大正・昭和時代の懐かしい木造校舎と桜の風影
“風景”を“風影”と表現したのは
陽の光で影ができる
当然風景にも影が映り
陰は陽が当たらない処を意味する
影は影でも
古賀政男の名曲
影を慕いて は
心に滲みてくる
昭和33年4月に
自分は小学校1年生になり
青いトタン屋根の家から木造校舎の小学校
(長屋風平屋建)まで路程は2㎞余りあった
蝦夷富士が見える山村の4月はまだ根雪があり
長靴で登校
いまは木造の中学校は廃校になり影も形もない
寂しい限り
学校には教室ごとに煙突がそびえ立っていた
晩秋になると石炭ストーブが設置される
当番が決められ
百姓の子と町の子が組み合わせになり
石炭ストーブを焚きつけ
級友が登校するまでに教室を温かくする
町の子は焚きつけることが思うようにできなかった
百姓の子は 自宅に薪ストーブや石炭ストーブがあり
焚きつけはオチャノコサイサイで上手だった
北海道の冬の山村は
2~3mの雪が積もった
雪原を照らす満月の光は幻想的
蛍雪時代という受験雑誌があった
蛍が無数に集まった光も幻想的
満月に照らされた雪原は明るく
読書ができる
深夜、雪原で満月の夜に
見知らぬ女性とすれ違うときは
背筋が寒くなり
怖いもの見たさに
つい後ろを振り返ってしまう
自分も老人になった
昔の話を懐かしがるような齢になってしまった
若いとき
老人は何て
繰り返し昔の話をしたりするのか、と
自分ながら苦笑してしまいます