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news commentary

ゲリマンダー

2016-02-29 22:30:30 | Weblog

特定の党や候補者が有利になるように選挙区の区割りをすることをゲリマンダーと呼びならわしてきた。

百科事典を見るとこんなことが書いてある。19世紀初めの米国で、エルブリッジ・ゲリー(ジェリーともいう)マサチューセッツ州知事が行なった州議会議員選挙の選挙区の区割りで、自派に有利になるように行った選挙区の形が伝説の怪獣サラマンダー に似ていたことから、ゲリマンダーと風刺の的になった。日本では、1950年代に鳩山一郎内閣が憲法改正に必要な衆議院議席確保をめざして、小選挙区法案を提出したことがある。小選挙区案の中に奇妙な形をしたものがあり、ゲリマンダーをもじってハトマンダーと揶揄された。

最高裁の違憲状態判決を受けて、衆議院小選挙区の是正が求められている。このところの報道によると、安倍首相は0増6減案でお茶を濁し、抜本改正を2020年以降に先送りする意向を示している。

2月29日の朝日新聞夕刊によると、民主党の岡田克也代表が、2010年の国勢調査をもとにアダムズ方式で都道府県ごとの定数配分を見直し、2015年調査をもとに都道府県内の選挙区区割りも変えるべきだ、と主張した。

これに対し、安倍首相は「5年ごとに県の人数が変わるのを導入してしまえば、毎回毎回、大きな議論をしなくてはならない」「あと4年すれば、新たな国勢調査が出てくる。そこでやるのが当たり前ではないか」と応じた。

安倍政権にとって、いまの小選挙区区割りを温存する方が有利だ。したがって、抜本見直しは先送りにし、最高裁が次回も「違憲状態」と判断してくれる程度の修正を加えるだけで現状維持したほうがよかろう、と判断したまでであろう。

「5年ごとに県の人数が変わるのを導入してしまえば、毎回毎回、大きな議論をしなくてはならない」という安倍発言が事の真相をよく表している。人口の増減を的確、速やかに選挙区の構成に反映するのが、「一票の平等」の基本である。とくに小選挙区制にあっては、こまめな選挙区の見直しが必須だ。5年ごとでも、選挙ごとでも、区割りを修正・変更すればいいはずなのだ。それが「大きな議論になる」のは、国会議員たちのそれぞれが、それぞれのゲリマンダーを持ちだして、ああでもない、こうでもないと争うからだ。

土俵を丸くするか、四角にするか、そこで相撲を取る力士自身が判断しようとするから、大きな議論になってしまう。選挙区の区割りの件は、国会議員でなく、完全第三者の委員会にゆだね、人口変動に基づく、政治的算術抜きの判断をしてもらえばすむことである。

現職の議員は選挙区区割りに口出しできるが、新顔は今そこにある選挙区で立候補するしかない。現職と新顔でちょっとした有利・不利の差が出てくる。有権者が平等な1票の権利を与えられ、立候補者全員が平等な機会を与えられる選挙区を用意するには、選挙区の設定から議員を排除する必要がある――と主張しても、トランプ氏ほどの暴言にはあたるまい。

(2016.2.29 花崎泰雄)


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支離滅裂

2016-02-18 23:17:01 | Weblog

順不同に記憶をたどれば、甘利・前経済再生相の「現金入り羊羹袋」、高市総務相の「電波停止」、島尻沖縄北方相の「歯舞」、丸川環境相「1ミリシーベルト」、宮崎謙介・前衆議院議員の「不純異性交遊」と、国会劇場には休む間もなく自民党議員によるお笑いの出し物が続いている。不純異性交遊がばれた宮崎氏は議員をやめたが、これは珍しいケースである。

間髪をいれず、今度は自民党の丸山和也参議院議員だ。彼は2月17日の参院憲法審査会で、「アメリカは黒人が大統領になっている。これは奴隷ですよ。建国当初の時代に、黒人・奴隷が大統領になるなんて考えもしなかった」と発言した。

新聞各紙に詳しい発言内容が載ったが、ここではインターネット新聞『ハフィントン・ポスト』が掲載した発言内容を引用しよう。

「憲法上の問題でもありますけれど、ややユートピア的かもわかりませんけれども、例えば、日本がですよ、アメリカの第51番目の州になるということについてですね、例えばですよ、憲法上どのような問題があるのかないのか。例えばですね、そうするとですね、例えば集団的自衛権、安保条約、これまったく問題になりませんね。それから今、例えば、拉致問題ってありますけれど、拉致問題って恐らく起こってないでしょう。それからいわゆる国の借金問題についてでも、こういう行政監視の効かないような、ズタズタな状態には絶対なっていないと思うんですね」
「これはですね、例えば日本がなくなることじゃなくて、例えばアメリカの制度によれば、人口比において下院議員の数が決まるんですね。比例して。それとですね、恐らく日本州というような、最大の下院議員選出州を持つと思うんです、数でね。上院は、州1個で2人。日本をいくつかの州に分けるとすると、十数人の上院議員もできるとなると、これはですね、世界の中の日本というけれども、日本州の出身が、アメリカの大統領になるという可能性が出てくるようになるんですよ。ということは、世界の中心で行動できる日本という、まあ、その時は日本とは言わないんですけれども、あり得るということなんですね」
「バカみたいな話だと思われるかもしれないかもしれませんが、例えば今、アメリカは黒人が大統領になっているんですよ。黒人の血を引くね。これは奴隷ですよ。はっきり言って。リンカーンが奴隷解放をやったと。でも、公民権も何もない。マーティン・ルーサー・キング(牧師)が出て、公民権運動の中で公民権が与えられた。でもですね、まさか、アメリカの建国、当初の時代に、黒人・奴隷がアメリカの大統領になるとは考えもしない。これだけのですね、ダイナミックの変革をしていく国なんです」
「そういう観点から、例えば日本がですね、そういうことについて、憲法上の問題があるのかないのか、どういうことかとお聞きしたい」

この丸山発言は招かれた参考人の一人から「考えてみたこともなかった。答えようがない」と一蹴された。参議院の審議中継(2月17日)の録画を見たが、憲法論議とは関係のないいかにも唐突な発言だった。丸山氏は陳謝し発言の削除をすると表明。野党は議員辞職勧告決議案を提出した。

2012年の7月ごろ、『ニューヨーク・タイムズ』をはじめ、米英の新聞がオバマ大統領は植民地時代のアメリカのアフリカ系奴隷の子孫かも知れないといっせいに報道したことがあった。アメリカの家系調査を専門にするサイト Ancestry.comがオバマ大統領の母親で白人のアン・ダナム博士の祖先にアフリカ系の奴隷がいたと報じたためだ。同時に、Ancestry.comによると、大統領はアイルランド系、ドイツ系の祖先も持ち、有名な投資家ウォーレン・バフェット氏やティー・パーティー運動のサラ・ペイリン氏、タカ派のラジオ・パーソナリティーのラッシュ・リンボー氏とも遠いどこかでつながっているそうだ。

DNA研究のパイオニアの一人でノーベル賞受賞者のジェームズ・ワトソン博士は、人種差別主義者であり、アフリカ系の人々の知能を貶める人種による知能格差を口にして、非難の的になった。ワトソン博士は自らの遺伝子情報を公開したが、染色体上の遺伝子が持つ遺伝情報であるゲノムを解析した結果、ワトソン博士のゲノムの16パーセントはアフリカ系の特徴を示していたそうである。一般的なヨーロッパ系の人々の16倍以上の濃さだった。

(2016.2.18 花崎泰雄)

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パラドックス

2016-02-12 23:16:13 | Weblog

①クレタ人は嘘つきだとクレタ人が言った。

②国論を二分する政治課題で、放送局が不偏不党の立場から明らかに逸脱していると認められる政治的な公平性を欠く放送を繰り返したと判断した場合、私の時に(電波法76条による電波停止を)するとは思わないが、実際に使われるか使われないかは、その時の大臣が判断する、と高市早苗総務相が2月8日の衆院予算委員会で答弁した。

①はエピメニデスのよく知られているパラドックスである。嘘つきのクレタ人が、クレタ人は嘘つきだ、と言った場合、「クレタ人は嘘つきだ」という発言内容は嘘になり、逆にクレタ人はうそつきではないことになる。すると、嘘つきでなくなったクレタ人が言った「クレタ人は嘘つきだ」という陳述は嘘でなく真実になり、クレタ人は嘘つきになる。その嘘つきのクレタ人が、クレタ人は嘘つきだと言った場合……と、解釈は堂々巡りを始める。ということで、エピメニデスの命題は、論理学の訓練の場合は別にして、実用的な日常の文章としては通用しない。

②の文章も、政治学辞典を参照しつつ、少々の補足を加えると、実用的な文章としては意味をなさなくなる。では、やってみよう。<>内が補足した語句である。

       *

国論を二分する政治課題で、放送局が不偏不党の立場から明らかに逸脱していると認められる政治的な公平性を欠く放送を繰り返したと判断した場合、<憲法改正・安保促進などの基本的価値体系を共有し、その実現のために、政治権力の獲得・維持を目的として組織された自由民主党のメンバーである>私の時に(電波法76条による電波停止を)するとは思わないが、実際に使われるか使われないかは、その時の大臣が<不偏不党の立場から見て、放送局が不偏不党の立場から逸脱しているかどうかを>判断する、と高市早苗総務相が衆院予算委員会で答弁した。

        *

その出自からして不偏不党の人ではない総務相が、放送局の不偏不党性を判定するのは「クレタ人は嘘つきだとクレタ人が言った」的なパラドックスであり、上記の文章が論理的に支離滅裂であることは、これで証明された。だが、エピメニデスの命題と違って、電波停止に言及した部分は、論理を超えた恫喝の効果がある。

(2016.2.12  花崎泰雄)
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反知性主義

2016-02-05 23:15:14 | Weblog

アメリカ合衆国大統領予備選挙が始まった。この時期になると、1冊の本を開いて拾い読みすることが多い。Richard Hofstadter, Anti-Intellectualism In American Life, New York Knopf, 1963 (日本語版は、リチャード・ホーフスタッター、田村哲夫訳『アメリカの反知性主義』みすず書房、2003年)である。この本は出版の翌年の1964年にピュリッツアー賞(一般ノンフィクション部門)を受賞した。

今回、ホーフスタッターの本を開かせたのは、ドナルド・トランプ氏である。選挙活動をニュースで追っている限りにおいては、不動産で稼いだ金はあるが、発言にはおよそ知性の薫りがない。そのトランプ氏が受けているというのは、アメリカに大いなる反知性主義の津波が押し寄せてきているのではないかと、感じさせるからだ。

今のアメリカ人には強い閉塞感があり、そのはけ口として、トランプ的なたわごとが受けているのだろう。ちょうど、沈滞感漂う大阪が橋下過激発言を面白がり、ウサを晴らそうとしたように。

ホーフスタッターがアメリカの反知性主義に関心を寄せるきっかけになったのが、1950年代アメリカの政治的・知的状況だった。マッカーシズムが吹き荒れ、1952年の大統領選挙戦では、俗物根性(ドワイト・アイゼンハワー)と知性(アドレイ・スティーヴンソン)が争った。その結果、「凡庸で、ことばもやや不明瞭であり、人当たりの悪いニクソンとコンビを組んでいた」アイゼンハワーが、「非凡な知力と際立つスタイルをもつ」スティーヴンソンに圧勝した。このことで、「アメリカが知識人を否認したものだと、知識人自身も、その批判派も、受け取った」とホーフスタッターは書いている。知識人を小馬鹿にした米俗語・egghead が定着したのもこの時代だった。

ホーフスタッターの言う「反知性主義」は、アメリカの大統領選挙や政治にその形と程度をかえながら繰り返しあらわれている。1964年の大統領選挙、バリー・ゴールドウォーター対リンドン・ジョンソンの対決は、反知性主義同士の争いになった。勝ったジョンソン大統領はベトナム戦争にのめり込み、68年の選挙に出馬しなかった。

ジョンソン大統領のあと、リチャード・ニクソン、ジェラルド・フォード、ジミー・カーター、ロナルド・レーガン、ジョージ・ブッシュ(父)、ビル・クリントン、ジョージ・ブッシュ(子)、バラク・オバマが大統領に就任した。ニクソンは米中国交を樹立する一方で、ウォーターゲート事件によって任期途中で辞任した。政治的力量は別にして、ニクソンが知性の人だったと信じる人はそれほど多くないだろう。ニクソン辞任で大統領になったフォードも「私はリンカーンではなくフォードだ」と冗談を言ったが、そのとおり高邁な知性の人ではなかった。ジョージ・ブッシュ(子)は歴代大統領の中で、知性からもっともっと遠いところにいた人物で、対アフガニスタン戦争と対イラク戦争を始めて、米国の国際的威信を大いに傷つけた。

政治家は権力を獲得しようとする人であり、権力の獲得の成否は、本質的に、知性と関係がない。知性はせいぜい権力獲得欲を美化し、整えるための化粧として使われる程度である。

1961年に発足したケネディ政権は大統領自身の知的なイメージや、大統領の下に集まったスタッフに知識人が多く、1950年代の反知性主義と絶縁したように見えた。ホーフスタッターとともに1964年のピュリッツアー賞(国際報道部門)を受賞したデーヴィッド・ハルバースタムの『ザ・ベスト・アンド・ザ・ブライテスト』に、副大統領のリンドン・ジョンソンと彼の政治指南役サム・レイバーンの次のような会話が書き込まれている。

ケネディ政権に集まった人々の知性に感銘を受けた副大統領リンドン・ジョンソンが、サム・レイバーンに、バンディはハーバード大学から、ラスクはロックフェラー財団、マクナマラはフォードから馳せ参じ……などと、ケネディ政権のかためたキラ星のような知識人について話したところ、レイバーンは、リンドン、君の言うとおりみんな知性的な連中かも知れんが、私としては、彼らの中の一人でもいいから保安官の選挙に立候補したことのある者がいてくれれば、安心なのだがね、と答えたという。知性より実用的な訓練に重きをおく、アメリカの伝統的な考え方である。

ケネディ政権に参集した知識人たちは、ケネディ後のジョンソン政権でヴェトナム政策を誤ってしまう。アフガニスタンやイラクとの戦争で失策を犯したブッシュ政権と同じだ。知性と外交政策は関係なさそう見える。

アイオワ州の予備選挙で本格的に始まったアメリカの次期大統領選びで、今後、アメリカの反知性主義がどのように有権者の関心を引きつけるのか、その展開を楽しみにしている。

(2016.2.5 花崎泰雄)
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