立憲民主党の代表選挙が9月23日に行われ、決選投票で野田佳彦氏(元首相)が新しい代表に選ばれた。まもなく自由民主党の総裁選挙がおこなわれ、そのあとに衆院解散・総選挙の可能性があり、野田氏が立憲民主党の総選挙の顔として選出された。
野田氏は2011年に民主党を率いて首相に就任した時、自身のことを「泥鰌」と表現した。権力を振りかざすことのない、普通の市民感覚を持った政治家であるとの自己評価だった。政治家はときどきこの手の謙譲表現を使う。
1974年に米国でニクソン大統領がウォータゲート事件で辞任したあと、大統領職を引きつだジェラルド・フォード氏は前年の1973年に副大統領に就任したあとのスピーチで、自らのことを “I am a Ford, not a Lincoln” と自己紹介した。大衆車のフォードです、高級車のリンカーンではありませんという意味のジョークだった。
野田氏の泥鰌的自己紹介は、フォード氏の諧謔をまねた節がうかがわれるが、2024年になって、「昔の名前」で代表選に出たとき、彼はまた「泥鰌」という言葉を使った。人差し指で押すだけで自民党が次の総選挙でドミノ倒し的大敗を喫するところまできているいま、政治コミュニケーションの技法としては泥臭いところがある。そうか、野田氏や立憲民主党はそういう言い回しを喜ぶ層をターゲットにしている政治家・政党なのかと思われると若者や女性の票を減らす恐れもある。
それと野田佳彦という名を聞くとあのみじめな民主党衰退の記憶がよみがえる。2012年11月14日、野田首相は安倍晋三・自民党総裁と党首討論で対峙した。当時の新聞報道によると次のように問答をかわしていた。
野田首相「一票の格差と定数是正の問題。一票の格差の問題は違憲状態だ。定数削減は、2014年に消費税を引き上げる前に、まず我々が身を切る覚悟で具体的に削減を実現しなければいけない」
安倍氏「まずは0増5減。皆さんが賛成すれば明日にも成立する」
首相「定数削減はやらなければならない。定数削減は、来年の通常国会で必ずやり遂げる。この決断を頂けば、私は今週末の16日に解散をしても良いと思っている」
安倍氏「まずは0増5減、これは当然やるべきだ。すでに私たちの選挙公約において、定数の削減と選挙制度の改正を約束している」
民主党政権はそのころ野党・自民党の激しい抵抗で政治的に行き詰まっていた。解散・総選挙は時間の問題と言われていた。解散と引き換えに議員定数の削減を求めたのである。
しかし、民主党に代わって成立した自民党の安倍政権は.定数削減に手をつけなかった。
1年余りがたった2016年2月19日の衆院予算委員会で野田氏は「衆院の定数削減、いまだに実現していない。党首討論で、当時総理である私と自民党の安倍総裁が国民に約束したことだ。私は衆院解散という約束を果たしたが、次の国会での衆院定数削減の約束が実現されないまま今日に至った。できなかったということは、国民に嘘をついたことになる。満身の怒りを込めて抗議する」と安倍総理に迫った。日本政治の愁嘆場である。
一強多弱の国会で地球儀を回しながら大宰相の白昼夢を見ていたような感じだった安倍晋三氏の権力奪取を、野田氏が結果としてサポートしたような形になった。野田―安倍の党首討論が行われた2012年日本の1人当たりGDPは世界ランキングで11位だった。それが2023年には34位にまで落ちた。
9月23日の朝日新聞朝刊「記者解説」のページで編集委員の原真人氏が「斜陽の経済大国」を書いていた。「身の丈に合った社会設計 考える時」と見出しにあった。日本社会に流れる哀歌の通奏低音である。過ぎし日を思い、明日を考える人におすすめの、しみじみとした秋の歌である。
(2024.9.23 花崎泰雄)