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news commentary

彼は犬のように死んだ

2019-10-28 23:38:17 | 国際

トランプ米大統領が10月27日、米軍特殊部隊の急襲をうけたあげく、ISIS(イスラム国)の指導者アブ・バクル・バグダディが自爆死したことを告げた。その模様を朝日新聞は次のように伝えた。

「(バグダディ容疑者)は、犬のように泣き叫びながら逃げた。どのように死んだか見て欲しい。彼は英雄ではなかった。臆病者のように死んだ」。トランプ大統領は27日朝、ホワイトハウスで米軍の旗を後ろに並べて胸を張った。

なるほど、ホワイトハウスのサイトの大統領ステートメントには、

“He (Abu Bakr al-Baghdadi) died after running into a dead-end tunnel, whimpering and crying and screaming.” “He died like a dog. He died like a coward.”

と、ある。

いっぽう、フェイク・ニュースだとして『ワシントン・ポスト』とともにホワイトハウスが購読を打ち切り、さらに、トランプ大統領が各政府機関にも打ち切りを呼びかけている『ニューヨーク・タイムズ』は次のような疑義を呈した。

「土曜日にシチュエーション・ルームで大統領といっしょに急襲の模様をみたエスパー国防長官は(アブ・バクルの)『泣きべそ』については知らないといい、他の政府関係者も大統領が見た映像は上空のドローンが撮影したもので、そのようなものを聞くことは不可能だったとした。ただ、地上の指揮官から詳細を聞いたのかもしれないとも語った」。

地上の指揮官が国防長官を飛び越えて直接大統領に詳細を報告するというのも考えにくいことである。アブ・バクルは臆病なならず者に過ぎず、彼に鉄槌をくだしたトランプこそ真の勇者であると支持層に宣伝するためのフェイク・メッセージの可能性が無きにしも非ずだ。

ふと、あることを思い出して、オサマ・ビン・ラデン殺害にあたってのオバマ大統領の2011年5月2日の大統領ステートメントを読み返してみた。

オサマ・ビン・ラデンは世界貿易センタービルの破壊を命じ、3000人近い人々の命を奪い、アメリカに建国以来と言っていいほどの屈辱を与えた。だが、オバマ大統領は大統領としてのメッセージの中で憎しみの対象としてのオサマ・ビン・ラデンの最後の模様については何も語らなかった。彼のテーマは深い悲しみの追憶、団結した市民、そして国民や友好国や同盟国を守る強い決意の表明だった。

オサマ・ビン・ラデンの死が語られたのは、大統領ステーメントに続く複数の政府高官の背景説明の場だった。ブリーフィングに続いて記者団との一問一答があり、記者からの「ビン・ラデンの死体はどうするのか」との質問に政府高官が次のように答えた。

「イスラムの習慣と伝統に従って進める。慎重に進めるべき作業だ。適切なマナーによって扱われることがらだ」

バラク・オバマとドナルド・トランプ、前・現二人のアメリカ大統領の性格の違いがよくあらわれている。トランプ大統領はアブ・バクル・バグダディの死様を実況放送さながらに、それも悪様に語ったが、オバマ大統領はオサマ・ビン・ラディンのそれを口にしなかった。アメリカ合衆国を代表する大統領としてのマナーについての認識の差でもある。

ところで、米軍によるオサマ・ビン・ラデン殺害の時は国際法上の疑義が論議の的になった。彼が交戦相手の戦闘員であれば戦闘中に殺すことができるが、大量殺戮の犯罪容疑者であれば問題が残る。そのような議論になったが、結論はあいまいなままだった。

今回の場合、アブ・バクル・バグダディについて日本の朝日新聞は「容疑者」とした。トランプ大統領は、ステートメントのなかでアブ・バクルをテロ組織ISISのリーダーであるとした。米大統領が軍の特殊部隊を差し向けて死に至らしめたアブ・バクル・バグダディ氏は、犯罪組織ISISのボスだったのか、それともイラクとシリアの領土内に新しい国家を造ろうとした内戦の指導者で米国の交戦相手だったのか。国際法上の定義ではどちらになるのだろうか?

(2019.10.28 花崎泰雄)

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G-7 2020

2019-10-22 01:07:31 | 国際

アメリカのトランプ大統領が勢いを失いはじめている。下院で過半数を占める民主党が腹をくくって大統領罷免を目指して調査を進めている。大統領のスタッフがその調査に応じて議会で証言し始めた。バイデン元副大統領の子息のウクライナでの仕事に関して、不正があったのかどうか調査するようにウクライナ大統領に圧力をかけた疑惑が膨らんでいる。調査に応じないと軍事援助を止めるとおどしをかけたとされている。シリア北部から兵員引き上げ命令をだして、外交関係者から批判を浴びている。さらに、来年のG-7サミットをトランプ一族が経営するマイアミのゴルフ・リゾートで開くと表明した。

共和党議員は今のところトランプ氏を擁護しているが、彼の足元の泥沼が深まりって、身動きがままならなくなれば、大統領と心中することを嫌って、じわじわとトランプ離れを起こすかもしれない。とくに、トランプ氏が経営するゴルフ・リゾートでのG-7開催計画には、共和党議員のあいだにも強い批判が生じた。

そういう事情で、トランプ大統領はマイアミのゴルフ・リゾートでのG-7開催計画を取り下げた。あのゴルフ・リゾートは経営不振なので、トランプ氏はG-7で一息つこうと考えたらしい、という街のうわさに、彼は激高したのかもしれない。「あの計画を発表した時、各国の代表を無料招待すると言い添えていたはずだ」と負け惜しみのようなことを言った。

まったく、この愚かさにはたまげてしまう。

G-7はトランプ大統領の猛反対によって過去2年間、保護主義貿易に反対する文言を共同声明に書き込めないでいる。前回は共同声明そのものが出せなくなり、G-7の意義も揺らいでいる。

保護主義批判をきらうトランプ氏が大統領であるかぎり、G-7 2020でも共同声明は出せない可能性が強い。

各国首脳が2020年もまたトランプ氏の意向を汲んで保護主義反対の姿勢を鮮明にできなかった場合、「トランプ氏のポケットマネーで招待されたG-7だったからだ」と、各国でそれぞれの首脳に対して厳しい批判の声が上がるだろう。

普通の政治家なら、そのような事態になることを懸念して、G-7への出席を取りやめるだろう。G-7の終焉である。トランプ氏はそれを望んでいるのかもしれない。だが、それによって、トランプ氏はエゴとナルシシズムを満足させる機会を一つ失うことになる。

トランプ大統領のシリア北部からの撤兵で、トルコが国境を越えてクルド武装勢力を攻撃した。攻撃を受けたクルド武装力はシリアに応援を求め、シリア寄りのロシアがトルコとシリアの間に割って入る事態になっている。米兵力の事前準備なしの撤兵が力の真空を生じさせて、事態を一変させた。

米―トルコ関係が冷却する中で、トルコのインジルリク米空軍基地に貯蔵されている戦術核兵器50発がトルコの「人質」になっているとの不安が生じている。先日ペンス米副大統領がアンカラにいったのも、その核兵器に関してエルドアン・トルコ大統領と協議するためだった、という観測を米国のメディアが流している。ということは、米国政府の周辺に、そういう見方をするものがいるということになる。

きな臭い臭いが漂い始めた。トランプ大統領が就任したとき「パンドラの箱」の蓋があいた、と騒いだメディアがあった。大統領の核のボタン管理は大丈夫か、という不安が記事になるのは、さて、この年末ごろか。

 

(2019.20.22 花崎泰雄)

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ダーティー・ディール

2019-10-12 19:23:50 | 政治

米国の大統領が「ディール、ディール」と叫ぶのは彼の名前が「トランプ」だからだ、と冗談を言う人がいる。

それはくだらない冗談であって、トランプ氏は大統領再選を目指して躍起になっているだけである。念頭には、ただただ、彼の支持基盤のご機嫌を取ることしかない。自由主義世界—-古びた呼称になってしまった――のリーダーとしての責任感などこれっぽっちもない。

そもそも第2次大戦後の米国の安全保障政策の歴史に関して、からっきし無知なように見える。沖縄の米軍基地は第一義的に日本ではなくて、米国を守るための最前線基地である。中国の西太平洋進出ににらみをきかすだけでなく、東アジア一般や、遠くは南アジアや中東地域において米国の安全保障にとって有利な環境を持続させる役割を果たしている。

朝鮮戦争で日本は米軍の重要な補給基地になった。ベトナム戦争では嘉手納を飛び立ったB52がベトナム爆撃に向かった。横須賀を主要な海外基地にしている米第7艦隊は西大西洋からインド洋にかけての広い地域を守備範囲にしている。

トランプ氏は6月の大阪サミットのおり、記者会見で日米安保は不公平だと言った。日米安保の破棄を考えているのかと問われて、「破棄は考えていない」と断言した。日米安保を持ち出したのは、日米貿易交渉で日本に譲歩を迫るためのブラフである。ただし、トランプ氏は過去に日米安保の破棄を示唆するような非公式発言もあり、日米安保は米国の金の無題使いであり、なんだったら破棄してもいい、と米大統領が考えているとのうわさは周辺諸国にさまざまな思惑を生じさせている。

1950年1月、当時のアチソン米国務長官がスターリンのソ連と毛沢東の中国に対抗する防衛線(のちにアチソン・ラインと呼ばれるようになった)のアイディアをプレスに発表した。日本や沖縄はアチソン・ラインの内側に入っていたが、朝鮮半島はラインの外だった。これを知った金日成が韓国に攻め込むのは今だと、スターリンと毛沢東を説き伏せ、朝鮮戦争を始めたという説がある。

ついこの間、トランプ大統領がシリア北部のクルド人地域から米兵をひきあげると表明するや否や、間髪を入れずトルコ軍か越境進撃してクルド人武装組織を攻撃した。

ツイッターで人気をあおりたがるような政治家の頭の中に、歴史の教訓といったようなものはない。日米安保は不公平だ、日本の自動車には通商拡大法232条を適用して追加関税をかけていもいい、といった類の発言は、日本に対して農産物の輸入拡大を迫り、アメリカの農業関係者の間のトランプ人気をあおるためのものだった。

日米貿易交渉で、日本は米国が求める農産物の輸入拡大に譲歩し、トランプ大統領は「70億ドル相当の農産物輸出市場の拡大。大勝利だ」と語った。日本側はTPPの枠組み以上の譲歩はしていない、と言っている。

トランプ大統領が離脱を決めたTPPでは、米国は日本から輸入する自動車にかけられている関税を25年かけてゼロにすることになっていた。日本側が農産物の関税水準をTPP並みに引き下げた見返りに、米国の日本車輸入の関税も25年後にゼロにするという見返りがあってしかるべきだが、その求めは米国によって拒絶された。

米国が日本に与えたものは、当面は通商拡大法232条による追加関税をしないという口約束だけである。米国に対して追従笑い外交を採用している安倍首相は、232条適用除外の口約束を持って、ウィン・ウィンの外交成果であると自賛している。

 

10月11日の衆院予算員会で、国民民主党の後藤祐一議員が、  茂木外相に対して、自動車の関税撤廃に関してはさらなる外交交渉による関税撤廃と言っているが、協定の付属文書を読むかぎり、完全撤廃に関しては今後の交渉次第という意味ではないかと質した。

日米貿易協定の付属文書には次のような英文がある。

Customs duties on automobile and auto parts will be subject to further negotiation with respect to the elimination of customs duties.

Be subject to という言い回しは、The treaty is subject to ratification. (条約は批准を必要とする) のように条件を設定する働きがあり、普通に了解すれば、自動車関税撤廃に関しては交渉が必要である、と理解するのが妥当であろう。

茂木外相は、regarding でなく、with respect to が用いられた点に留意してほしい、と答弁した。あたかも、with respect to にはregarding 以上の含みがあるかのような弁明だが、どんな違いがあるのかについては、明らかにしなかった。

ウェブスターの辞書を引くと、with respect toは with reference to と同意で、ことさらな違いはない。ニュアンスの違いは個体差によるところが多いので、日本の外相と相手国のカウンターパートではニュアンスが異なるだろう。

一般論でいうと、辞書の用例にある With respect to your proposal, we are sorry to say that we cannot agree to it. の、その respect である。

要するに茂木氏の英語語法論は、自動車関税に関しては、TPP相当の完全削減への道筋の言質を米国からとれなかったことへの弁解にすぎない。

(2019.10.12 花崎泰雄)

 

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48位と67位

2019-10-06 00:03:57 | 政治

10月2日の『ニューヨーク・タイムズ』がトランプ米大統領の記者会見の模様を伝えた。ホワイトハウスでのニーニスト・フィンランド大統領との共同記者会見でのことだ。

「私に言っているのか」とトランプ大統領。民主党が下院で大統領弾劾のための調査をスタートさせたウクライナ疑惑に関連して質問したロイター通信のメイソン記者に対して言った。フィンランド大統領に対して質問しないのは失礼ではないか、という意味である。

メイソン記者がそれに対して、大統領、私の質問にお答えください、と言った。

トランプ氏はそこでキレてしまい、例によってフェイク・ニュースだの、なんだのかんだのとののしった。ついでに記者団にむかって次のような罵倒の言葉を浴びせた。この部分はぜひとも、原文で味わっていただきたい。

 “It’s a whole hoax, and you know who’s playing into the hoax? People like you and the fake news media that we have in this country — and, I say in many cases, the corrupt media, because you’re corrupt. Much of the media in this country is not just fake, it’s corrupt.”

ニーニスト・フィンランド大統領がこのやりとりを、相撲でいえば「砂かぶり」の席で目撃していた。報道の自由の先進国の政治家であるニーニスト氏は、報道の自由の面では中進国の米国の大統領と記者団のやり取りを直接見分して何を思っただろうか。

『国境なき記者団』の2018年の報道の自由度調査では、フィンランドは自由度世界第2位。トランプ大統領の米国は48位である。

翌日(3日)の日本の『朝日新聞』が、かんぽ生命保険の不正販売報道の件で、鈴木康雄・日本郵政副社長が国会で野党によるヒアリングに応じた後、院内で記者団の取材に対して次のように言った、と伝えた。

「(NHK)のクロ現(クローズアップ現代)は続編に向け情報提供を募る動画を昨年7月にネット投稿したが、郵政側の抗議後に削除。続編はかんぽ生命の不正販売の問題が広がった後の今年7月まで放送されなかった。鈴木氏はNHK側から『取材を受けてくれれば動画を消す』と言われたと説明。記者団に対し、『まるで暴力団と一緒。殴っておいて、これ以上殴ってほしくないならやめたるわ。俺の言うことを聞けって。バカじゃねぇの』と述べた。NHKへの抗議について、長門正貢・日本郵政社長は『深く反省している』と話しているが、鈴木氏はこの日、『いろんな考え方がある』と述べるにとどめた」

開会した臨時国会の論戦のテーマは「芸術祭への補助金、NHKかんぽ報道、関電の金品受領」と野党側が意気込んでいる割には、安倍政権下での報道の自由についての危機感がジャーナリズムの側に足りない。

国境なき記者団の調査では、日本の報道自由度は米国をも下回り世界で67位。日本は2010年には11位だったが、安倍政権下で順位が急降下した。

 (2019.10.5 花崎泰雄)

 

 

 

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