2023年版『防衛白書』には、こんなことが書き込まれている。
- ロシアがウクライナを侵略した軍事的な背景には、ウクライナがロシアによる侵略を抑止するための 十分な能力をもっていなかったことがある。
- 高い軍事力を持つ国が、あるとき侵略という意思を持ったことにも注目すべきだ。
- 脅威は能力と意思の組み合わせで顕在化する。意思を外部から正確に把握するのは困難である。国家の意思決定過程が不透明であれば、 脅威が顕在化する素地が常に存在する。
- このような国から自国を守るためには、力による一方的な現状変更は困難であると認識させる抑止力が必要である。相手の能力に着目した防衛力を構築する必要がある。
- 日本国の今後の安全保障・防衛政策のあり方が地域と国際社会の平和と安定に直結する。
以上は『防衛白書』をつくった側の論理の一部である。くわえて、軍備増強のために特別に予算の割り当てを増やしましょうと告げられた防衛省首脳が、いやいや、低賃金にあえぐ労働者や、学校給食が生存の頼りになってしまった学童たちを救うために、そのお金を回して下さい、ということは、まず、ないだろう。
ウクライナがロシアからの軍事侵略を抑止できるだけの軍事力を持てば、その軍事力自体がロシアにとって脅威となる。これが安全保障のディレンマである。隣国を刺激しない、ほどほどの抑止力とはどの程度の軍備をいうのだろうか。ソ連終焉にともないウクライナは領内にあった核兵器を放棄した。その代わりに米・英・ロシアがウクライナの安全を保障するブダペスト覚書を作成した。ウクライナの安全を保障した国の一つであるロシアがウクライナに侵攻した。軍事大国はどんな理由で侵略に走るのか。かつての日本帝国はなぜ真珠湾に奇襲をかけ、アメリカと戦争を始めたのか。一言で言えば、あの当時の日本の権力層の「雪隠の火事」、つまりヤケクソな気分だった。
自民・公明による日本の安全保障政策は、将来の核廃絶を視程に入れつつ、当面は米国の核の傘の下にとどまるという奇妙な論理に拠っている。岸田政権が唱えている防衛力増強は、日本国を米国の属国のような存在にしている米国の核の傘から出るための軍事力強化ではなく、核の傘の中で米軍を支援し擁護するのが目的である。「全ての者にとっての安全が損なわれない形での核兵器のない世界という究極の目標に向けて、軍縮・不拡散の取組を強化する」(広島G7コミュニケ)という言い回しは空念仏である。
国家としての意思を外部から知りがたい国は中国・ソ連・北朝鮮である。この3か国に侵略を思いとどまらせだけの抑止力はどの程度の軍費によって保障されるのだろうか。これらの国が、日本や在日米軍基地に対して核攻撃を始めれば、収拾のつかない国際的な騒乱になる。米国が核による報復を開始すれば、北半球は壊滅状態になる。米国が核で報復しなかったら、米国の核の傘は破れ傘となって、米国主導の安全保障体系はひび割れる。
このようなSF小説もどきの白昼夢はさておき、力による一方的な現状変更に反対するのは、中国の競争相手である米国の論である。韓国―日本―台湾―フィリピンをむすんで中国を囲い込むラインは、第2次世界大戦の結果として生じた。第1次世界大戦の結果、エーゲ海のトルコ沿岸の島々がギリシア領になったように、第2次大戦の結果、太平洋は米国の池になった。それを中国が東に向かって力で押し戻そうとするのを米国は好まない。中国の論理から言えば、力による一方的な現状維持は、これまた不愉快きわまりないのである。
じゃあ。どうする? 浅学非才の筆者には手に余る問題である。頼みの綱は国会議員の諸氏である。度重なる外遊で国際感覚を身に着け、外国の諸賢人と深く付き合って知識を深めているはずの議員各位にお願いする。選挙区であいさつ回りする時間を割いて、北海道でもいい、軽井沢・蓼科でもいい、どこか涼しいところできちんとした本を読み、諸賢人同士で安全保障を論じてもらいたい。議員報酬は税金から出ているのだ。
(2023.7.29 花崎泰雄)