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news commentary

老いの繰り言

2011-03-26 14:10:44 | Weblog
「天罰」発言を撤回して謝罪したはずの東京都の石原慎太郎知事は、3月26日の読売新聞電子版によると、25日、福島市へ行って佐藤雄平知事を訪ね、「東京はできるだけのことをやるから、おっしゃってください」と最大限の支援を約束した。そのあと、東日本巨大地震に関連し、「天罰」と発言したことについては、「片言隻句をとらえて批判するのは報道として卑劣だ」としながらも、「福島県民に罪はない。国民全体の罪だ」と釈明した。

細かいことを言うようだが、「①国民全体の罪である②福島県民に罪がない」という、2つの事実は同時に成立しうるか? 成立しうるのは、福島県民が日本の国民ではない場合だ。このような粗雑な言語表現しかできない人が「片言隻句をとらえて批判するのは報道として卑劣だ」と言うのであれば、報道側は「老いの繰り言はいい加減にしてくれ。八十近い前頭葉の退化した老人に政治を任せる時代じゃない」。そう言い返してやればいい。

「美濃部さんのように前頭葉の退化した六十、七十の老人に政治を任せる時代は終わったんじゃないですか」。1975年の東京都知事選で当時42歳だった石原は72歳の現職・美濃部に挑戦して敗退した。その選挙で石原陣営に密着取材した沢木耕太郎がレポート『シジフォスの四十日』(『馬車は走る』文藝春秋所収)で、石原の演説を引用している。選挙戦第1日、新宿東口での第一声だったと沢木は書いている。

このレポートは今読み返しても沢木耕太郎というライターの優れた観察力を感じさせるものだ。石原陣営は河野洋平に応援を求め、河野と組んで72歳の美濃部に象徴される老人支配に対して果敢に挑む若い世代という図式を作ろうとした。

しかし、河野洋平はその要請を蹴った。ハト派といわれていた河野のグループは、タカ派といわれていた青嵐会の石原たちからがまんならない侮辱を受けていたこともあり、沢木の叙述では、次のように言って、河野洋平に石原への協力を思いとどまらせた。

 「協力すれば、あるいは石原は当選するかもしれない……当選したあとの責任を、洋ちゃんあなたはとれるのか」

(2011.3.26 花崎泰雄)
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治安出動

2011-03-23 23:52:11 | Weblog
憲法改正がもはや議会制度下ではむずかしければ、治安出動こそその唯一の好機であり、われわれは治安出動の前衛となって命を捨て、国軍の礎石たらんとした。
   (三島由紀夫、1970年11月25日、自衛隊市ヶ谷駐屯地で演説)

今日の東京をみますと、不法入国した多くの三国人、外国人が非常に凶悪な犯罪を繰り返している。もはや東京の犯罪の形は過去と違ってきた。こういう状況で、すごく大きな災害が起きた時には大きな大きな騒じょう事件すらですね想定される、そういう現状であります。こういうことに対処するためには我々警察の力をもっても限りがある。だからこそ、そういう時に皆さんに出動願って、災害の救急だけではなしに、やはり治安の維持もひとつ皆さんの大きな目的として遂行して頂きたいということを期待しております。
   (東京都知事・石原慎太郎、2000年4月9日、自衛隊練馬駐屯地で演説)



2000年4月9日都知事・石原慎太郎が、自衛隊練馬駐屯地で、自衛隊の治安出動に期待すると演説したとき、世間は戦争・兵隊オタクの石原が子どもっぽいクーデタの夢でもみているのだろうと馬鹿にしたものの、政治家の発言としては正面から問題にすることがなかった。問題にしたのは「三国人」発言。ゆがんだ排外主義と民族蔑視の面から石原を追及した。

その一例。正確を期すために、ここで都議会民主党のサイトから、当時の東京都議会民主党幹事長・河合秀二郎と石原のやりとりを再録しておこう。

●石原知事の「三国人」発言について(談話)
200年4月12日東京都議会民主党幹事長・河合秀二郎
 
石原知事が本日の記者会見で釈明され、謝罪されることを期待していたが、全く残念である。

 私たちは、二つの点から「三国人」発言を重大であると考える。
 石原知事は本日の記者会見で、「一義的には外国人という意味。ずっと日本にいる在日の朝鮮人や韓国人を三国人とは思わない」と述べた。しかし、それ以前の記者団の質問に対しては、「戦後の混乱の中で、せっかく作った青空市場で、いわゆる三国人が」と述べており、敗戦後、日本の支配から解放された旧植民地の朝鮮や中国の人々を指した意味での「三国人」という言葉を使っていることは明らかである。そして、この言葉は、当時、かっての植民地意識から抜け出せない日本人が、単に不法行為者に対してのみ使ったのではなく、植民地支配から解放された朝鮮や中国の人々全体に対する反感と憎悪の意味を込めて使ってきたのである。
 石原知事は、「日本人にとって厄介な、迷惑千万な外国人のことをかって第三国人と表現した」とも伝えられているが、朝鮮や台湾を植民地化し、その地に住む人々を「臣民」とした日本が、日本の敗戦によって解放されたこれらの人々を「厄介な、迷惑千万な外国人」として扱ったことこそを恥ずべきであろう。
 しかも、知事はこの言葉を外国人犯罪に結びつけ、自衛隊の治安出動に結びつけた。戦後の混乱期の日本の誤りを、50余年後の今改めて再現しようというものであり、いたずらに排外主義を煽るものですらある。極めて危険な発言といわざるを得ない。
 二つ目は、これまでの東京都の人権施策と齟齬をきたしている点である。
 かつて10年前、東京都の庁内紙「週刊とちょう」6万部が回収され、次号で「おわび」を掲載した経緯がある。それは職員から投稿された文章のなかに「第三国人」の文言があり、人権施策の立場から「偏見を助長するおそれがある」と問題にしたからである。
 また、昨年12月には人権施策推進のあり方専門懇談会が、東京都に対して差別解消にとどまらない幅広い施策の展開を求めているところである。
 石原知事の「三国人」発言は、東京都のとり続けてきた人権施策にすら反するのである。
 よって私たちは、賢明な石原知事が速やかに歴史に学ばれ、発言を撤回するとともに関係者に謝罪されること、さらにその仔細を都議会に説明するよう強く求めるものである。
以 上

●都知事の回答
  都議会民主党幹事長
  河合 秀二郎 様

 不法入国した外国人のことを不法入国した「三国人」と表現しました。
 この言葉は、私が意図した意味とは異なり、差別的に使われていたため、在日韓国・朝鮮人をはじめとする一般の外国人の皆さんの心を不用意に傷つけることとなったのは、不本意であり、極めて遺憾です。
 一般の外国人の皆さんの心を傷つけるつもりは全くないので、今後は、誤解を招きやすい不適切な言葉を使わぬように致します。
 なお、今後とも在日韓国・朝鮮人をはじめとする一般の外国人の皆さんに対する差別意識の解消を図るなど、人権施策の推進に積極的に努めてまいります。

                              平成12年4月19日
                               東京都知事  
                               石原 慎太郎

不法入国した外国人による騒擾事件というありもしない不安をあおりたてて自衛隊に治安出動の覚悟を促す東京都知事は、いったいなにをたくらんでいるのか、その点を都議会民主党は追及しなかった。

自衛隊は数々の災害出動をこなしてきているが、治安出動をしたことはただの一度もない。自衛隊法によれば治安出動は、①総理大臣が命ずる②都道府県知事が総理大臣に要請し、その要請に基づいて総理大臣が命じる、の2つのケースがある。

「60年安保」のさい、当時の岸信介首相が治安出動を赤城宗徳防衛庁長官に催促したが、赤城長官が罷免覚悟でこれを拒否、結局、自衛隊が治安出動することはなかった。のちに、『ニューヨーク・タイムズ』のピュリッツアー賞記者、ティム・ワイナーの著書Legacy of Ashesで、岸はCIAのエージェントだったと暴露された。ワイナーの本は邦訳されている(『CIA秘録』文藝春秋)が、このことで関係者から名誉毀損や訂正の申し立てがあったとは聞いていない。

話が横道にそれた。自衛隊の駐屯地に出かけて隊員に向かって「治安出動」に備えよと叫んだのは、いまのところ三島と石原の二人だけだ。三島は自衛隊の治安出動でクーデタを起こすことを妄想した。石原は現職の東京都知事で、三島よりは政治的妄想度は低いが、石原の公式サイトをのぞくとサイトの名称が『宣戦布告』。

総理大臣に治安出動を要請できる現職の「宣戦布告」知事が、直接、自衛隊員に治安出動に備えよと声をかける姿は不気味である。

(2011.3.23 花崎泰雄)

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漫談 軍事機密暴露

2011-03-22 00:41:37 | Weblog
3月21日夜に見た朝日新聞の電子版によると、菅直人首相はこの日に予定していた東北関東大震災の被災地の視察を、出発30分前になって急遽とりやめた。

同紙の報道によると「受け入れ先に負担がかかるだろうが、『現場の人たちは命がけでやっており、そこを総理が決死の覚悟で訪れて激励することに意味がある』」と政府高官の一人が言っていたそうだ。それにしても「決死の覚悟」とはずいぶん大げさだね。永田町界隈の要人たちはその程度の視察でも決死の覚悟でお出かけになるのだろうか。

最初の首相視察予定地で超多忙な被災地の救援業務のスケジュールをぬって早朝から待機していた石巻の市長、宮城県知事、東松島市長、被災地支援を陣頭指揮する自衛隊東北方面総監らが肩すかしをくった。

首相視察取りやめの理由は「天候不良」。朝日新聞が伝えたところでは「首相周辺は『自衛隊にはどれぐらいの雨だったらヘリを飛ばせないという基準があり、それに照らして機械的に判断しただけだ』という。首相視察取りやめの連絡を受けた宮城県知事たちはヘリで仙台市へ引き返したそうだ。

それにしても、知事を乗せたヘリが飛べるほどの雨(もし降っていたらとすればの話だが)でも、ヘリを飛ばせないという基準が自衛隊にあることが世間に知れてしまった。雨の日には日本の防衛は脆弱になる――こんなとんでもない軍事機密を暴露してしまった首相周辺とはいったい誰のことなんだろう。ハハハハ……

(2011.3.22 花崎泰雄)


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きょうも涙が……

2011-03-18 18:27:01 | Weblog
何年か前の3月、母親が90半ばで大往生を遂げた。火葬場の職員がまだ熱い台の上から焼き上がった骨を骨壺に詰めてくれた。台の上の遺灰の余熱を受けて顔を真っ赤にしながら、そのうえ、その目も赤く涙で潤ませて……。

「新しいサービスだろうか?」
「まさか!」

親族一同、このシーンを話題にしたが、実はこの職員の方はひどい花粉症であったことがわかった。

予報の通り今年の花粉は過激なまでに飛散している。目が赤くはれ、鼻水が垂れる。テレビで東北関東大震災の被災地の映像を見ると、さらに、症状が重くなってくる。

3月17日のNHKのテレビを見ていると、孤立した病院の屋上から、救出に来たヘリコプターに患者を救助してもらい、もうあとに誰も残っていないことを確認して、最後に自分が救助ヘリに乗った若い医師がいた。彼にはまもなく出産予定の妻が遠く離れた病院にいた。

一方で、3月18日付毎日新聞の報道によると――災害時の報道には誤報がつきものだから、あくまで今のところの話だが――自衛隊員が救助のために病院に到着したとき、そこには寝たきりの患者82人がベッドに取り残されていた。医師も職員もいなかった。

その病院は放射能漏れを起こした東京電力福島第1原発の半径10キロ圏内だった。毎日新聞の報道では、「院長は、『もうだめだ。逃げるしかない』と話す人が出たことをきっかけに患者を置いたまま西隣の川内村に避難。そこで合流した自衛隊と共に病院に引き返そうとしたが、第1原発から20~30キロ圏が屋内退避区域となったため、自衛隊だけが向かうことになったと説明している」そうだ。

「ヒポクラテスの誓い」には、「私は能力と判断の限り患者に利益すると思う養生法をとり、悪くて有害と知る方法を決してとらない」とある。柏原益軒は『養生訓』で、「醫とならば、君子醫となるべし。小人醫となるべからず。君子醫は人の為にす。人を救ふに志専一なるなり。小人醫はわが為にす。我身の利養のみ志し、人を救ふに、志専ならず」といっている。

どんな医者でも大学医学部で学んだとき一度は肝に銘じた言葉だろう。

船員法は船長の義務を次のように定めている。「船長は、やむを得ない場合を除いて、自己に代わって船舶を指揮すべき者にその職務を委任した後でなければ、荷物の船積及び旅客の乗込の時から荷物の陸揚及び旅客の上陸の時まで、自己の指揮する船舶を去ってはならない」

インドの古典『バガバッド・ギーター』は次のように言う。「あなたは自己の義務(ダルマ)を考慮しても、戦慄くべきではない……もしあなたが、この義務に基づく戦いを行わなければ自己の義務と名誉を捨て、罪悪を得るであろう。人々はあなたの不名誉を永遠に語るであろう。そして、重んぜられた人にとって、不名誉は死よりも劣る」(植村勝彦訳、岩波文庫)。

大震災・津波の爪痕と格闘している人々や放射能汚染下で福島第一原発の核燃料封じ込め作業をしている人々の胸には、この『ギーター』の教えに似たものが去来していることだろう。そうした厳しい覚悟を迫られている数多くの人々のことを思うと、今日もまた、花粉症がひどくなる。

(2011.3.18 花崎泰雄)



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シンパシー

2011-03-14 23:08:33 | Weblog
   
    sympathy: ad. Late L. sympathia, having a fellow feeling (OED)

日本の新聞にもちらっと紹介されたが、東北関東大地震の直後、『ニューヨーク・タイムズ』のコラムニスト、ニコラス・クリストフが3月11日付の同紙に “Sympathy for Japan, and Admiration” というエッセイを書いた。

クリストフは1995年の阪神淡路大地震のさい、タイムズ紙の東京特派員だった。そのときの阪神淡路大地震の取材経験から彼は、次のような調子でエッセイを書きだした。

あのときは日本政府の対応のまずさから、助かるはずの人がむざむざ瓦礫の下で死ぬことになった。だが、日本の一般の人々の方は、その不屈の忍耐力、ストイックな冷静さ、整然たる規律を示した。それはまさに高貴(ノーブル)とよぶにふさわしい態度であった。「これから数日、数週間の日本を注視しよう。そこには学ぶべき教訓がきっとある」。ほめすぎだが、心に響くお見舞いと励ましのメッセージである。必要なときに欲しいメッセージとはこのようなものである。

日本では、いったん引退を決めたあと、気が変ってまた東京都知事選に出馬する石原慎太郎が以下のような発言をしたと朝日新聞デジタル版(3月14日)で読んだ。

「日本人のアイデンティティーは我欲。この津波をうまく利用して我欲を1回洗い落とす必要がある。やっぱり天罰だと思う」と述べた。都内で報道陣に、大震災への国民の対応について感想を問われて答えた。発言の中で石原知事は「アメリカのアイデンティティーは自由。フランスは自由と博愛と平等。日本はそんなものはない。我欲だよ。物欲、金銭欲」と指摘した上で、「我欲に縛られて政治もポピュリズムでやっている。それを(津波で)一気に押し流す必要がある。積年たまった日本人の心のあかを」と話した。一方で「被災者の方々はかわいそうですよ」とも述べた。

石原は自らヤハウェ神を気取って、「東北関東大地震の津波は今様ノアの大洪水である」と言っているように見受けられる。まるで津波の犠牲者たちが我欲・物欲・金銭欲にまみれていたが故に、天罰を受けたと聞こえる。

タイムズ紙に載ったクリストフのエッセイに対して、クリストフのブログには「手を下した戦争犯罪を認めようとさえしない日本という国や日本人に対して同情も賞賛も必要ない」という書き込みがされたが、その後、この書き込みをした人をたしなめる意見が次々と書き込まれた。

日本の行政のCEOである首相・菅直人の3月12日の「東北地方太平洋沖地震に関する菅内閣総理大臣メッセージ」と、13日の「菅総理からの国民の皆様へのメッセージ」をテレビで聞き、官邸のサイトでそのテキストを読んだが、この人のシンパシーとコミュ二ケーション能力の不足に失望させられた。3月12日のメッセージはこう始まっていた。

「地震が発生して1日半が経過をいたしました。被災をされた皆さんに心からお見舞いを申し上げますとともに、救援、救出に当たって全力を挙げていただいている自衛隊、警察、消防、海上保安庁、そして各自治体、関係各位の本当に身をおしまない努力に心から感謝を申し上げます」

●被災をされた皆さんに心からお見舞いを申し上げます
●救援、救出に当たって全力を挙げていただいている自衛隊、警察、消防、海上保安庁、そして各自治体、関係各位の本当に身をおしまない努力に心から感謝を申し上げます

冒頭、被災者に対するシンパシーを表明する文章よりも、救助にあたっている国家機関・地方行政機関へのねぎらいの方が長いのである。誰に向かってのメッセージのつもりなのだろうか? 「自衛隊、警察、消防、海上保安庁、そして各自治体、関係各位の本当に身をおしまない努力に心から感謝」と機関名をあげてくどくど書くよりも、「岩手・宮城・福島3県をはじめとする被災地の皆様」と具体的に地域名をあげて親しくよびかけ、「あと少しがんばってください。日本国民も、政府・行政機関も、国際社会も、あなたがたをそう長くは待たせません」というふうに血の通った修辞でメッセージを始めれば、役人の書いた行政報告文書ではなく、暖かい気持ちをこめたメッセージが被災地に届いたはずである。

今回の危機は首相にとっては、彼の指導力が試される最大にして最後の舞台である。にもかかわらず、内閣官房長官の14日の記者会見によると、首相は被災地の視察に行きたいと希望していたが、現地から受け入れ態勢が整っていないと断られたという。

(2011.3.14 花崎泰雄)

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外国人の政治献金

2011-03-06 23:05:55 | Weblog

前原誠司外務大臣が3月6日の夜、政治資金規正法が禁止している外国人からの政治資金を受け取っていたことを理由に、外相を辞任した。外交政策では突っ張りリアリスト路線を標榜しているが、以前の偽メール事件での民主党代表辞任といい、今回の政治資金といい、政治家としての姿勢に慎重さがかけている感じだ。

政治献金金をした外国人とは、前原を中学生時代から知っている近所の焼き肉屋の女性で、4年間で20万円の政治献金をした。在日韓国人だった。

在日の人から政治献金を受け取った例は元首相の自民党の福田康夫のケースもあり、事務処理ミスですませる方法もあったが、前原誠司が外相を辞任したのは、先が見えている菅内閣の大臣のいすにしがみつくよりも、やめる方が将来にとって得策だと判断したからだろう。

政治資金規正法は「何人も、外国人、外国法人又はその主たる構成員が外国人若しくは外国法人である団体その他の組織」から、政治活動に関する寄附を受けてはならない、としている。

京都の在日韓国人の焼き肉屋さんは20万円の政治献金をして、結果として、前原の足をすくうことになったのだが、もし、この女性が前原の政治資金集めのパーティー券を20万円買っていたとしたら法律上はなんの問題も起きなかった。

法律は「政治資金パーティーを開催する者は、一の政治資金パーティーにつき、同一の者から、150円を超えて、当該政治資金パーティーの対価の支払を受けてはならない」とするだけで、外国人のパーティー券購入(事実上の政治献金)を禁止していない。

外国人は個人であれ法人であれ、直接政治献金はできないが、政治資金パーティーを経由すれば、事実上の政治献金ができる。

これはどういうことか?

いわずもがなのことだが、その方が便利がいいと、そのとき政治家たちが考えたからだ。焼き肉屋の女性はそういう裏技を知らなかったのだろう。

(2011.3.6  花崎泰雄)
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