WATERCOLORS ~非哲学的断章~

ジャズ・ロック・時評・追憶

あの日の夜

2021年03月13日 | 今日の一枚(O-P)
◎今日の一枚 476◎
大貫妙子
Attraction
 今週は、10年目の3月11日があった。震災にまつわることについては、これまでいろいろ書いた。ただ、私は津波そのものを見ていない。たまたま海岸から遠いところにいたのだ。いつも思い出すのは、あの日の夜のことだ。避難先で過ごした夜は、本当に寒かった。避難先には、確かな情報は何も入らなかった。高校に津波が押し寄せ、体育館の屋根はもうないらしいなどの噂を聞いたがリアリティーを感じられず、デマの類かと思ったほどだ。携帯電話のワンセグで見たニュースに町が燃えている映像が映り、「気仙沼市」という文字を見たときも実感がもてなかった。あわてて外へ出て空を見上げた。遠くの空が真っ赤に色付いていた。大変なことが起こったのかもしれない、とその時初めて思った。

 今日の一枚は、大貫妙子の1999年作品の『アトラクシオン』である。私は、日本の音楽はあまり聴かない。大貫妙子の音楽は、数少ない例外の一つだ。今週見た、テレビの震災関連番組のバックに聞き覚えのあるメロディーが流れていた。大貫妙子の「四季」だった。郷愁を感じさせる日本的な旋律、歌詞の中の故郷の情景の描写や、「胸に残る 姿やさしい 愛した人よ」「さようならと さようならと あなたは手をふる」などの言葉が、震災を追憶する音楽としてふさわしいと考えられたのだろう。早速、「四季」の収録されている『アトラクシオン』をしばらくぶりに聴いてみた。「四季」は、やはりいい曲だ。歌詞の背景や意味については不明だが、喪失の歌のようだ。不在の人と故郷で過ごした情景を描写した歌詞である。前半部でその人と過ごした故郷の情景が鮮やかに描かれ、終わりになってその人が今はもう不在であることが告げられる。「さくらさくら 淡い夢よ 散りゆく時を知るの」という言葉で死のイメージが提示され、「さようならと さようならと あなたは手をふる」という言葉で、その人の去り行く情景が描かれる。秀逸な歌詞である。初期の、フランスものの時代とは一味違う、円熟した大貫妙子の曲だといえよう。
 今、「風の旅人」がかかっている。これもまたいい曲だ。


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