TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)交渉に参加する意向を、日本の野田佳彦首相が固めたと報道された。TPPについてはこれまで賛成派と反対派がにぎやかな議論をしてきているが、双方の言い分にどうも説得力に欠けところがある。
賛成派は「アジアの成長を取り込む」と言っているが、日本が交渉に参加した場合、TPPの交渉国のGDPの9割強を日本と米国が占めることになる。中国も韓国もいまのところ交渉に参加することを表明してしないからだ。一体全体どこにアジアの成長市場がある?
反対派は農業問題を中心にあげつらっているが、日本の農業はTPPに関係なく衰退している。2010年に農業従事者の61パーセントが65歳以上になっている。反対派はTPPが日本の農業を死滅させると言っているが、TPPで攻められなくても日本の農業はこのままではいずれ死滅する。
日本政府が言っていることもよくわからない。
内閣府はGDPを2兆円から3兆円ほど増やす効果があると言い、経済産業省はもしTPP加盟が実現しないとGDPが10兆円ほど減ると脅した。一方で、農林水産省は加盟すれば農業関連のGDPが8兆円ばかり減るといった。
そこで日本政府はあらためて経済効果は10年間で2.7兆円であると統一見解を出した。年間2,700億円である。
日本の外貨準備高は1兆ドルを超えるが、10月31日には日本政府の円売りドル買いの市場介入で、一気に円は4円近く急落した。帳面上は日本の資産が4兆円近く増えたことになる。TPPよりも異常な円高をなんとかするのが先決だ。といってもできない相談だが。
TPPはアメリカにとってどんな利益があるのだろうか。韓国との自由貿易協定によって、アメリカでは年間110億ドルと7万人以上の雇用創出が見込こまれると、その経済効果をオバマ政権は米国民に告げた。
PTTは事実上日本と米国の自由貿易協定になるわけだから、アメリカはこの協定で日本からどんな利益を引き出そうとしているのか。日本とアメリカの間には1970年代から貿易摩擦が連続して発生した。繊維、自動車、牛肉、オレンジ、半導体、市場開放などなど。そういう経過もあって日本とアメリカの関税はコメなどの特定品目を除いて異常に高いものはない。日本の自動車輸入関税は0パーセント、米国は2.5パーセントだ。米国の関税が0パーセントになったとしても、米国で売る日本車の7割ほどが米国内で生産されているから、有難味は薄まる。
そこで、アメリカは日本に物品を売りたいがためにTPPへ誘いをかけているわけではなくて、狙いはゆうちょ銀行とかんぽ生命の株式取得だという説を唱えるむきもある。二つ合わせて総資産は300兆円を超す。そのほとんどが国債で、その額あわせて270兆円ほどになる。強欲を絵にかいたようなアメリカの経済リバタリアンどもの金融乗っ取りの陰謀だという説明だ。この陰謀のおっかないところは――日本の国債は大半が国内で買われているから日本のギリシャ化はありえない、と言っていたが、ゆうちょ銀行と簡保生命の株式が民間に開放され、株式を外資が買い占めるような事態に至れば、それは日本のギリシャ化の始まりの条件の一つになりうる。
アメリカにとってTPPの最大の狙いは、TPPをテコにしてアメリカが主導するアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)を実現しようということだろう。2010年のAPEC首脳会議(横浜)の宣言は、①ASEAN+3、②ASEAN+6、③TPPを基礎にしてFTAAPを実現すべきであるとした。①はアセアン10ヵ国に日中韓を加えたメンバー、②は①にインド、オーストラリア、ニュージーランドを加えた16ヵ国で構成される。この二つには米国の名がない。
ヨーロッパにはEUがあり、北米には北米自由貿易協定(NAFTA)があるが、アメリカのご威光とご意向を気にする日本国政府はこれまでアメリカ抜きの①と②に本気で取り組んでこなかった。ここにきて、日本政府がついに、何らかの理由でアメリカが主導権を握るFTAAPづくりの構想に賛成することにしたのだろう。三歩しりぞいてアメリカの影を踏まずという日本政府のしきたり通りの選択をまたやったといことだ。
中国はTPPにいまのところそっぽをむいている。米国の対中貿易赤字は2731億ドル(2010年)になった。この年のアメリカの貿易相手国は大きい順に中国、カナダ、メキシコ、日本、ドイツになる。アメリカの貿易問題はいまや中国問題なのだ。米国は対中貿易赤字をなんとかしたいのだが、中国が相手では、日米安保体制に組み込んでいる日本を相手にした貿易摩擦交渉とは勝手が違う。TPPを突破口にいずれ中国を貿易交渉の場に引っ張り出そうという戦略なのだろう。
(2011.10.31 花崎泰雄)