日本の新聞社が世論調査を始めたのは第2次大戦後のことだ。日本を占領していたGHQの関係者が指導にあたった。
世論調査が軌道に乗ると、選挙人名簿から抽出した対象者を訪問して本人に会ったうえで意見を聞く面接法が定着した。調査員は多くの場合、アルバイトの大学生だった。その大学生を新聞社の記者たちが指揮・監督した。調査を実施する人たちは素人に近かった。そんな調査の態勢が長らく続いた。調査をする人たちの手法は洗練されなかった。
一方で、調査される側の人々を選び出す手順は、統計学的に納得できる方法を各新聞社とも採用した。「層化無作為多段抽出法」――たいていは「二段抽出」だった(詳しくは百科事典などで)。面接調査に選んだ対象者の特性(性別・職業・年齢・居住地域など)が、1億人近い日本の有権者(母集団)の特性と相似形になるように抽出作業を工夫した。
統計学的に洗練された方法で抽出された対象者から、面接の素人であるアルバイト大学生が意見を聴く。こうした新聞社による面接世論調査は1980年代まで続いた。
1990年代に入って、面接調査は費用がかかるうえ、機動性に欠け、加えて面接を嫌がる対象者がふえて回収率も低下してきた。そこで、面接を電話に切り替える動きが始まった。最初は抽出した対象者の住まいの固定電話番号を電話帳で調べて電話をかけた。やがて、コンピューターで番号をランダムに発生させて家庭の用固定電話で調査対象者を選んだ。時代がすすむにつれて、家庭用固定電話では、電話口に出る人が高齢者の場合が多いので、若い世代の意見を聞くために、携帯電話の番号も併用することになった。
調査はそれまでより簡単で安価になり、機動力もました。だが、この過程で、最も重要な調査の全体と調査対象者の相似形が崩れた。
そうした、新聞社の世論調査の変遷の中で、さきごろ産経新聞がミスをした。フジテレビと産経新聞社が行った世論調査で、架空の回答が含まれる不正が見つかったと発表した。発表では、不正は2019年5月から20年5月までの世論調査計14回あった。世論調査を下請けの調査会社に委託し、下請けの調査会社が一部を孫請けの調査会社に回していた。
世論調査の実施を外部の業者に委託する方法を多くの新聞社がいまでは使用しているという。安さと機動性を求めることで、世論調査はその統計学的信頼性を失いつつあったが、フジ・産経グループの不祥事でとどめが刺された。調査対象者の意見が日本全国の有権者の意見を代表するという推論の統計学的根拠が決定的に失われたのである。
こうした世論調査の手法の変化は、新聞社自体が世論調査に関心を失ってきていることの表れであろう。選挙結果の予測なら投票所から出てくる人を選んで、だれに投票したかを聞くことで可能である。出口調査は選挙に限れば、事前の電話による選挙調査より頼りになる。
政治動向調査については、最近、読売新聞が世論調査で首相にふさわしい自民党政治家を聞いたところ①石破茂②小泉進次郎③安倍晋三④河野太郎⑤岸田文雄の順だった。これは一種の人気投票であって、5人の政治家の政治的見識や目指す方向を回答者がそのように判断しているかについては不明である。
(20206.28 花崎泰雄)