1973~4年頃だと思うのだが、『若い先生』というドラマがあった。30分もので(確か7:30からで、提供はブラザーじゃなかったかと思う)、主演は篠田三郎と水沢アキだった。
今日、なぜか、その主題歌を口づさんでしまった。
♪それは、あなたよ、若い先生
風の中を駆けていったのあなた
君の涙は熱いはずだと
泣いた私に微笑みくれたわ
若い季節の変わり目は、誰も心が揺らいで
そんな○×△※○×△※○×△※○×△※♪
と、途中で歌詞がわからなくなってしまった。メロディーはわかるのだが、歌詞がわからない。インターネットで調べてみたが、どうもわからない。新しい曲なら調べようもあるのだろうが、古いあまりヒットもしなかったドラマの主題歌となると、なかなか難しいようである。ということは、私が何かの拍子にでも思い出さない限り、この歌詞は永遠に失われてしまうのだろうか。
年齢を重ねるとはそういうことなのだろう。人は生きるごとに多くのものを失って行く。
失われた記憶……失われた歌詞。
[追記]
コメントの「くま田なおみ」様のご教示によれば、「そんな○×△※○×△※○×△※○×△※♪」の部分は、どうやら
「そんな言葉のひとつでも 生きる望みに変えるの」
らしい。
それはあなたよ 若い先生 風の中を駆けていったわ あなた
君の涙は 熱いはずだと 泣いた私に微笑みくれたわ
若い(青い?)季節の変わりめは とても心が揺らいで
そんな言葉のひとつでも 生きる望みに変えるの♪
昨日思わずくちづさんだら、最後まで歌えてしまった、この歌。いったい誰のなんという歌なのかわからず、40歳~55歳までの友達にメールしまくりました。ある友達からは電話がかかり電話口で歌ってもみました。
でも、わからず。曲の感じから、やまがたすみこ ほんだるつこ では?といわれて…私はチェリッシュかなって思ったのだけど。
何かのドラマの主題歌だという気がしたし、篠田三郎の顔が浮かんだけど
それもさだかではなく。無駄知識満載のつれあいにも歌ってみせたが知らんという。誰も知らない、でも、私の脳のしわに刻まれていた歌。
なつかしくて歌いやすくて、メロディが好きです。
インターネットで検索してみましたが、なかなかヒットせず、幻の歌…と思いました。これは探偵ナイトスクープ(関西で放送されている探偵番組・視聴者からの依頼でいろんなことを調査してくれる)に頼むしかない!とすら思いました。あきらめていた頃、このブログにいきあたり、歌詞をみて、わーーーい!っといってしまった。あったんだ、この歌。やっぱりあったよって。今日 昨日メールした友達に伝えました。
それにしても、私が14歳頃、こんな先生がいたのだろうか。私の中学時代は毎日が楽しくて夏休みなど退屈で早く学校にいきたかった。遠い記憶ですね。
現在、中学に入ってから、いじめられて休みながらなんとか登校する子どもの保護者としては、こんな先生の一人でもいてくれたらいいのにと思わずにはいられない。受験が気になりますが、休みがちなので積み上げていく教科はなかなか追いつけず、ため息がでます。吐き気や下痢 頭痛に苦しみながら登校する後姿に、負けずにガンバレとはいえなくて。夏休みの終わり、「もう三年間もいじめられて続けて…」と遺書を残して逝った少年のニュースは他人事ではありませんでした。いじめる子たちは集団で笑いながら…も同じ。でも、そんな子達は先生の前ではさわやかで明るいいい子たちなんです。あては知ってても知らないふりの生徒たち、何もできない先生・学校。泣きながら休みながらも部活を三年間続け 三年生としての責任もなんとか果たせたけど、勉強の遅れはなんともしがたい。いじめっこたちが志望校にゆうゆうと合格し、いじめられた子は受験が難しいなんて。
どこかに、生きる望みをくれるような先生はいないものでしょうか、という気持ちもこめて、今日も「若い先生」を歌いました。 くま田
おかげさまで、恐らくは、数十年来の疑問が解決しました。あのドラマは、主演が篠田三郎で、マドンナ役が水沢アキだったと思いますね。篠田三郎のさわやかさがなぜか記憶に残っています。
篠田三郎の先生物といえば、NHKテレビで放映された『優しい時代』シリーズが記憶に残っています。こちらもなかなかよくできたドラマで、再放送もされたことを覚えています。主題歌はみなみらんぼうだったと思います。
『優しい時代』は、もしかしたらCS放送で再放送の可能性があるのかもしれませんが、『若い先生』は恐らくは無理なのでしょうね。
昔のことにこだわるのはきっと年をとったからなのでしょうか(すみません)、覚えていたはずのものをどうしても思い出せないのは、何か過去に忘れ物をしたようで
何かしら落ち着きの悪い気持ちになるものです。
さて、あなたが思い出せない歌詞ですが、それはたぶん…
それはあなたよ 若い先生 風の中をかけていったわ あなた
君の涙は 熱いはずだと 泣いた私に微笑みくれたわ
若い(青い?)季節の変わりめは とても心がゆらいで
『そんな言葉の ひとつでも 生きる望みに変えるの』
だと思いますよ。いいメロディーですよね。
でも、歌詞が今の学校・先生・生徒の現実には「ありえんなぁ」ってかんじ。プチ不登校の中学生の保護者としては…。こんな「若い先生」がいてくれたらーって思いますけどね。あなたの情報によれば、このドラマが放送されたとき、私は中学一年生くらい。遠い記憶ですねぇ。若い脳に刻まれた歌は、こうしてフッと戻ってくるんですね。最近の歌はしばらくすると忘れてしまうのに。45歳の今改めて歌うとヘンな歌詞~って思うけど、好きなメロディーだから歌っちゃいますね~。…こんなことがあったらいいなぁっていうような、現実逃避な憧れもかねて。
では、昨晩というか、今朝、私の「何の歌だろう~」なもやもやを晴らしてくれてありがとう。お元気で。くま田。
中学生の娘に教わりながら、はじめてブログにコメントしたりして、それが載ってて、お返事あったよ~と娘にいうと、笑っていました。
「覚えていたものを どうしても思い出せないのは 何か忘れ物をしたようで…何かしら落ち着きの悪いものです」とありましたが、本当に同感です。歌は意識していなくても心の中に沈んで、何かのおりにふと浮かんできたりするもののようです。夢の中で出てきたなつかしい人…目が覚めてなつかしさに涙して、あれは確かに知っている人なのだけど、どこであったのか、名前も思い出せず、もどかしさくて切なくて…という夢を見たりします。そんなカンジに近い体験でした、「若い先生」は。歌は記憶のとおりチェリッシュ。私が小学校6年生当時 「ひまわりの小径(こんな漢字だったような…)」がヒットしていて、学校で歌っていたら、先生が感想をもらして~で記憶が鮮明です。大好きだったんですね、チェリッシュ。ドラマよりチェリッシュが好きで覚えていたような気がしています。声が大好きで。本田るつ子さんも大好き。
話題にしてらっしゃる太田裕美さんの「木綿のハンカチーフ」はいつでも現役ですね、私の中では。太田裕美さんは高校時代とリンクしていきます。あの頃は…三無主義という言葉がありました。三つの「無」は何だったのだろう…無感動・無関心・無気力?だったかな。そんな高校生時代でしたが、なんだかしらけたけたような つきはなしたようなクールさがカッコよかったのでしょうか。そんなさめた様な態度が お互いにお互いを傷つけあったりしたのでしょうか。わからないけど、同級生の女の子が自殺をして、友達ではなかったけど、話をしたこともあるコだったから すごくショックでしたね。今でも彼女の顔を思い出せます。足に障害を持つ子で補助具を使って歩く姿・彼女を密かに好きだった男の子の悲しみとか。しばらく休職された担任の先生の顔も。倫理社会の先生で、私をよく指名されて私の焦点のぼけた答えを楽しんでいました。私の回答を遊んでいましたね。私も楽しみにしていました。明るい先生だったのに、休職なそって、さぞショックだったんだな~と思いました。あ、「若い先生」に私は出会っていますね。歳をとると物事の捉えかたも変化するし、そうして思い出したときにわかることもあるのでしょうね。娘にもいつかそういう日がくることでしょう。
「木綿のハンカチーフ」の女の子は何故彼のもとにいかなかったのか。何故帰ってこない男の子を咎めなかったのか。不思議に思ったものでした。当時の私には不思議な歌でした。赤毛のアンシリーズは全部読みましたが、この歌詞を書いた方も赤毛のアンが好きだったのでしょうね。歌詞の端々にかんじます。
道はいつも真っ直ぐではなく、いつか曲がり角にやってくる。何度もやってくる。自分がそれまでに夢見てなかった方向を選ぶこともあるでしょうが、思わぬ展開が待ち受けているかも。どの道を選んでも、歳をとってから、そのまがり角のことを思い出す日がくることでしょう。突然の出会いのひまわりの小径で。自殺を選んだ友のこと。都会に出て行くことを選ばなかった女の子のこと。私はあのとき何故この道を選んだのだろう。
過去は変わらないけど、それを思い出す自分の心は変わっていく。
なつかしくてもどかしい。歌の歌詞のようなものですね。 くま田