日本銀行がマイナス金利を採用した。市中銀行が日銀に預けている大量の円を引き取らせるためである。引き取った金を市中銀行が企業に融資し、企業がその金を設備投資に回すよう誘導することで、景気回復をねらおうという腹である――とメディアが解説していた。息切れしているアベノミックスへの何度目かのカンフル剤であるが、効き目は多分、当座しのぎだろう。安倍政権としては、この夏の参議院選挙までもてばよいとの腹であろうが。
2016年1月12日の英紙・フィナンシャル・タイムズのチーフ・エコノミクス・コメンテイター、マーティン・ウルフ氏の記事を、同紙を買収した日経新聞が転載した。
ウルフ氏の記事によると、①アベノミクスの3本の矢は日本経済の再生につながらない②日本経済の不振の原因が何であるかをアベノミクスの推進者たちは理解できていない③ 真の問題は民間需要の弱さにある。その表れが民間部門の巨額の資金余剰、すなわち民間投資に対する民間貯蓄の超過だ、という。
従って、ウルフ氏によれば、やるべきことは、民間部門の慢性的な貯蓄過剰に真正面から切り込み、日本企業の過剰な内部留保を賃金と税に移していくことが、最終的に、構造的な貯蓄過剰の解消につながる、という見立てである。
要するに「供給でなく需要が重要なのだ、愚か者」ということだ――とウルフ氏は記事で言う。
経済見通しは十人十色、人によって言うことが異なるので、別の新聞では別の経済評論家や経済学者が別の意見を述べていることだろう。
だが、金はある所にはあまりあるほどあり、ないところには、逆さにしても鼻血も出ないほどないことは、よく知られたことだ。
最近、オクスファム(Oxfam)が発表した資料 "An Economy For The 1%" によると、①世界の人口の1パーセントの金持が残り99パーセントの人々の富を合計したより多くの富をためこんでいる②金持が世界中のタックス・ヘイブンに隠している金が7.6兆ドルに達する③金持上位62人の富が人類の底辺にいる36億人の富に匹敵する。2010年には388人だった④62人の富は過去5年間で45パーセント増えた⑤底辺の人々の民は38パーセント減った。
「収入と富は、トリクル・ダウン(trickle down)どころではなく、危機的な速度で上部に吸い上げられている(sucked upwards)」とオクスファムの資料は言う。
アメリカの大統領選挙で、民主党候補選びでヒラリー・クリントン氏に肉薄しているバーニー・サンダース上院議員はアメリカの上位0.1パーセントの人々が、下位90パーセントの人々の富を合わせた額に相当する富を所有していることは、どこかに重大な誤りがあり、このシステムをかえなければならない、と主張して45歳以下の民主党支持者からクリントン氏に倍する支持を取りつけている。
日本も世界も状況は同じ。「企業の内部留保を賃金と税金に」とウルフ氏は助言するが、日本の誰が、いつ、どうやってそれをやるのか、という話になると、実現性に乏しい。
『ヌガラ――19世紀バリの劇場国家』で有名な文化人類学者クリフォード・ギアツによれば、バリの王族は死後、盛大な火葬をお祭りのように行うのがならいだった。金に糸目をつけず葬儀を行うことで王の権威を誇示した。一方で、盛大な火葬はその葬儀費用の支払いという形で、王家に貯まった資産を人民に還流させることになるという、副次的な経済効果をともなった。貯めるだけでなく使うことが重要なのだ、愚か者。
(2016.1.31 花崎泰雄)