☆今日の一枚 327☆
Pink Floyd
Atom Heart Mother
印象的なジャケットである。文字が書かれていないところがよい。ピンク・フロイドの1970年作品『原子心母』である。もちろん、プログレッシブ・ロックの名盤のひとつと評価されるアルバムだ。Atom Heart Motherを『原子心母』と「直訳」したのは、東芝音楽工業のデレクターだった石坂敬一氏なのだそうだが、今考えると、これはこれでよかったという気がする。あえて訳さないという選択もあったのだろうが、日本人の心にはこの方がすんなり入ってくるという気もする。高校生の私はこの耳慣れない日本語のアルバムタイトルに当惑し、「母なるもの」、ユングいうの原型、「マザー」のようなものかと考えたりしたが、心臓にペースメーカーを埋め込んで、生きながらえている妊婦のことを書いた新聞記事の見出しからヒントを得たものなのだそうだ。
ピンク・フロイドの音楽、あるいはプログレッシブ・ロック全体を考える場合に絶対にはずせない作品であり、内容も悪くはないが、正直にいえば、今日という地点から見ると、ブラスやコーラスの使い方にやや時代性を感じてしまう。その意味では、私の中では例えば『狂気』に比べて一段落ちる。けれども、決して嫌いな作品ではない。現在でも折にふれて取り出し、CDトレイにのせるアルバムである。
ここ数年、40代の後半になったあたりから、プログレを時々聴くようになった。思えば、若い頃の聴き方は頭でっかちだったと今は思う。作品の位置づけとか、ロック史上における意義とかが、頭のどこかに、というかかなりの部分を占めて聴いていたように思う。今私がプログレを聴くのは、その革新性からでも実験性からでもない。なんというか、癒されるのである。作品の持つ、素朴な抒情性ゆえに、癒され、そのまま眠ってしまうこともしばしばだ。もはや、プログレという範疇も私にはどうでもよい。ただ、どういうわけか、いわゆるプログレ作品には癒される音楽が多い。不思議だ。