韓国のユン・ソンニョル大統領が内乱の容疑で逮捕された。逮捕状を出したソウル西部地裁に19日大統領支持派の人びとが乱入した。昨年12月にユン大統領が非常戒厳令を出して国会に軍隊を送り込んだとき、人々はあっけにとられた。政党間の勢力争いを戒厳令で打開しようとした「牛刀をもって鶏をさく」的なユン大統領の政治感覚は精神分析の対象になる事例と感じられた。これに対して、国会は大統領の戒厳令の解除を可決した。これを機に野党はユン大統領の弾劾案を可決、大統領の退陣と次の大統領選の早期実現へ激しく動いた。韓国の有権者は野党のあからさまな権力奪取の攻勢にうんざりしたのか、今年に入ってからの世論調査では、政党与党支持率と野党支持率が逆転、与党支持が野党支持を上回った。これに勢いを得た大統領支持派の一部が地裁に乱入し、ユン大統領を守ろうとする姿勢を誇示した。この一連のドタバタ劇の出発点は、ユン・ソンニョルという人物の特異な個性と的外れの政治感覚が作り出した「青天の霹靂」的パロディーだったが、今では本気の戒厳令に至りかねない雲行きになってきている。韓国憲法第77条は①大統領は戦時·事変又はこれに準ずる国家非常事態において兵力により軍事上の必要に応じ,又は公共の安寧秩序を維持する必要があるときは法律の定めるところにより戒厳を宣布することができる②戒厳は非常戒厳と警備戒厳とする.③非常戒厳が宣布されたときには法律の定めるところにより令状制度,言論·出版·集会·結社の自由,政府や裁判所の権限に関し特別な措置をすることができる④戒厳を宣布したときには大統領は遅滞なく国会に通告しなければならない.⑤国会が在籍議員過半数の賛成で戒厳の解除を要求したときには大統領はこれを解除しなければならない.と定めている。
一方、20日には米国でドナルド・トランプ大統領の就任式が行われる。トランプ新大統領は選挙中から「タリフマン=関税男」を名乗り、新聞報道によると中国産品に60%、中国企業によるメキシコ産自動車に100%、全世界からの輸入に一律10%の関税をかけると表明してきた。
アジア経済研究所の予測では、米国が中国からの輸入品に60%、全世界からの輸入品に一律10%の関税をかけた場合、米国のGDPは1.9%減り、中国のそれは0.9%減る。日本やASEAN諸国のGDPには大きな影響はないが、世界のGDPは0.5%減る。
高い関税をかければ輸入する国では商品の売れ行きが落ち、輸出元では商品の生産が落ちる。高い関税を課せられた方は、報復関税を決意する。関税ごっこはやがて非生産的なシーソー・ゲームに入り込み、両者が不自由な思いをするようになる。
20世紀末、日本と米国は農産物自由化をめぐっていわゆる「牛肉・オレンジ戦争」を始めた。米国はアメリカの牛肉やオレンジの対日輸出増をねらい、日本は国内の畜産農家やミカン農家守ろうとした。農業への配慮を優先しすぎると、工業製品である自動車の輸出が伸び悩む。日本政府は苦慮の末、アメリカと日本の外交体力の違いもあって農産物輸入自由化を決意した。
これから4年間のトランプ政権下で、米中の関係はどうのように推移するのだろうか。米国では通商に関する決まりは関税率も含めて議会の承認が必要だ。大統領令だけで関税率を決められるのは限定的な条件と期間に限られる。関税によってMAGA(Make America great again)を実現するのは関税男の一存だけでは困難だろう。関税引き上げが遠因となって米国経済が萎縮することもありうるのだ。
20世紀後半には効率を最大化する意思決定者の行為を研究する方法として経済学の合理的選択論が政治学研究に転用されもてはやされた。経済学においては効率の最大化は収益の最大化であるが、政治の分野での合理的選択とはいったい何を意味するのだろうか。米国経済を傷つけてでも中国に圧力をかけるのが合理的だろうか。「肉を切らせて骨を断つ」。アメリカはそれほど中国を恐れているのだろうか。
超大国アメリカの衰退傾向が言われてからもう長い時間がたっている。これから4年間、トランプ米大統領が不動産業者ではなく政治指導者として発想し、選択し、実現させようとする合理的選択が、果たして誰を幸いにするのか、興味深い観察ができそうである。場合によっては関税がMake America gloomy againにつながることもありるだけに。
(2025.1.19 花崎泰雄)