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news commentary

力、現状変更、そして維持

2023-07-29 20:50:41 | 国際

2023年版『防衛白書』には、こんなことが書き込まれている。

  • ロシアがウクライナを侵略した軍事的な背景には、ウクライナがロシアによる侵略を抑止するための 十分な能力をもっていなかったことがある。
  • 高い軍事力を持つ国が、あるとき侵略という意思を持ったことにも注目すべきだ。
  • 脅威は能力と意思の組み合わせで顕在化する。意思を外部から正確に把握するのは困難である。国家の意思決定過程が不透明であれば、 脅威が顕在化する素地が常に存在する。
  • このような国から自国を守るためには、力による一方的な現状変更は困難であると認識させる抑止力が必要である。相手の能力に着目した防衛力を構築する必要がある。
  • 日本国の今後の安全保障・防衛政策のあり方が地域と国際社会の平和と安定に直結する。

以上は『防衛白書』をつくった側の論理の一部である。くわえて、軍備増強のために特別に予算の割り当てを増やしましょうと告げられた防衛省首脳が、いやいや、低賃金にあえぐ労働者や、学校給食が生存の頼りになってしまった学童たちを救うために、そのお金を回して下さい、ということは、まず、ないだろう。

ウクライナがロシアからの軍事侵略を抑止できるだけの軍事力を持てば、その軍事力自体がロシアにとって脅威となる。これが安全保障のディレンマである。隣国を刺激しない、ほどほどの抑止力とはどの程度の軍備をいうのだろうか。ソ連終焉にともないウクライナは領内にあった核兵器を放棄した。その代わりに米・英・ロシアがウクライナの安全を保障するブダペスト覚書を作成した。ウクライナの安全を保障した国の一つであるロシアがウクライナに侵攻した。軍事大国はどんな理由で侵略に走るのか。かつての日本帝国はなぜ真珠湾に奇襲をかけ、アメリカと戦争を始めたのか。一言で言えば、あの当時の日本の権力層の「雪隠の火事」、つまりヤケクソな気分だった。

自民・公明による日本の安全保障政策は、将来の核廃絶を視程に入れつつ、当面は米国の核の傘の下にとどまるという奇妙な論理に拠っている。岸田政権が唱えている防衛力増強は、日本国を米国の属国のような存在にしている米国の核の傘から出るための軍事力強化ではなく、核の傘の中で米軍を支援し擁護するのが目的である。「全ての者にとっての安全が損なわれない形での核兵器のない世界という究極の目標に向けて、軍縮・不拡散の取組を強化する」(広島G7コミュニケ)という言い回しは空念仏である。

 

国家としての意思を外部から知りがたい国は中国・ソ連・北朝鮮である。この3か国に侵略を思いとどまらせだけの抑止力はどの程度の軍費によって保障されるのだろうか。これらの国が、日本や在日米軍基地に対して核攻撃を始めれば、収拾のつかない国際的な騒乱になる。米国が核による報復を開始すれば、北半球は壊滅状態になる。米国が核で報復しなかったら、米国の核の傘は破れ傘となって、米国主導の安全保障体系はひび割れる。

このようなSF小説もどきの白昼夢はさておき、力による一方的な現状変更に反対するのは、中国の競争相手である米国の論である。韓国―日本―台湾―フィリピンをむすんで中国を囲い込むラインは、第2次世界大戦の結果として生じた。第1次世界大戦の結果、エーゲ海のトルコ沿岸の島々がギリシア領になったように、第2次大戦の結果、太平洋は米国の池になった。それを中国が東に向かって力で押し戻そうとするのを米国は好まない。中国の論理から言えば、力による一方的な現状維持は、これまた不愉快きわまりないのである。

じゃあ。どうする? 浅学非才の筆者には手に余る問題である。頼みの綱は国会議員の諸氏である。度重なる外遊で国際感覚を身に着け、外国の諸賢人と深く付き合って知識を深めているはずの議員各位にお願いする。選挙区であいさつ回りする時間を割いて、北海道でもいい、軽井沢・蓼科でもいい、どこか涼しいところできちんとした本を読み、諸賢人同士で安全保障を論じてもらいたい。議員報酬は税金から出ているのだ。

(2023.7.29 花崎泰雄)

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ヒートウェーブ 昼寝の夢悪

2023-07-22 01:10:45 | 社会

このところひどい暑さだった。日本だけではなく、北米やヨーロッパも猛暑に襲われた。この暑さとは関係ないのだろうが、朝鮮半島では在韓米軍の兵士が板門店で南北境界線を越えて北朝鮮に入った。韓国勤務の間に暴力事件を起こし、米本国に送還されて処分を受けることになっていた。送還の日に空港から逃走し、外国人観光客を対象にした板門店見学ツアーに入って、板門店に行ったという。現役の米軍兵士が北朝鮮に逃げ込んだのは、1965年にチャールズ・ジェンキンス氏が境界線を越えて以来の事だった。日本国内では袴田事件の再審にあたって、検察が有罪の立証に本格的に取り組む姿勢を示した。殺人事件発生から半世紀以上たってなお、検察が示した証拠に疑わしいところがあると裁判所が判断した事件を、再び同じ証拠を掲げて一から争うという姿勢は、面子を保とうとしているのではないか、とメディアに言われている。検察は国家を代表して公訴するのであるから、国家権力の無謬性が重要な課題になる。「第三者が味噌樽に入れた可能性が否定できない」(東京高裁)とまで言われると、検察もむきになってしまう。法廷闘争において有罪の証拠を裁判官に納得してもらえなかった――だから裁判で負けたのだという認識が検察にはないのである。

猛暑のさなか街頭を行く人の様子をテレビで見ると、まだマスクをかけている人が目につく。日本人は世界で有名なマスク好きであるが、それにしても息苦しいだろうな。コロナ流行で、マスク不足に対処するため大枚をはたいていわゆるアベノマスクをつくらせて国民に配った日本政府だったが、米国やアジア、ヨーロッパのくつかの国のように、マスク着用を義務化しマスクを着けない人に罰金を科すなど手法は取らなかった。OECD加盟国の中で死刑制度を残しているのは日本、韓国、米国の3か国だけである。韓国は死刑の制度を残しているが、20年以上前から死刑を執行していない。米国では死刑を廃止した州と執行を停止している州が半数を占める。EUは憲章で死刑制度を否定している。死刑制度を持つ国家はEUに加盟できない。死刑国家日本がCovid-19ではマスク非着用者に罰金ではなく説得で着用を進める道を選んだのは興味深いことであった。

米国では、ニューヨークの地下鉄でマスクを着用しようとしない乗客に罰金を科した。すると、ニューヨーク州最高裁判所がその罰金はニューヨーク州法の考え方に反すると決定した。連邦レベルでは米国土安全保障省が鉄道や航空機でマスクの着用を拒否する乗客に罰金を科すことにした。シンガポールでは地下鉄の乗客でマスク着用を拒否した外国人が逮捕された。シンガポールはfine cityである。Fineには美しいという意味と、罰金という意味がある。街中でごみを捨てると罰金、トイレ使用後に水を流さないと罰金、地下鉄で飲食・ガムをかむと罰金、地下鉄にドリアンを持ち込むと罰金など、市民の日常生活のルール違反が罰金の対象になっている。このような罰金を使って市民の生活を管理する手法に対する批判に対しては、当時のリー・クアンユー首相が、それをやらなかったら今日のシンガポールはなかった、と言った。

リー・クアンユー氏は実利志向のアイディアの人で、シンガポール国民に選挙で重複投票権を与える制度が必要だと語ったことがある。35歳から60歳までの仕事と家庭の両方に責任を負っている人達には2票の投票権を与えてはどうだろうかというアイディアだった。一票はその有権者のための票、あと一票は育てている子どものための票。重複投票制はJ.S.ミルも主張したことがあるが、リー・クアンユー氏の重複投票権はアイディア倒れに終わった。一部の特定年齢層にだけに追加の投票権を与えるのは差別になるからだ。日本で国民に選挙権が与えられたのは明治になってから。当時は高額納税者だけに選挙権が与えられた。そののちすべての成人男性に選挙権が与えられるようになった。女性が選挙権を持ったのは日本が米国に敗戦した1945年からであった。日本は誰かが叫んだように美しいみずほの国ではなく、政治途上国に過ぎなかった。

今でも、日本は政治途上国なのだ。日本は国政レベルで重複投票権と重複立候補権を制度として持っている。奇妙なことに衆議院選挙では同一人物が小選挙区選挙と比例代表区選挙に立候補できる。この制度だと選挙区選挙で落選しても比例代表区選挙で復活できる。敗者復活戦のようなことを議員たちは享受している。参議院選挙では同一人物が選挙区選挙と比例代表区選挙に立候補することはできない。なぜ? この制度にはどんな利点があるのか、本を読んでもよくわからない。利点があったのなら、自民党政権下で日本の政治・経済・社会の国際ランキングがこれほどひどく下がってしまうことはなかっただろう。

(2023.7.22 花崎泰雄)

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優先席

2023-07-15 03:59:07 | 社会

ティムラズ・レジャバ駐日ジョージア大使の車が東京で襲われたと、ニュース速報が7月14日後のインターネットで流れた。1862年の生麦事件、1891年の大津事件、1964年のライシャワー駐日米大使襲撃事件などが頭をよぎり、ちょっと驚いた。

14日夜の段階では、大使の車が渋滞に巻き込まれ、いらだった付近の別の車の運転者が自分の車からおりて大使の車に近づき、大使の車の運転手の胸倉に手をのばしたということだった。

レジャバ大使は別の件で名の知れた人だ。7月14日の朝日新聞夕刊(東京)の1面トップ記事によると(最近の朝日新聞夕刊はニュースではなく世間話を主として報じている)大使は日本の電車の優先席に座っている写真をツイッターに投稿して「電車の優先席が空いていたら、座ってよいか、空けておくべきか」という議論を持ち出している。

朝日新聞の記事によるとSNS上の議論では、「見た目ではわからない障害をもつ人もいる」「自分から譲ってとはいいづらい」といった理由から、必要な人のために優先席は「空けておくべきだ」とする意見があった。6月18日の日曜日に大使は家族と電車で移動したさい、優先席以外が少し混み、優先席が空いていたので家族と座った。窓に貼られた文言を読んだが、「座ってはいけない」とは書かれておらず、写真写りを考えて足を組んだバージョンを撮り、投稿したという。「席が空いているなら座るのを我慢する理由は一つもない。必要としている人が来たら、譲ればいい」。母国にも優先席はあるが、「多くのジョージア人が同様に考えるだろう」。レジャバ大使のこのような意見を支持する発言もあった。

この記事には、国土交通省が行った意見調査の結果が添えられていた。国土交通省が、公共交通機関を利用する際の「配慮」について2022年11月にウェブで行った調査。全国の20代以上の男女985人が回答した。

公共交通機関で優先席に座るかについて「ほとんど座らない」が42.3%、「座ったことがない」が17.0%で、計6割近くに上った。一方、「よく座る」が7.4%、「ときどき座る」は33.3%だった。そのうえで「座ったことがない」答えた人を除く回答者に、高齢者やけが人などがいたら優先席を譲るか尋ねたところ、「よく譲る」が57.7%、「ときどき譲る」が23.9%で、計約8割にのぼった。優先席を譲らない理由を複数回答で尋ねたところ、最多は「譲るべき相手かどうか判断がつかなかった」の42.7%。自身が「体調不良・けがをしていた」が30.8%、「回答者自身に優先席を必要とする特性があった」が18.8%だった。

ずいぶん前の事だが、筆者の連れ合いが東京の地下鉄の階段で転び脚の骨を折った。数か月の入院の後、教師だった彼女が講義を再開するにあたって、筆者は自家用車を運転して彼女を大学まで送り迎えした。自家用車通勤を続けたあと、松葉杖を使いながら電車で通勤できるようになった。しばらく電車通勤に筆者がつきそった。そんなある日の夕方にうっかり帰宅ラッシュ時の地下鉄に乗ってしまった。優先席の前に立った。席を立って優先席を譲ってくれる人はいなかった。そこで筆者が「ここに松葉杖のけが人が立っています。席をお譲りください」というと、ある男性が立ち上がって席を譲ってくれた。優先席というのは鉄道会社が決めた内規である。松葉杖の配偶者にもその付き添いの筆者にも席を譲ってくれという法的な権利はない。優先席に座って居眠りをし、スマートホンをのぞき込んでいる通勤客には優先席をゆずる法的な義務はない

筆者はソウルと台北に何度か出かけている。かつては当方の年より面を見て、席を譲ってくれる人がいたが、年とともに席を譲ってくれない人が増えた。わたしの実感であり、ソウルや台北のニュースで知ったことである。

ふと、昔のニューヨークのニュースを思い出した。あたってみると、2009年6月17日の『ニューヨーク・タイムズ』に、ニューヨーク市の交通当局が以下のような広告を出して地下鉄やバスの席を譲ろうというキャンペーンを始めたという記事が載っていた。

                   

障害のある人からの要請を拒否して、席をゆずらなかった場合は最高50ドルの罰金――それは上品なふるまいだけのことではなく、法のきまりである――It’s not only polite, it’s the law.  都会の生活の行き着く先はこんなところだろう。

(2023.7.15 花崎泰雄)

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会食三昧

2023-07-07 17:38:06 | 政治

先ごろの公開された国会議員の2022年分の所得等報告書で、7党首のうち、自民党総裁の岸田文雄首相が3863万円で所得額1位。2位が共産党の志位和夫委員長で2050万円。岸田氏の2021年分の所得は2837万円だったから、首相の職務を1年間続けた2022年の所得は前年より1000万円ほど増えた。

所得増と関係があるのかどうかは不明であるが、このところの岸田首相の旺盛な食欲も新聞が記録している。朝日新聞の「首相動静」は岸田氏の会食三昧を次のように伝えた。

<6月30日金曜日>。午後0時2分、東京・永田町のザ・キャピトルホテル東急。日本料理店「水簾」で森山裕自民党選対委員長と食事。午後6時27分、東京・赤坂の日本料理店「赤坂浅田」。松本総務相、加藤厚労相、河野デジタル相と食事。松野官房長官同席。

<6月29日木曜日>午後6時44分、東京・銀座の上一ビルディング。イタリア料理店「Meri Principessa」で平口洋同党衆院議員らと食事。

<6月28日水曜日>午後0時1分、東京・紀尾井町のホテルニューオータニ。日本料理店「千羽鶴」で同党の二階俊博元幹事長、林幹雄元幹事長代理と食事。午後6時27分、東京・虎ノ門のホテル「The Okura Tokyo」。宴会場「ローズ」で秘書官と食事。

6月27日火曜日>午後6時58分、東京・銀座のすし店「銀座 鮨あらい」。自民党の麻生太郎副総裁、茂木敏充幹事長と食事。

<6月26日月曜日>午前7時53分、東京・永田町のザ・キャピトルホテル東急。宴会場「桜・橘」で原田一之日本民営鉄道協会会長らとの勉強会。森昌文首相補佐官、藤井直樹国土交通事務次官同席。

4000万円弱の所得があれば、この程度の会食費用は岸田氏のポケットマネーでまかなえるのかどうか――と想像しても意味はない。政治家の行動には私事と公務の境界がはっきりしない部分がある。例えば、仮定の話であるが、ある首相が自分の子どもを首相秘書官に任命し、しばらくして不祥事を理由に更迭したとき、首相が他の秘書官と一緒に秘書官であった息子をホテルのレストランに招き食事しながら秘書官の職務について改めて話し合ったとしよう。その時の費用は、私費を当てるのが適当なのか、会合費・会議費として処理できるのか、人によって判断が異なるだろう。

 

それにしても、高額な飲み食いを日常茶飯にしている日本の政治家は少なくない。

 

2020年12月4日の朝日新聞デジタル版によると、同紙記者が閣僚らの政治資金収支報告書(2018-19年)をもとに調べたところ、飲食代が2年間で1億5千万円にのぼった。

その結果、この2年間で政治家側は1234店に計1922回、総額1億5358万431円を支出していた。支出先の1位から4位までをホテル関係が占めていた。支出回数を議員別に見ると、最多は武田良太総務相(当時)の443回(計3151万1447円)。支出回数では、麻生太郎財務相(当時)が335回(4551万7085円)で続いた。支出額は最多で、1回あたりの平均支出は、28人中トップの約13万6千円。

政治資金は政治資金であって議員のポケットマネーではない。なぜならポケットマネーによる会食であれば政治資金収支報告書に記載する必要はないからだ。

政治的な会合の合間に食事をともにしているのか、食事をするために会合を開いているのか、これまた判別に苦しむところがある。首相が政治の一環として人に会うのであれば、そのために官邸がある。官邸には食堂もあって、そこのかけ蕎麦はうまい、ということになっている。菅義偉元首相は官邸食堂のかけ蕎麦が好きだったと、どこかの新聞で読んだ記憶がある。多忙な首相が官邸を出て、近くのレストランで会食するのは、政務の一環なのか、息抜きなのか。判定が難しいところである。

その昔、「待合政治」という言葉が世間に流通していた。待合政治とは、待合茶屋で談合・折衝を重ねることによって、取り運ばれる政治、と辞書は説明する。待合茶屋とは、男女の密会や芸妓と客のための席を貸す茶屋のこと、と辞書は言う。

自民党政治の近代化で待合政治がすたれ、待合という施設が次々と店を閉めたのはこれまた昔の話である。待合からホテルへ場所は変わったが、自民党政権の待合政治ぶりは形を変えていまだ健在である。

(2023.7.7 花崎泰雄)

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