ミハイル・ゴルバチョフが8月30日死去した。
朝日新聞8月31日夕刊1面の解説記事に次のような記述があった。
「ゴルバチョフ氏の評価を巡っては、欧米や日本では『冷戦を終結させ、核軍縮を推進した』と肯定する声が多数を占める一方、ロシアでは『ソ連解体の張本人』という否定的な意見が支配的だ。ソ連解体から続くロシアの国際的地位の低下がウクライナ侵攻を引き起こしたとの見方もある」
ゴルバチョフの評価で、欧米では肯定的、ロシア国内では否定的意見が多いことはかねがね指摘されてきた。だが、次の一文、
「ソ連解体から続くロシアの国際的地位の低下がウクライナ侵攻を引き起こしたとの見方もある」
これは大風が吹けば桶屋が儲かる式の言葉遊びに過ぎない。ゴロバチョフによるソ連の瓦解で、ロシア人は大国の市民としての自信を失い、その喪失感の埋め合わせにロシア・ナショナリズムに溺れ、それをプーチンが権力永続化に利用してウクライナ侵攻を企て、不安になったNATO諸国が防衛費を増加させ、日本の保守勢力が防衛費のGDP2パーセントを声高に叫び、来年度の防衛予算を大幅に増やそうとしている。もとをただせば、世界的な軍備増強の大波はゴルバチョフの改革に始まることになる――といった銭湯的国際政治学に発展する。
ゴルバチョフがソ連の最高指導者になった1985年、ソ連の政治・経済・社会はすでに行き詰っていた。だからアンドロポフがソ連立て直しのための切り札としてゴルバチョフを国家指導者に引きたてたのだ。そもそもソ連はつぶれかけていたのである。
ゴルバチョフとレーガンは1987年にINF(中距離核戦略)全廃条約に調印した。米ソがINF全廃条約に縛られていた30年ほどの間に、中国が中距離弾道ミサイルの配備を着々と進めた。それに怒ったトランプがINF全廃条約の廃棄をロシアに通告した。
核兵器削減と東西冷戦の終結は、ゴルバチョフの主要な政治的功績だが、そうした平和への明るい貢献も、国際政治の闇の中にいつの間にか沈んでしまう。ふりかえると歳月のむなしさが感じられてならない。
(2022.8.31 花崎泰雄)