こころの文庫(つねじいさんのエッ!日記)

家族を愛してやまぬ平凡な「おじいちゃん」が味わう日々の幸せライフを綴ってみました。

ふるさと回帰

2014年11月26日 00時20分44秒 | おれ流文芸
十三年目のふるさとUターンだった。
 街に出た時は単身。帰郷は家族四人を伴ってである。末っ子はまだ赤ちゃんだった。やっていた商売を見限って帰ってきた。
迎えてくれた懐かしい田舎の自然あふれた風景。そして両親は元より、幼馴染みの友人たち。村の隣近所のみんなも歓迎してくれた。家族は自然にふるさとと同化していった。しかし、当の私はなかなか素直になれぬまま。
「ふるさとは遠きにありて想うもの」というが、やはり田舎は住んでみないと、その魅力は分からない。十三年前に背を向けた、豊かな山並みに囲まれた田舎風景に変化は少しも無かった。街の暮らしに敗れた傷心の身を優しく包み込んでくれるばかりだったのに。
 出戻りの身には、村の付き合いという難問があった。村入りして、ホッとしたのも束の間、村の行事が立て続けに来た。季節ごとにある草刈りや道普請の共同作業。冠婚葬祭は隣保の住人がより集った。秋の村祭りは一家族から最低一人の参加を求められる。社交性の乏しい性格が町に暮らしてさらにひどくなっていた。村特有の付き合い方も、長く離れて記憶も薄れている。やる前から意識は萎縮しきっていた。いつも部外者の気分だった。
「よう帰って来たのう。嬉しいわ」 
 声を掛けてくれたのは、二年学年が下の幼馴染み。顔は見知っていたが、特に話したこともない相手だった。しかし、彼は昔の知己に出会えた感動を隠そうともしなかった。知らず相手のペースに引きずり込まれていた。聞けば、彼も出戻り組の一人だった。私より三年も前に村に戻っていた。
「そら、帰った当初は居場所なかったなあ。そいでも、ふるさとはふるさとなんや。山も田んぼも原っぱも、みんな昔のままやった。俺もこの村で生まれ育ったし、今もこないして生きてる。それでええんやて、言ってくれてる気がした。それからは人を気にせんようになった。そしたらな、いつの間にか、みんなとの距離がのうなってたわ」
 淡々と語る彼の顔は、どこかで見かけたものだった。ぎすぎすしたものはかけらもなく、お人よしで柔和な顔。そうだ。自分の周囲にいる隣人たちの顔だった。
 佳境に入った祭り。神社の境内で布団屋台の練り合わせに、奉納の差し上げ。前と後ろから声がかかる。
「ええか。みんな仲間や。同じ村で育った誇りと馬力を見せたるぞ!」「おう!」
 呼応して叫んだ。屋台を神殿前で差し上げた瞬間。自分の頑なな思い込みが溶けて消え去った。屋台を境内の定位置に据えた瞬間、抱き合って歓呼の声を上げたみんな。子供の頃から村を駆け回った仲間たちの顔が、ようやく私の心に蘇った。ふるさと回帰だった。
 ふるさとは、自然も人情も阿吽の呼吸で迎え入れてくれる。それをやっと悟ったのだ。 
帰郷以来三十年。外に出た息子がもうすぐ帰って来る。彼もふるさとに救われるだろう。

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