トランプ米大統領が10月27日、米軍特殊部隊の急襲をうけたあげく、ISIS(イスラム国)の指導者アブ・バクル・バグダディが自爆死したことを告げた。その模様を朝日新聞は次のように伝えた。
「(バグダディ容疑者)は、犬のように泣き叫びながら逃げた。どのように死んだか見て欲しい。彼は英雄ではなかった。臆病者のように死んだ」。トランプ大統領は27日朝、ホワイトハウスで米軍の旗を後ろに並べて胸を張った。
なるほど、ホワイトハウスのサイトの大統領ステートメントには、
“He (Abu Bakr al-Baghdadi) died after running into a dead-end tunnel, whimpering and crying and screaming.” “He died like a dog. He died like a coward.”
と、ある。
いっぽう、フェイク・ニュースだとして『ワシントン・ポスト』とともにホワイトハウスが購読を打ち切り、さらに、トランプ大統領が各政府機関にも打ち切りを呼びかけている『ニューヨーク・タイムズ』は次のような疑義を呈した。
「土曜日にシチュエーション・ルームで大統領といっしょに急襲の模様をみたエスパー国防長官は(アブ・バクルの)『泣きべそ』については知らないといい、他の政府関係者も大統領が見た映像は上空のドローンが撮影したもので、そのようなものを聞くことは不可能だったとした。ただ、地上の指揮官から詳細を聞いたのかもしれないとも語った」。
地上の指揮官が国防長官を飛び越えて直接大統領に詳細を報告するというのも考えにくいことである。アブ・バクルは臆病なならず者に過ぎず、彼に鉄槌をくだしたトランプこそ真の勇者であると支持層に宣伝するためのフェイク・メッセージの可能性が無きにしも非ずだ。
ふと、あることを思い出して、オサマ・ビン・ラデン殺害にあたってのオバマ大統領の2011年5月2日の大統領ステートメントを読み返してみた。
オサマ・ビン・ラデンは世界貿易センタービルの破壊を命じ、3000人近い人々の命を奪い、アメリカに建国以来と言っていいほどの屈辱を与えた。だが、オバマ大統領は大統領としてのメッセージの中で憎しみの対象としてのオサマ・ビン・ラデンの最後の模様については何も語らなかった。彼のテーマは深い悲しみの追憶、団結した市民、そして国民や友好国や同盟国を守る強い決意の表明だった。
オサマ・ビン・ラデンの死が語られたのは、大統領ステーメントに続く複数の政府高官の背景説明の場だった。ブリーフィングに続いて記者団との一問一答があり、記者からの「ビン・ラデンの死体はどうするのか」との質問に政府高官が次のように答えた。
「イスラムの習慣と伝統に従って進める。慎重に進めるべき作業だ。適切なマナーによって扱われることがらだ」
バラク・オバマとドナルド・トランプ、前・現二人のアメリカ大統領の性格の違いがよくあらわれている。トランプ大統領はアブ・バクル・バグダディの死様を実況放送さながらに、それも悪様に語ったが、オバマ大統領はオサマ・ビン・ラディンのそれを口にしなかった。アメリカ合衆国を代表する大統領としてのマナーについての認識の差でもある。
ところで、米軍によるオサマ・ビン・ラデン殺害の時は国際法上の疑義が論議の的になった。彼が交戦相手の戦闘員であれば戦闘中に殺すことができるが、大量殺戮の犯罪容疑者であれば問題が残る。そのような議論になったが、結論はあいまいなままだった。
今回の場合、アブ・バクル・バグダディについて日本の朝日新聞は「容疑者」とした。トランプ大統領は、ステートメントのなかでアブ・バクルをテロ組織ISISのリーダーであるとした。米大統領が軍の特殊部隊を差し向けて死に至らしめたアブ・バクル・バグダディ氏は、犯罪組織ISISのボスだったのか、それともイラクとシリアの領土内に新しい国家を造ろうとした内戦の指導者で米国の交戦相手だったのか。国際法上の定義ではどちらになるのだろうか?
(2019.10.28 花崎泰雄)