老いの風景〔2〕
60歳の声を聞く頃に
自動車運転免許証が取り消しされ
車の運転はできるのだが
車のハンドルを握ることができなくなった
息子から「人間失格」と罵倒され
唾を吐きかけられた父親
無言のまま家をでたまま
帰らぬ人となり
家族も仕事に纏(まつ)わる人も断ち切り
すべてを捨ててきた
そこで人生が終わった
男は人里知れぬ山峡に移り
屋根も壁も傷んだ枯葉のような平屋に棲んでいた
人生再スタートしようと
ハローワークで職探しするも
あるのはアルバイトや日雇い
いまは年金暮らし 自慢にも定期預金は零
居間には時代遅れのテレビが置かれ
向かい側の壁には日焼けた文庫本が無数に高く積まれていた
他にある家電は冷蔵庫と洗濯機、掃除機のみ
身寄りのないひとり暮らし老人として
村役場に登録され 訪れる人は地区の民生委員と郵便配達
ふらつきと躓きが目立ち転ぶこともしばしば
物忘れもではじめ
しまい忘れ置忘れがあり
物を探すことに時間をとられ
それが日課となった初老の男
民生委員の勧めで要介護認定を申請したところ
「要支援1」のお墨付きを頂くも
生活苦は変わらず
忘れた頃にケアマネジャーという
カタカナの肩書を持った年齢不詳の背が低い男性が訪問する
訪問者がひとり増えた
男はわずかな年金額から
夏目漱石をひとり取り出し缶箱に入れ
夏目漱石が12人になると
紅葉の季節 温泉のひとり旅を愉しむ
故郷の墓地に骨を埋める気持ちもなく
最期は朽ちた吾身を献体に捧げ
無縁墓地に眠りたい、と
老人は聴き取りにくい言葉で
私に話す
辺境の地に無名の老人が生きていたことを
無縁仏になっても
覚えて欲しくて
私に話したのであろうか
「すべてを捨ててきた」
60歳の声を聞く頃に
自動車運転免許証が取り消しされ
車の運転はできるのだが
車のハンドルを握ることができなくなった
息子から「人間失格」と罵倒され
唾を吐きかけられた父親
無言のまま家をでたまま
帰らぬ人となり
家族も仕事に纏(まつ)わる人も断ち切り
すべてを捨ててきた
そこで人生が終わった
男は人里知れぬ山峡に移り
屋根も壁も傷んだ枯葉のような平屋に棲んでいた
人生再スタートしようと
ハローワークで職探しするも
あるのはアルバイトや日雇い
いまは年金暮らし 自慢にも定期預金は零
居間には時代遅れのテレビが置かれ
向かい側の壁には日焼けた文庫本が無数に高く積まれていた
他にある家電は冷蔵庫と洗濯機、掃除機のみ
身寄りのないひとり暮らし老人として
村役場に登録され 訪れる人は地区の民生委員と郵便配達
ふらつきと躓きが目立ち転ぶこともしばしば
物忘れもではじめ
しまい忘れ置忘れがあり
物を探すことに時間をとられ
それが日課となった初老の男
民生委員の勧めで要介護認定を申請したところ
「要支援1」のお墨付きを頂くも
生活苦は変わらず
忘れた頃にケアマネジャーという
カタカナの肩書を持った年齢不詳の背が低い男性が訪問する
訪問者がひとり増えた
男はわずかな年金額から
夏目漱石をひとり取り出し缶箱に入れ
夏目漱石が12人になると
紅葉の季節 温泉のひとり旅を愉しむ
故郷の墓地に骨を埋める気持ちもなく
最期は朽ちた吾身を献体に捧げ
無縁墓地に眠りたい、と
老人は聴き取りにくい言葉で
私に話す
辺境の地に無名の老人が生きていたことを
無縁仏になっても
覚えて欲しくて
私に話したのであろうか