Podium

news commentary

それぞれのリーダーシップ

2020-03-15 23:18:04 | 国際

朝日新聞の記者が「あっという間に世界中を席巻し、戦争でもないのに超大国の大統領が恐れ慄(おのの)く。新コロナウイルスは、ある意味で痛快な存在かもしれない」とツイッターに投稿して批判を浴びた。勤め先の朝日新聞社は、「痛快」という表現は不適切であったとし、「ツイッターは記者個人の責任で発信していますが、こうした事態を招いたことについて、あらためておわびいたします。記者研修の強化などを通じ、ソーシャルメディアの適切な利用を進めます」とお詫びの記事を掲載した(3月15日朝刊)。新聞記事は出稿部門や紙面編集部門で各ゲートキーパーのチェックを経て印刷される。ゲートキーパーのいないツイッターの記事(ツイッターの文章が記事といえるかどうか、これまた議論のあるところではあるが)は筆者の個人的思い入れ・偏見・用語選択の稚拙などなどがチェックされることもなく世の中に出て行く。

それはともあれ、各国の指導者が新型コロナウイルス対策に苦心しているのは事実である。沈着な指導者、科学者としての冷静な判断を見せた指導者、慌てふためきつつも災いをもって我が福としようとているように見える指導者などなど、興味深い寸劇を見ることができる。

比較的評判の良かった指導者は、シンガポールのリー・シェンロン首相だった。彼は2月8日、国民に次のようなメッセージを送った

シンガポール国民は17年前にSARSを体験した。あの当時に比べると新コロナウイルスへの備えははるかに良く整っている。マスクや防具は十分にあり、新しい国立感染症センターをはじめとする洗練された医療態勢がある。ウイルス研究能力も進歩している。訓練を受けた医師や看護師がいる。心理的な面での備えも十分だ。備えは十分できている――とシンガポール首相はまず国民に安心を与えることを優先した。

ドイツのメルケル首相はヨーロッパに感染者と死者が急上昇し始めた3月11日の記者会見で、専門家の意見ではドイツ国民の60-70パーセントが感染する恐れがあるが、当面、我々にできるのは、治療薬や予防ワクチンが開発されるまでの時間稼ぎだけだ、と冷厳な事実を国民に突きつけ、だからこそ一致団結してできる限りのことをやってみようではないかと訴えた。こうしたメルケル氏の科学的かつあけすけな物言いは、それまでコロナウイルスの脅威を矮小化し続けてきたトランプ大統領の下の米国の記者にとっては新鮮さがあったらしい。ニューヨーク・タイムズの記者は他国の指導者にはない歯切れの良さと書いた

米国の場合、トランプ大統領は早々と中国からの入国拒否を打ち出したものの、その後、米国内のウイルス検査態勢の不備を指摘する声を無視し続けた。米国で感染者と死者が爆発的に増えた3月13日、トランプ大統領は非常事態宣言を出した。コロナウイルス対策費500億ドルの支出と、欧州のシェンゲン協定加盟国からの米国への入国を拒否することを決めた。その宣言をめぐる記者会見で、トランプ大統領は検査態勢の不備についての記者からの質問に対して次のように答えた――私に責任はない。私は古い態勢を引き継いでいた。

   “I don’t take responsibility at all because we were given a set of circumstances and we were given rules, regulations, and specifications from a different time.”

このトランプ大統領のあきれた発言と、その嘘についてはニューヨーク・タイムズ紙が詳しい

日本では安倍首相が2月27日に専門家の意見も聞かず全国的な休校とイベントの中止を要請し、29日に記者会見をした。この模様は官邸サイトで見ることができる

約36分の会見時間の中で、首相が19-20分発言し、記者との問答は16-7分間だったという。質問できたのは、朝日新聞、テレビ朝日、NHK、読売新聞、AP通信の5記者だけ。「まだ質問があります」の声を振り切って、記者会見をおしまいにした首相のやり方については国会で野党が問題にした。会見終了の後20分ほどして首相が帰宅したことに触れ「そんなにいそいで帰りたかったのか」と蓮舫議員が参院予算委で首相に詰め寄った。

安倍首相には休校要請やイベント中止、新型コロナウイルス対策全般について、国民に何を訴えようとしているのか、記者と肉声でやり取りする気概も能力もなかった。官邸サイトの動画を見て、文字による記録をきちんと読めばおのずと明らかになるだろう。

森友・加計・桜を見る会とその前夜祭・黒川検事長定年延長の手口とその尻ぬぐいで珍妙な答弁を重ねた森法相の哀れな姿――安倍首相への信頼は崩壊し続けている。新型コロナ対策で安倍首相が何を言おうと、国民はそれを信頼しかねている。

ところで、フィリピンのドゥテルテ大統領はマニラ首都圏を封鎖すると3月12日に発表した。その時点での感染者は53人(うち死者5人)。大半がマニラ首都圏の人だが、数字を見る限り、首都圏封鎖は大げさなように見える。封鎖が公衆衛生上不可欠なのか、大統領の個性が反映されたものなのか判断しにくいところがあるが、これもまた新型コロナウイルスがあぶりだした世界のリーダーの思考と行動の興味深いサンプルの1つといえるだろう。ちなみに東京都内の感染者数は3月14日現在87人。

 

(2020.3.15 花崎泰雄)

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どすこい、どすこい

2020-03-09 21:54:52 | 政治

3月9日、NKHテレビで国会中継(参議院予算委員会)を見ていたら、この日の質問者のしんがりを務めた共産党の田村智子氏が、これから私はコロナウイルスと桜を見る会の2点について質問をするが、質問の途中でこの中継が切れるので、切れた部分は夜の録画放送で見ていただきたい、と発言した。田村議員の質問は午後4時半を回ったあたりで始まり、午後5時には予定通り中継が打ち切られた。

NHKの国会中継ではいつものことである。

野党と政府の言論バトルである国会中継が午後5時で打ち切られ、短いニュースの時間をはさんで放送されたのは観衆のいない大阪府立体育会館からの肉弾相打つ大相撲春場所中継だった。人の気配がないがらんとした会場では土俵にあがる力士も力が入らないだろう。

こんなことになったのも、安倍首相のイベント自粛・学校休校の「お願い」が出たためだ。そのお願いの根拠は疫学専門家のお勧めというよりは、安倍氏とその周辺の政局易学専門家の判断だと、いくつかの新聞が報じている。

青森・岩手・山形・富山・福井・島根・鳥取・香川・香川・徳島・長崎・佐賀・鹿児島では感染者の報告がゼロである(3月9日、厚生労働省)。

森友・加計・桜を見る会とその前夜祭・黒川検事長定年延長と、一連の疑わしいふるまいで剣が峰に立たされた安倍政権へのカンフル剤として、イベント自粛・学校休校の事実上の号令を演出したのだろう。

この日本国首相とその周辺はとっさのヒラメキで物事を決めてしまう癖がある。黒川検事長の定年延長も関連する法令や過去の国会審議の検討を抜きにして「ためらうことなく」決断したフシがある。そのせいで、3月6日の参院予算員会では黒川氏定年延長の法的根拠・手続きの正当性を追求されて、森まさこ法相は個別の案件についてはコメントを避けると36回も(朝日新聞)繰り返さざるを得なかった。桜を見る会も桜を見る会前夜祭の問題でも安倍首相本人が、反証を示さないで逃げ回った。

NHKが3月9日に伝えた世論調査では、安倍内閣の支持率は43パーセント、不支持率が41パーセント。統計の有意差を考えると、支持と不支持が40パーセント台前半で拮抗したと考えるのが妥当だろう。支持不支持がどっこいどっこいの、その調査で、内閣を支持する理由を聞くとトップが「ほかの内閣よりよさそうだから」、不支持の理由のトップは「首相の人柄が信用できない」だった。

   (2020.3.9 花崎泰雄)

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