新年を迎えるにあたって、書棚から貝原益軒『日本歳時記』を取り出し正月の項を読んでみた。
できれば除夜から眠らず新年を迎え、顔を洗い髪を結い、浄衣礼服を着て、威儀容貌をかいつくろい、斎戒し香をたいて天地神祇を礼拝し、父母にまみえ、雑煮を食べ屠蘇酒を飲んで、手を洗い口をすすぐべし……古人は歯固めといって餅を食べた。なお、正月の夜夫婦の交わりをすると寿命を縮めると警告もしている。
正月に餅を食べるのは、堅いものを食べて歯を丈夫にし,長寿を願う意味合いだと百科事典にある。歯は「齢」の字に見られるように年齢を表す。英語圏でも同じで、
Don't look a gift horse in the mouth.
の決まり文句がある。
正月歯固めの餅は 平安時代から行われていたようだ。『源氏物語』第23帖「初音」に、
春の御殿の御前、とりわきて、 梅の香も御簾のうちの匂ひに吹きまがひ、 生ける仏の御国とおぼゆ。さすがにうちとけて、やすらかに住みなしたまへり。さぶらふ人びとも、若やかにすぐれたるは、 姫君の御方にと選りたまひて、すこし大人びたる限り、なかなかよしよししく、装束ありさまよりはじめて、 めやすくもてつけて、ここかしこに群れゐつつ、 歯固めの祝ひして、餅鏡をさへ取り混ぜて、 千年の蔭にしるき年のうちの祝ひ事どもして、そぼれあへるに、 大臣の君さしのぞきたまへれば、 懐手ひきなほしつつ、いとはしたなきわざかなと、わびあへり
とあり、平安時代にはすでに餅をたべていたという証拠の文献になっている。餅は米作が中国南部か東南アジアから北上して日本に伝わったさい一緒にやって来た食習慣らしく、台湾や中国南部、インドシナ半島からミャンマーにかけての少数民族も餅をついて食べる習慣を保持しているそうだ。そういうわけで、日本の北海道が餅を食べる食文化の北限となる。
源氏物語・初音の「餅鏡」が何と翻訳されているか、にわかに興味がわいてきた。名訳といわれるサイデンスティッカーの “The Tale Of Genji” では「ここかしこに群れゐつつ……餅鏡をさへ取り混ぜて」が次のように翻訳されている。
……They were gathered in little groups, helping the New Year with its “teething,” taking New Year’s cakes…….
Teethingには “Yowai” means both “tooth” and “year.” The taking of certain New Year delicacies was therefore called “the firming of the teeth.” と脚注がついているが、肝心の餅がcakes/delicaciesになっちゃった。
Rice puddingは日本でもライスプディングでわかるが、餅はcakeでないとあちらではわからないということなんだろう。子どもに英語、英語と親からお役所までが狂奔する背景にはこの格差があるんだろうね。
(2015.1.1 花崎泰雄)