訃報が届いた。私の人生をワンランク上げるきっかけをくださった先生である。先生との出会いがなかったら、今の私はなかっただろう。いかり肩でカマキリを思わせるガリガリの先生の姿が脳裏によみがえった。昔に書いた先生との一期一会、読み直してみた。胸にグッとくるものがあった。先生をしのびながら、ブログに再録することにした。
「Sくん、放課後、ちょっと残っといて」
T先生は授業が終わると、そう声をかけた。国語の教科担任だった。実家がお寺でカマキリを彷彿とさせる容姿の特異な先生である。
あまり勉強ができない私も、国語だけは例外だった。他教科では無理な成績を得ていた。それにしてもクラス担任でもないT先生に呼ばれる理由は何ひとつ思い当たらない。
「どうかな?先生は君を推薦したいんだけど」
「え?」
耳を疑った。T先生は私に弁論大会に出場しろと言う。一か月後に加古川地区の防犯弁論大会がある。そこへ学校の代表選手として参加……とんでもない話である。先生は何か誤解しているのではないか?
私は一年遅れの生徒だった。前の学校を一年生の途中で退学している。受験し直して今の高校に入った。クラスメートには気付かれていないが、落第生の意識は私を支配していた。出来るだけ目立つまいと、積極的に友達も作らず、休み時間はいつも一人ぼっち。別に不満はなかった。ただ一日も早く学校生活が終わればいいと願う毎日である。根暗で何を考えているのか得体の知れない生徒だと思われているのは間違いなかった。
居てもいなくても変わらない存在の生徒。何に期待しようと言うのだろう、T先生は。
「きみなら大丈夫。もしかしたら入賞できるぞ。うん、楽しみだなあ」
乗り気のなさを気にもせず、T先生はひとり悦に入っている。とんでもない。
「先生。ぼく……人前で喋るなんて、とてもできないです……」
「いいか。君はクラスで一番朗読がうまい。いや学校でも一番だ。それを弁論に生かせば鬼に金棒さ。弁論の仕方は先生が教えてやるから。ひと月もあれば充分間に合う」」
目立ちたくなくて勉強も程々だが、国語の時間は違った。教科書の朗読は小学校時代から得意だった。他教科の成績が悪くても国語だけはいつもできがよかった。だから今も国語だけは手を抜けずにいる。でも、朗読が上手だとしても、弁論大会がうまくこなせるとは思えない。まして防犯の弁論である。前の学校で非行少年になってしまった私に、防犯をテーマで聴衆に訴える資格などあるものか。まして落第生も同然だというのに。
「いいかい、きみにはみんなと違ういい体験をして来たじゃないか、前の学校で」
「!」
ドキッとした。T先生は知っている。何もかも、ちゃんと知っている、私の過去を…!
「……先生…」
「忘れないで。きみはちゃんとやり直して、今は前向きに進んでいる。立派じゃないか。体験から得たものを正直にみんなに伝えればいい。逃げたり立ち止まったりするなよ。きみが普通の人生を取り戻すための挑戦だ。どうだ、先生がサポートする。一緒にやろう」
T先生の目は揺るがなかった。真剣そのものの先生の思いに、私は頷くしかなかった。
翌日の放課後から三週間、T先生とマンツーマンで特訓が続いた。他に選ばれた候補者三人ともお互いに切磋琢磨しあった。そして最終的に学校代表に私は選ばれた。
「思い切って君の気持ちを叫べばいいからな」
本番の日、壇上に上がる私の背中をポンと叩いた先生。ふり返らなくても先生がどんな顔をして私を送り出したかは、すぐ分かった。
(他の人とは違って君は貴重な体験をして来たんだ。挫折をどう乗り越えたのか、みんなに伝えてやれ。それで君は自分を取り戻せる)
何度も聞かされた先生の言葉が私を支えた。
聴衆の拍手にやっと我に返った。震えの止まらない足元を何とか進めて先生の前に。
「よかったよ」
たった一言。その瞬間、全身の力が抜けた。
結果は二位入賞。そして私の新たな青春はスタートした。T先生の目論見(?)が、前向きに生きる勇気を与えてくれたのである。
先生、ご冥福をお祈りします。いつかまたあの世で、必ず先生と出会って、お教えを賜りたいなあ。(今日は真剣です!)
「Sくん、放課後、ちょっと残っといて」
T先生は授業が終わると、そう声をかけた。国語の教科担任だった。実家がお寺でカマキリを彷彿とさせる容姿の特異な先生である。
あまり勉強ができない私も、国語だけは例外だった。他教科では無理な成績を得ていた。それにしてもクラス担任でもないT先生に呼ばれる理由は何ひとつ思い当たらない。
「どうかな?先生は君を推薦したいんだけど」
「え?」
耳を疑った。T先生は私に弁論大会に出場しろと言う。一か月後に加古川地区の防犯弁論大会がある。そこへ学校の代表選手として参加……とんでもない話である。先生は何か誤解しているのではないか?
私は一年遅れの生徒だった。前の学校を一年生の途中で退学している。受験し直して今の高校に入った。クラスメートには気付かれていないが、落第生の意識は私を支配していた。出来るだけ目立つまいと、積極的に友達も作らず、休み時間はいつも一人ぼっち。別に不満はなかった。ただ一日も早く学校生活が終わればいいと願う毎日である。根暗で何を考えているのか得体の知れない生徒だと思われているのは間違いなかった。
居てもいなくても変わらない存在の生徒。何に期待しようと言うのだろう、T先生は。
「きみなら大丈夫。もしかしたら入賞できるぞ。うん、楽しみだなあ」
乗り気のなさを気にもせず、T先生はひとり悦に入っている。とんでもない。
「先生。ぼく……人前で喋るなんて、とてもできないです……」
「いいか。君はクラスで一番朗読がうまい。いや学校でも一番だ。それを弁論に生かせば鬼に金棒さ。弁論の仕方は先生が教えてやるから。ひと月もあれば充分間に合う」」
目立ちたくなくて勉強も程々だが、国語の時間は違った。教科書の朗読は小学校時代から得意だった。他教科の成績が悪くても国語だけはいつもできがよかった。だから今も国語だけは手を抜けずにいる。でも、朗読が上手だとしても、弁論大会がうまくこなせるとは思えない。まして防犯の弁論である。前の学校で非行少年になってしまった私に、防犯をテーマで聴衆に訴える資格などあるものか。まして落第生も同然だというのに。
「いいかい、きみにはみんなと違ういい体験をして来たじゃないか、前の学校で」
「!」
ドキッとした。T先生は知っている。何もかも、ちゃんと知っている、私の過去を…!
「……先生…」
「忘れないで。きみはちゃんとやり直して、今は前向きに進んでいる。立派じゃないか。体験から得たものを正直にみんなに伝えればいい。逃げたり立ち止まったりするなよ。きみが普通の人生を取り戻すための挑戦だ。どうだ、先生がサポートする。一緒にやろう」
T先生の目は揺るがなかった。真剣そのものの先生の思いに、私は頷くしかなかった。
翌日の放課後から三週間、T先生とマンツーマンで特訓が続いた。他に選ばれた候補者三人ともお互いに切磋琢磨しあった。そして最終的に学校代表に私は選ばれた。
「思い切って君の気持ちを叫べばいいからな」
本番の日、壇上に上がる私の背中をポンと叩いた先生。ふり返らなくても先生がどんな顔をして私を送り出したかは、すぐ分かった。
(他の人とは違って君は貴重な体験をして来たんだ。挫折をどう乗り越えたのか、みんなに伝えてやれ。それで君は自分を取り戻せる)
何度も聞かされた先生の言葉が私を支えた。
聴衆の拍手にやっと我に返った。震えの止まらない足元を何とか進めて先生の前に。
「よかったよ」
たった一言。その瞬間、全身の力が抜けた。
結果は二位入賞。そして私の新たな青春はスタートした。T先生の目論見(?)が、前向きに生きる勇気を与えてくれたのである。
先生、ご冥福をお祈りします。いつかまたあの世で、必ず先生と出会って、お教えを賜りたいなあ。(今日は真剣です!)