こころの文庫(つねじいさんのエッ!日記)

家族を愛してやまぬ平凡な「おじいちゃん」が味わう日々の幸せライフを綴ってみました。

諦めててにいれたもの

2021年10月07日 10時07分56秒 | 日記
畑ドッグラン?で飛び回る源ちゃんだが、
ダッシュを繰り返すのを横目に、
畑仕事に集中していると、
いつの間にか傍にすり寄っている。
構ってほしいのだ。
気が付かないふりを決め込んでも、
そうは問屋が卸さないとばかりに、
源ちゃんはしつこい。
目が合うと、もう仕方がない。(甘いなあ。笑)
気になって仕事にならなくなる。
(ま、いいっか)諦めて源ちゃんの時間に飛び入り参加だ。
フリスピーで、しばし時間を忘れて遊んだ。
諦める。
そう私の人生において、
最も重要なワードである。
「できるまで頑張りなさい」
母に言われてやっては見るが、
人並みになれなかった幼児期。
とにかく運動能力に劣っている私を、
思い知らされる結果になるだけだった。
小学校に上がった時、
いや応なく強いられる体育の授業。
何もできず級友に笑われる時間を過ごした。
(出来へんもんはなんぼやっても出来ひんわ)と、
子供なのに達観してしまったのだ。
以来、できないことは諦めるという処世術を身に着けてしまった。
すると不思議なことに、
できることが増えたのだ。
選択肢が縮まり、
これならできるやんと気付きやすくなったからだろう。
「お前は努力が足らん」
そんな意見は聞き流した。
やれることをやる。
やれるから楽しめる、夢中になれる。
そして好きになる。また夢中になる。
そのプロセスを経て、
人に負けないと自認できるものを一杯手に入れたのだ。
諦めることは悪くない。
未練たらしく頑張ってみても、
出来ないことができるようになる確率は僅か。
だから諦めれば、
次の発見が容易になる。
やれることはたくさんあるはず。
それを見つける機会を作るには、
その時やっている無駄な?頑張りを捨てればいい。
単純な思考、乱暴な発想だが、
私の人生は諦めてつかんだものなのである。(大笑い)
コメント
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