世界を駆け回った。そらきたとばかりに、日本の防衛筋は自衛隊を南西にシフトさせ、アメリカから兵器を買うための予算増を発表した。朝鮮戦争を機に日本の戦後復興が軌道に乗り、ベトナム戦争が韓国経済を加速させたという朧げな記憶をたよりに、台湾危機でひと儲けし、それが右肩下がりの日本経済のためのカンフル注射になればなあ、と淡い期待を持つ資本とそのとりまきの政治家が「台湾有事は日本の有事」と騒ぎ出した。「ドナルド・トランプはアメリカの民主主義の破壊者だ。アメリカの民主主義が壊れると、日本の民主主義も崩壊する」などとうわごとを言う政治家は日本といえども少ないだろう。票も寄付もふえないから。

それを思うと、「まず経済、次に内政、それから台中問題」とする台湾市民のさめた感覚が新鮮に感じられる。習近平の時代はやがて終わる。それまでは大陸の情勢を注視し、めったなことでは妄動せず、彼が去るのをしばし待て、という気分なのだろう。

去年から中国ロケット軍の汚職騒ぎが伝えられてきた。直近のニュースでは(アメリカ発の情報だが)ロケット軍はロケットに燃料ではなく水を注入し、軍費を私していた疑いがもたれているとのこと。水鉄砲では台湾に攻め込めない。

(2024.1.8 花崎泰雄)

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師走の黄昏

2023-12-02 22:25:07 | 国際

日本時間で12月1日、ガザで戦闘が再開した。人道的戦闘中止は1週間ほどで終わり、その先の延長交渉に失敗した。天井のない監獄のガザが、塀の中の瓦礫置き場と墓地になる日が近づいてくる。

ハマスがイスラエルにロケット弾を撃ち込み、戦闘員がイスラエルから人質をガザに連れて帰ったことが発端だった。イスラエルはガザ地区北部を空爆し、地上部隊を送り込んでハマスの戦闘司令部を探した。だが、地下トンネルは空っぽ。攻撃された病院では入院患者や嬰児、避難してきた住民らが死んだ。攻撃の理由だった病院地下の司令部については、その存在をイスラエル軍は世界に示すことができなかった。

ベトナム戦争を思い出す。米軍は戦略村、索敵殲滅、ボディー・カウント、カンボジア侵攻などなど珍奇な戦術を尽くしたが、結局のところ、中国と折り合いをつけて、ベトナムから敗退するしかなかった。ベトナム南部の農村で暮らす人びとを、南政府側の農民、南ベトナム民族解放戦争のシンパの農民、北ベトナムから潜りこんでいる兵士に分別するのは難しかった。手をやいた米軍は農民の集落を焼き、時に住民を殺し、ベトナムの森林に枯葉剤を撒いた。

米中国交やベトナム和平の協議で活躍(または暗躍)したヘンリー・キッシンジャー氏が11月29日死去した。享年100歳。米国がその軍事力を背景に、ベトナム、カンボジア、チリと世界の出来事に介入し、反ソ連の旗を掲げる米国の利益をめざして外交を繰り広げることができた時代だった。ジョゼフ・ナイ・ハーバード大学名誉教授はForeign Affairsのために書いた追悼文 “Judging Henry Kissinger: Did the Ends Justify Means?” に、ボストンで開かれたキッシンジャーを囲む会の会場で、聴衆の一人がキッシンジャーに向かって “war criminal” と叫ぶ声を聴いたと書いている。かつてキッシンジャー氏が大統領補佐官になるために、ハーバード大学を去ってワシントンDCに向かったとき、学生たちが「もう帰ってこないで」と書いたパネルを抱えて見送った、という記事を新聞で読んだ記憶がある。とはいえ、ナイ氏のキッシンジャー外交の評価は、キッシンジャー外交のモラルの逸脱と彼が成就した世界の平和をはかりにかけると、功績の方が多かったとした。ドイツ出身の国際政治学者キッシンジャー氏も、ハンス・モーゲンソー氏もナショナル・インタレストの追及が外交の目的であるとするリアリストだった。2人ともドナルド・トランプ氏風の “America First” の思考を、国際政治学のレトリックを用いて、ちょっと上品に説明した。

日本駐留の米軍のオスプレイが11月29日に屋久島沖に墜落した。新聞報道によると日本政府は米国にオスプレイの飛行中止を正式に要請したが、米国防総省は公式の中止要請は受けていないと発表した。墜落したオスプレイの捜索のために沖縄からオスプレイが飛来し、奄美空港に着陸、燃料を補給して現場近くの海に向かった。日米地位協定第5条によって、米軍の航空機や船は入港料や着陸料なしで日本の港や飛行場を利用できることになっている。

日本政府は日本の14の空港と24の港湾を自衛隊など(つまりは米軍も)が使いやすいようにするために設備を改良する計画をしている(11月27日朝日新聞朝刊)。有事の際の部隊展開などのための施設の強化が目的で、滑走路を延ばし、海底を浚渫して空港・港湾の民間と軍の共用を進めるという。中国と台湾の関係が緊張する中で、日本の安全保障の「南西シフト」にそって、九州から沖縄にかけての空港や港湾が共用化の候補にあがっている。朝日新聞によると、38施設のうち約7割の28施設(14空港、14港湾)が該当する。同紙は「ジュネーブ条約上、自衛隊と民間会社が共用する空港や港湾を敵国が攻撃しても、敵国は条約違反に問われない。民間人を『人の盾』にしたとして、日本側の戦争犯罪が問われる恐れがある」という専門家の見方を紹介している。自民党の安全保障信仰がもたらした錯覚だ。もし中国の台湾武力侵攻が始まったら、戦いが日本に波及するだろうという「台湾有事は日本有事」説があり、南西シフトによる空港・港湾の民軍共用は攻撃する側にとっては便利なエクスキューズになる。自民党は政権の座に長居しすぎて、議員の才覚の縮小再生産が進んでしまった。

加えて、自民党の派閥、特に安倍派が政治パーティー券の売りあげで裏金を作り出しているとの新聞報道があった。暮れのボーナス時の話題になっている。パーティー券販売ノルマを超えた分の金額のキックバック、あるいはノルマを超えた分を売り上げた議員があらかじめ天引きし、ノルマ分だけを派閥におさめるなどの裏金作りの手口が報道されている。東京地検特捜部が調査を始めているそうだ。闘争心が希薄になってきている野党だが、ここは奮起の時である。

(2023.12.2 花崎泰雄)

 

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独裁者

2023-11-18 23:10:50 | 国際

サンフランシスコで開かれたAPEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会議を機に、バイデン米大統領と習近平中国国家主席が会談、続いて岸田文雄日本国首相と習近平主席が会談した。米中2国間の神経戦が一息つき、日中間の反目もこれ以上の拡大を抑えるという雰囲気がうかがえた。

ところが、バイデン大統領は習主席との会談後に記者会見し、記者から習主席を独裁者とよぶかと尋ねられて、「我々と全く異なる政府形態に基づく共産主義国を統治するという意味では、独裁者だ」と答えた(11月18日付朝日新聞朝刊)。ロイター通信によると、バイデン大統領は英語でこう言った。"He's a dictator in the sense that he's a guy who runs a country that is a communist country that's based on a form of government totally different than ours."

中国共産党の中央政治局常務委員会は7人で構成され、事実上、中国の政治を取り仕切っている。その常務委員会を動かしているのが習近平総書記だ。

バイデン米大統領は過去にも習近平氏を独裁者と評したことがある。TVで放映されるバイデン大統領の姿を見ると、さすがに老いは隠せず、歩行にもどこか不安定な印象を受ける。とはいえ、習近平氏を米国とは政府の形態が異なる共産主義国家を統治しているから独裁者である、という物言いにはデリカシーに欠けるところがある。米国と中国では政府の形が異なっているという程度にして(たとえば、He's  a guy who runs a country that's based on a form of government totally different than ours.)、記者の質問をかわすしなやかな身のこなしがあってよかった。とはいうもの、アメリカを始め、昨今の日本でも、習近平主席を中国の独裁者とみなす人が増えてきている。

バイデン氏は11月20日で81歳になる。アメリカの中国史の大家だった故J.K.フェアバンク教授が80歳を超えてから書き上げた『中国の歴史』(大谷敏夫他訳、ミネルヴァ書房)で、教授は次のように書き残している。

中国共産党の背後には世界の最も長く成功した独裁政治の伝統が存在している。中国は代議民主主義政治抜きで経済の近代化を成し遂げようと努力している。フェアバンク教授は1992年に出版された『中国の歴史』の序論でそのように書いた。それから30年後の2023年の現在、中国は同じ政治体制を維持し、その下で富と軍事力を蓄積した。世界政治の主導権をめぐって米国を激しく追い上げている。

そして同書巻末の「結び」でフェアバンク教授はため息まじりに次のように言う。米国は人権が何よりも必要だと中国にアドバイスすることはできるが、「しかし、我々が自分たちのメディアの暴力や麻薬や銃の産業を適切に抑制することを通じて手本を示すことができるまでは、中国に我々と同じようになりなさいと勧めることなどできるものではない」。米国の対中国説得力は1990年代から変わっていない。

多くの米国市民がこのフェアバンク教授の指摘に気づいている。だからといってバイデン大統領がフェアバンク教授風のコメントを口にすれば、支持者が離れてゆく恐れがある。「習近平は独裁者だ」という代わりに「我々と全く異なる政府形態に基づく共産主義国を統治するという意味では、独裁者だ」と持って回った言い方をしたのだ。

(2023.11.18 花崎泰雄)

 

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ガザの埋葬

2023-10-29 21:59:31 | 国際

10月29日の新聞に、国連が27日に総会を開き、イスラエルとハマスの軍事衝突について「人道的休戦」を求める決議案を採択した、という記事が載っていた。ただし、総会決議には拘束力がない。イスラエルとハマスは戦闘を継続している。

イスラエルの空爆でガザの建物は破壊され、死者が増えている。あちこちのメディアがガザ地区の死者は1万人に迫ろうとしている、と伝えている。断片的に紹介される瓦礫だらけになったガザの様子を見ると、やがてイスラエル軍が地上進攻を始めれば、そこは死者を万単位で数える修羅場になるだろう。「集団墓地、身元不明の遺体、満杯の墓場――戦争がガザの人びとから葬礼を奪った」というAP通信の記者のレポートをインターネットで読んだ。

https://apnews.com/article/palestinians-israel-graves-gaza-morgue-dead-9b0349ae914e33492c049430e6649c53https://apnews.com/article/palestinians-israel-graves-gaza-morgue-dead-9b0349ae914e33492c049430e6649c53

書いたのはIsabel Debre と Wafaa Shurfaの2人。Shurfaはガザ地区内から、Debreはエルサレムからの報告である。

記事のあらましは次のようだ。10月7日の戦闘開始以降、ガザ保健当局によると7700人以上のパレスチナ人が空爆で死んだ。うち300人が身元不明だ。1700人が瓦礫の下に埋まったままだ。来る日もくる日も、毎日何百人もが死んでいる、とパレスチナ難民担当の国連職員が言う。墓地に埋葬のための空間がなくなったため、古い墓を掘り起こして過去の遺骨を出して、そのあと墓穴をさらに深く掘り下げて埋葬のためのスペースを作っている。ガザの行政当局も、集団墓地を掘っている。空爆で死者が続出して、病院の霊安室が死体で一杯になる。病院は次の姿態の安置のために、前の死体を身元確認ができないまま、埋葬に回す。ガザの人たちは万一の時の身元確認のために、ブレスレットをつけたり、手に名前を書いたりしている。「何かをしようとしても、ここには時間も空間もない。できるのは大きな墓穴を掘り遺体をうめることだけだ……埋葬前に遺体を洗い、着替えをさせる事も出来ないし、弔問客にしきたり通りのコーヒーやデーツをふるまうこともできない。イスラムでは葬儀に3日かけるが、ここではそれも守れない。弔いが終わる前に人々は死んでしまうからだ」と難民キャンプの人が言う。

         *

かつてプラハを訪ねた時、旧ユダヤ人地区の旧ユダヤ人墓地を見学したことがある。プラハの市街地の狭い一画にある歴史遺跡で15世紀から400年ほどユダヤ人の墓地だった。狭い墓地だったので、古い遺体の上に新しい遺体を埋め、その上にもっと新しい遺体を埋葬した。墓は10層以上に重なっている。それに似た埋葬がいま、狭いガザの中で行われている。

(2023.10.29 花崎泰雄)

 

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アウトポスト

2023-10-21 21:41:19 | 国際

バイデン米大統領は先日イスラエルを訪問したさい、イスラエルのリーダーたちに向かって言った。「あなた方は孤立してはいない。アメリカがある限り、あなたたちを孤立させることはない」

ワシントンD.C.に戻るとバイデン大統領は議会に対して、イスラエルとウクライナに対する軍事支援のために合わせて1000億ドル以上の予算を請求すると表明した。

国連安全保障理事会では、議長国であるブラジルが提出したイスラエルとハマスの武力衝突を人道的な観点から一時停止することを求める決議案の採決にあたって、常任理事国である米国が拒否権を行使した。

ジョセフ・ナイは『国家にモラルはあるか?』(早川書房)で、「諸国家にとって、生存する最善の道は、可能な限り強力になることだ。そのために無慈悲な政策の追求が必要になったとしても、生存が国家の最高の目的であれば、ほかによりよい方法はないのだ」というジョン・ミアシャイマーの言葉を引用し、リアリストが描く思考の世界地図は実に荒涼としていると嘆いている。ナイは同書の中で、ウィンストン・チャーチルが1940年にフランス海軍の艦隊がヒトラーの手に落ちるのを防ぐため、フランス艦隊を攻撃し、1300人のフランス兵を死なせた故事を例に挙げている。

また、Walter LaqueurのA History Of Zionismには、1940年11月にハイファ港に入ってきたユダヤ人移民を乗せた船・パトリア号が、シオニズムの武装組織ハガナによって爆破され、250人以上が殺されたという記述が載っている。パトリア号でパレスチナにたどり着いた移民は、イギリス当局によって不法移民と判断され上陸が許可されず、パトリア号は移民を乗せたままモーリシャスに向かうよう指示された。ハガナは船が航行できないようにするためパトリア号に爆弾を仕掛けたが、爆薬の量を間違えて、船を大破させてしまった。

以上の例を、戦争につきもののfriendly fire (友軍の誤射)ととらえるのか、国家生存のための無慈悲な政策追求と考えるのか、深刻な議論を重ねても結論に達するのは難しいだろう。

では、米国がイスラエルに寄り添うのは何故か? 米国の世論形成にユダヤ系人口の影響が強いからか? ユダヤ系人口からの政治資金が多いからか? 米国の大統領選挙では、福音派の票の動向が重要であり、福音派はなぜかイスラエルに親近感を抱いているせいなのか?

米国のホワイトハウスのホームページを開くと、10月18日にバイデン大統領がイスラエルで行ったスピーチのテキストが載っている。その中で、バイデン大統領はこう言っている。「仮にイスラエルという国がないとすれば、我々はそれを創らねばならない」(Remarks by President Biden at Community Engagement to Meet with Israelis Impacted or Involved in the Response to the October 7th Terrorists Attacks | Tel  Aviv Israel)。

バイデン氏の言葉を政治的リアリズムの見地から考えると次のような説明になる。アラブ世界にイランが影響力を強めようとしている。ロシアもソ連時代に中東に影響力を広げようとした。ロシアはシリアに強い影響力を持っている。アラブ世界はなお流動的だ。そうしたアラブ世界の中にぽつんと置かれたユダヤ国家イスラエルは、米国の世界戦略にとって重要なアウトポスト(前哨基地)である。イスラエルの情報組織モサドはCIAにこの地域の情報を流してくれる。また、イスラエルの重武装は、イランをはじめとするムスリム国家・勢力に対する警告・脅しとして役立ち、地域の安定に寄与する。それによってこの地域での米軍の負担が軽減できる。米国の指導層はそう考えている。

(2023.10.21 花崎泰雄)

 

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国家とテロリズム

2023-10-14 23:44:03 | 国際

パレスチナ自治区のガザ地区を支配するハマスがイスラエルに対してロケット弾攻撃を開始、ハマスの戦闘員がイスラエルの町を襲撃した。ハマスの戦闘員たちはイスラエルから人質をガザに連れて行った。これに対してイスラエル軍はガザ地区を空爆した。イスラエル兵をガザに送り込み、地上戦でハマスの戦闘員を粉砕する準備を進めている。10月7日から始まったハマスとイスラエル軍の戦闘がハマスとイスラエルの戦争に拡大している。

米国、EU、イギリス、カナダ 、 オーストラリア、日本、 イスラエル はハマスをテロ組織に指定している。米国防長官は空母打撃郡をイスラエル沖に向かわせた。同時に、バイデン大統領がブリンケン国務長官をイスラエルに派遣した。ワシントン・ポスト紙やCNNによると、ブリンケン氏はテル・アビブで、「アメリカ合衆国国務長官としてだけでなく、一人のユダヤ人としてここに来た」「アメリカは常にあなたがたの側だ」と発言した。

古い話だが1963年にジョン・F・ケネディ大統領が西ベルリンで “Ich bin ein Berliner”とドイツ語で西ベルリン市民に寄り添う演説をした。Ich bin ein Berlinerは、英語のI am a Berlinerのドイツ語訳だが、ドイツ人にとってBerlinerはジャム入りドーナツも意味し、ドイツ人が私はベルリンっ子という場合はIch bin  Berlinerと不定冠詞抜きで語る。ケネディ氏は、私は1個のジャム入りドーナツだ、と言ったのだと茶々を入れる報道もあった。いやいや、西ベルリンのドイツ人がein Berlinerというと文法的に不自然だが、アメリカ市民が西ベルリンの市民の列に加わるという意思表示をする場合はIch bin ein Berlinerでいいのだ、という学者の意見も出て、メディアを賑わした。ブリンケン氏の「一人のユダヤ人として……」という発言で思い出した話である。

ところで、イギリスのBBCが報道の中立・公正の立場から、ハマスに「テロリスト」の“冠詞”をつけないと表明した。ハマスをテロ組織と呼ぶスナク政権とBBCの間に緊張が走っている。

これもまた、少し古いことになるが『帝国との対決――イクバール・アフマド発言集』(太田出版、2003年)に興味深い話が書かれているのを思い出した。イクバール・アフマドは「テロリズム――彼らの、そして、わたしたちの」で次のようなことを書いている。

1930年代から1940年代初期まで、パレスチナのユダヤ人地下組織は「テロリスト」と記述されていた。1944年ごろまでにはホロコーストに対する同情が西欧圏に広がり、テロリストのシオニストが「自由の戦士」と呼ばれるようになった。ノーベル平和賞を受賞したメナヒム・ベギン氏(イスラエル首相)はかつてそのクビに10万イギリス・ポンドの報奨金がかけられたテロリストだった。レーガン米大統領はソ連軍と戦うアフガニスタンのムジャヒディンをホワイトハウスに招いた。ソ連と戦っていたころのオサマ・ビン・ラディンも米国の友人だった。

テロ行為に対する道徳的嫌悪感は相手次第で変わる。公的な非難の対象になっている集団のテロ行為は糾弾され、政府が是認する集団のテロ行為は称賛するよう、私たちは求められる。これがイクバール・アフマドのメッセージの一つである。昔々、マックス・ウェーバーが『職業としての政治』で「心情倫理」「責任倫理」の対立を指摘した。ハンス・モーゲンソーは『国際政治――権力と平和』で、個人であれば、正義を行わしめよ、たとえ世界が滅ぶとも、といえるが、国家にはそのように主張するいかなる権利もない、とウェーバーの議論を敷衍した。

このような考え方が現在の国際政治の動向を決めている。マックス・ウェーバーの言った心情倫理と責任倫理の考え方の亀裂は埋められないままだ。国際政治は18世紀から19世紀にかけてのプロイセンの将軍クラウゼビッツの「戦争は他の手段による政治の延長」という考え方に毒されている。ハンナ・アレントは『暴力について』でクラウゼビッツ流の考え方を時代遅れと指摘し、サハロフの「熱核戦争を他の手段による政治の延長と考えるのは不可能だ」という言葉と対比させている。

国家としてのイスラエルは世界情勢の混乱の中で誕生した。英仏露は第1次大戦中にサイクス・ピコ協定でオスマン・トルコの領土の分割を決めた。イギリスはマクマホン協定でアラブの独立を約束し、一方で、バルフォア宣言でユダヤ人のパレスチナ復帰と建国を認めた。1930年代のナチス政権は一時期ユダヤ系人口のドイツ国外移住を進めた。シオニストのリーダーの中には、パレスチナにユダヤ人を移住させるための職業訓練キャンプをナチスと共同でドイツ国内にi設立した者もいた。この準備を進めたナチス側の担当者がアイヒマンだった。

英語の「テロリズム」の語源はフランス語で、18世紀のフランス革命期のジャコバン党がロベスピエールの独裁の下で行った恐怖政治から派生している。

 

(2023.10.14 花崎泰雄)

 

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!?デジタル・コネクティビリティ?!

2023-09-09 22:57:51 | 国際

岸田文雄・日本国首相がインドネシアのジャカルタで開かれたASEAN関連の東アジア首脳会議に出席し、李強・中国首相と立ち話をした。白眼視し合っている2国の首脳が15分間ほどの立ち話で何を語り合ったのか。日本の新聞やテレビの報道では詳しいことはわからない。中国からのレポートでも詳細は分からない。報道に値するような両国間首脳の意思疎通がはじまりかけたのかどうか、いまのところ何とも推測しようがない。とはいえ、2人がそっぽを向いてすれ違ったわけではなく、立ち話しすることに同意し合ったわけだから、それなりにめでたいことかもしれない。

東京は天候不順だったので家にこもっていた。退屈しのぎに、福田首相がASEANインド太平洋フォーラムで行った selamat pagi で始まり terima kasihで終わる短いスピーチを、首相官邸のインターネット配信映像で見た。岸田首相はこのスピーチで「コネクティビリティ」という聞きなれないカタカナ語をつかっていた。(https://nettv.gov-online.go.jp/prg/prg27259.html

なんだろう、これ。疑問に思って首相官邸や外務省のホームページを見ると、 “Japan-ASEAN Comprehensive Connectivity Initiative”  (日本―ASEAN包括的連結性イニシアティブ) がこの日の岸田スピーチのテーマだった。首相のために用意されたテキストでは「日本―ASEAN包括的連結性イニシアティブ」と書かれていた。ただ、一か所だけ「デジタル・コネクティビティ」という言葉が使われていた。岸田首相はスピーチでこの「コネクティビティ」を「コネクティビリティ」と読んでしまったようだ。(https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100548764.pdf)

凡ミスのようでもあり、スピーチの中心テーマの理解に手抜かりがあった深刻なミスでもある。「デジタル技術の連結性」とテキストに書き、きちんとした用語は専門家の通訳に任せればよかった。スピーチのテキストを書いた側近の失策でもある。

ふと思い出したのが米国大統領だったブッシュ(子)氏の国連演説草稿。(https://jp.reuters.com/article/idJPJAPAN-28062720070926

                                    *

ちなみに、日本がASEANと連結性をもたせる分野は①交通インフラ②デジタル・コネクティビティ③海洋協力④サプライチェーンの強靱化⑤電力の連結性⑥人・知の連結性であると岸田氏は力説した。

(2023.9.9 花崎泰雄)

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水掛け論のその先は

2023-09-02 21:48:24 | 国際

野村農林水産大臣が東京電力福島第一原発の処理水を「汚染水」と言ってしまった。8月31日の事である。9月1日付朝日新聞朝刊によると、岸田首相が野村農水相の発言について謝罪し、農水相に発言の撤回を指示した。野村氏は「言い間違った」と陳謝した。

国連は8月24日のUnited Nations News で、 “Japan has begun discharging treated radioactive wastewater from the disabled Fukushima Daiichi Nuclear Power Station into the Pacific Ocean, 12 years on from the major meltdown there, the International Atomic Energy Agency (IAEA) confirmed on Thursday. “ と表記している。「処理済み放射能廃水」を短くして日本政府は「処理水」と表現を統一した。中国政府や日本共産党のように「汚染水」と呼ぶ勢力もある。

日本政府と東京電力は「処理水」を次のように定義している。「トリチウム以外の核種について、環境放出の際の規制基準を満たす水」。処理水にはトリチウムが残っている。日本政府(復興庁)のサイトには、浄化処理を重ねてもトリチウムを除去できないが、海水で希釈することで「トリチウムも含めて規制基準を満たすようになります。この処置によってトリチウム以外の放射性物質もさらに希釈されることとなるため、より安全性を確保することが可能です」とある。ということは、ALPSを使ってもトリチウム以外にも除去できない放射性物質が微量ながら残っているわけだ。そこで中国は、普通の原子力発電所が放出する冷却用の水と、原子炉内で燃料デブリに触れた福島の水は性格の違う水であるとして、日本政府の言う「処理水」を「汚染水」とよぶ。日本共産党の志位委員長は①アルプスで処理した水にトリチウム以外にセシウム、ストロンチウムなどの放射性物質が基準値以下とはいえ含まれていることを政府も認めている②漁業者など関係者の理解なしにはいかなる処分も行わないとする約束に違反する、などの理由をあげて「汚染水の海洋放出を中止せよ」と表明していた。

処理済み放射能廃水の安全性の議論や海洋放出の安心・不安の議論の手間をさけて、中国が日本産水産物の全面輸入禁止に踏み切ったのは日本に対して外交的な圧力をかけたかったからだ。

中国が日本や米国と国交を樹立した1970年代、中国はまだ貧しい国だった。中国が米国や日本に接近したのは隣国のソ連に脅威を感じていたからだ。同時に中国は、米国の影響力が東アジアから後退することも当時から望んでいた。経済力をつけた日本がアメリカの核の傘から出て、核兵器を持つのではないかと心配もしていた。経済力をつけた日本が再び1930年代のような侵略的な軍事国家になるのではないかという不安を抱いていた。そうした不安を感じながらも中国は資本主義国と結び、資本と技術を呼び込み、価格の安い製品を輸出して稼いだ。この時代の中国の政策は日本の明治政府の富国強兵策に似ている。中国は粒粒辛苦のすえ世界に通用する経済力と、米国に太刀打ちできる軍事力を獲得した。「能力を隠し時を待つ」中国指導部の政策が功を奏し、いまでは中国共産党と人民解放軍の幹部が、世界に対して中国対して敬意を払うように求めるようになった。大国になるというのはそういうことであり、それによって中国人民の共産党の政権維持が強まり、結果として党首である総書記の在任期間が自在に延長できるようになった。

一方で日本は2010年代の安倍政権時代に保守的なナショナリズム路線を突っ走った。毛里和子『現代中国外交』(岩波書店、2018年)は、安倍晋三『新しい国へ――美しい国へ 完全版』(文春新書、2013)で安倍氏が述べた「外交交渉の余地などありません――尖閣海域で求められているのは、交渉ではなく、誤解を恐れずに言えば物理的な力です」という言葉を引用し、安倍にとっては「積極的平和主義」とは力を行使する安全保障であり、武力放棄は消極的平和主義にすぎない、と評している。現在の岸田政権も安倍氏の言った「力を行使する安全保障」の路線を進んでおり、防衛予算の積みましに余念がない。

富国強兵が進んだ中国は日本に対して強腰の態度をとるようになった。いまや、エコノミスト誌の特派員だったビル・エモットが『日はまた沈む』に書いた夕陽国家になった日本が中国相手に必死で突っ張っている。

福島の原発汚染水は地下水の処理が難しいので日ごとに増え続ける。汚染水を処理して海に流す作業はこれから30年も続く。中国の日本産水産物輸入禁止は短期間で収拾できないだろう。むしろ、突っ張り合った両国がさらに関係を悪化させる可能性がある。

(2023.9.2 花崎泰雄)

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