東山いこいの森の仙人

福井県勝山市にあるキャンプ場「勝山市東山いこいの森」の日々の暮らしを発信します。

桜もいっぷく状態。

2013年03月27日 17時23分24秒 | 日記
 午後からは、雨も少し 降り出して桜もいっぷく状態です。
ベルの勝木書店に注文してあった本が ようやく入荷したとの
知らせがあったので 取りに行って来ました。
橘礼吉著、「白山麓の焼畑農耕」佐々木高明著「稲作以前」の二冊です。
この二冊は、勝山り小林先生に貸して頂いた本で、一応全部
読ませていただいたのですが、一度読んだぐらいでは
覚えきれず、手元に置いて何回も調べ直しがしたくて
購入する事にしました。
橘先生の白山麓の焼畑農耕の著書には、佐々木高明国立民俗学博物館館長の
推薦の言葉として、白山麓は日本を代表する焼畑農耕地帯であった。
橘さんは地元の有利さを生かして、この白山麓の焼畑の特色を
克明に描き上げた。焼畑農耕誌として、これほど詳細なものはない。
日本農耕文化のルーツに興味を抱く人の必読の書である。
と書かれてあります。
以前 お借りした。稲作以前の本は昭和46年(1971)発行のもの
でしたが、私たちが 学校で習った歴史の常識からは
考えられない内容でビックリしましたが、
今の時代になって ようやく佐々木博士の説も理解する人が増えて
来たとのことですが、未だ専門家の中には否定される人もいるとのことです。
私は、農耕の技術的な事に付いては、殆んど分かりませんが、
稲作以前からの農耕をして来た古代人の考え方と、
私が生まれ育った環境での、精神的なものの考え方は
殆んど変わっていないのではと思われます。
明治維新と、太平洋戦争によって山の民の暮らしが
大きく変わったと思われます。
戦争時、米が配給制度となり、それまで米を食べていなかった
焼畑農家にまで、米が配給される様になってそれまで
受け継ぎ、守って来なければ成り立たなかった生活が
一変してしまい、価値観や精神文化もないがしろになって
いったのではないでしょうか。